第74話 ひよこ?※
恐らく光源そのものが移動しているのだろう。
通路内の壁に反射した光が揺らめいている。
やがてその謎の光源と、影治が先行させて浮かべている【白灯】の光が交わった。
その辺りまでくると、影治も光源の正体が視界に入る。
「……ひよこ?」
それは体長30センチほどの光るひよこのような生物だった。
まだ距離があるので瘴気の有無は確認出来ないが、少なくとも瞳の色は赤くないので魔物ではないと思われる。
「ぴぃ! ぴぃぃっ!」
その可愛らしい見た目に影治の警戒心も緩んでしまったが、幸い敵対的なひよこではないらしく、小さな体でピィピィ鳴きながら必死に駆けてくると、そのままの勢いで影治の足元に飛び込んでくる。
「お、おい……」
見た目的には黄色いひよこのようなこの生物は、しかし羽や翼のような構造はもっておらず、翼部分にあたる両手はまんまるとしていてふにふにとした触感がある。
表面はふわふわの毛に覆われており、あまり鳥っぽくはない。
体の造詣については、楕円形の寸胴のような体型をしていた。
普通の鳥が頭から尾にかけて体が斜め下に続いているのに対し、こちらはまっすぐストンと上下にずんぐりむっくりしている。
目の前にいるのは、その楕円形のジェリービーンズのような本体に、ふにふにの両手をつけて、更に嘴と鳥の足をくっつけたような謎生物だ。
「ぴぃぴぃぴぃ!」
「なんっでこんなになつかれてるんだ……?」
近くで観察しても瘴気はまったくないし、魔物でないことは確かだ。
しかしアンデッドやネズミの魔物などがうろつくこの地下空間で生き延びているからには、少なくとも戦闘能力や逃走能力を備えているハズ。
何があっても対処できるよう気構えしながら、影治はひよこを抱え上げてみる。
すると、これまで以上に強く甲高い声で「ぴぃっ!」と一鳴きしたかと思うと、影治は目の前のひよこと魔力的に繋がったような感覚を覚えた。
「ん、今のは……?」
「ぴぃぴぃ」
「む? なんだ? これはお前……なのか?」
「ぴぃ!」
先ほどの繋がったという感覚は幻ではなかったようで、今では目の前のひよこのちょっとした感情や意志が感じ取れるようになっていた。
それはひよこ側も同じようで、互いに意志や感情などが伝わっているのが分かる。
「これはもしかしてテイムという奴なのか?」
ゲームやファンタジー小説などでは、動物や魔物を手懐けて仲間にするような技能を持った者が登場することがある。
影治としてはそのつもりはなかったのだが、今の状況はまさにその状況とピタリ合致する。
「ぴぃ?」
影治に質問されてもひよこの方は意味をハッキリ理解出来ていないようで、きょとんとした顔して顔を小首を傾げる動作をする。
「お前はなんで俺にそんな懐いてるんだ?」
「ぴぃ?」
「ってお前もよく分かってないのか」
「ぴぃぴぃ」
「なんとなく良い気配がした? なんじゃそりゃあ。もしかして、俺が天使系の種族だからか?」
「ぴぃ?」
ふたりして首を傾げる様子は、傍から見ると息がピッタリ合っているように見える。
「そんでお前は俺についてくるのか?」
「ぴぃ!」
「元気のいい声だな。でも俺と一緒についてくると危険が危ないぞ?」
「ぴぃ? ぴぴぴぃ!」
「なになに? 光魔術が使えるから平気?」
「ぴぃ!」
元気よく答えると、証拠を示すかのように【光球】の光魔術を発動させるひよこ。
どうやらこのひよこはこれで身を守ってきたようだ。
「ふむ……。確かに一人旅だと夜営時に困ってはいたが……」
「ぴぃぴぃ!」
「ううん、そうかあ? まあそう言うんなら一緒にいくか」
「ぴぃ!」
これが普通の人間相手だったら、影治もすぐには頷かなかっただろう。
だが相手が謎生物であり、すでに契約状態のようになってしまっているので、影治としても付いてくるというのを拒む気持ちにはならなかった。
「よし、そうなったらお前に名前をつけないとな」
「ぴぴぃ?」
「そうだ、名前だ。うーーん、安直だがピー助でどうだ?」
「ぴぃっ!」
「お、気に入ったか。じゃあ今日からお前はピー助だ!」
もしこの謎生物がひよこと同種か親戚だった場合、成長したら鳴き声や見た目も変わる可能性があるのだが、影治はその辺りのことはまったく考慮していない。
ピー助自身も気に入っているようだし、それならそれでいいかと結構適当だ。
「じゃあ一緒にこの先を探索するか。お前が来た方向だから、何かあるんじゃないかと思うんだが……」
「ぴぃぴぃ!」
「ああ、おっと。お前じゃなくてピー助だったな」
「ぴぃ!」
よほど名前が気に入ったのか、ピー助と呼ばれると嬉しそうに体を震わせる。
しかも名前を付けてから、ピー助との繋がりがより強くなったように影治は感じていた。心なしか、先程より深い意思疎通が可能になってるように感じるのだ。
名付けという行為は、ただ単に識別しやすくなるという効果だけでなく、魔術的な効果もあるのかもしれない。
「ところでピー助はひよこみたいな体をしてるけど、空は飛べないのか?」
「ぴぃ?」
影治が質問すると、ピー助は何でもないことのようにふわーっと空へと浮かぶと、そのまま影治の肩の上に乗る。
見た目的には10キロくらいの重さはありそうなのに、影治の肩にはまるで小鳥が乗った程度にしか重みが感じられない。
「お? もっと鳥みたいにはばたくのかと思ったが、スーッと飛ぶんだな。それってどうやってんだ? それも魔術なのか?」
「ぴぃ……」
簡単な意思疎通は出来るようになったが、人間同士のような複雑な意思疎通は出来ない。
だがそれでもある程度は、ピー助の伝えたいことを影治は理解できた。
しかし先ほどの質問の答えとしては、結局のところはよく分からないということのようだ。
物心ついた時から意識せずに飛んでいたようなので、魔術というよりはピー助の種族の持つ特性なのかもしれない。
「そっか。まあ重力魔術とかあったはずだから、それでいずれ空を飛ぶことも出来るだろう。もっとも、今は他の魔術を練習してる余裕はないけどな」
魔術の研究よりもまず、自分の身を守れるようになる方が先決だ。
特に無属性魔術には【身体強化】というのがあるようなので、これは是非とも修得しておきたい。
その後もピー助とコミュニケーションを取りながら、通路の奥へと突き進む影治。
この脇道に入ってからは、魔物とは1回も遭遇していない。
恐らくは、この道の奥にピー助がいたせいなのだろう。
ピー助とコミュニケーションを取っていく内に、何気にピー助の光魔術が影治より遥かに強力であることが判明している。
影治が試しに自信のある光魔術を見せてくれと頼んだら、見たこともない光の柱を生み出す光魔術を発動してみせたのだ。
当然のことながらピー助は人間のような言葉が話せないので、恐らくは無詠唱のような原理で発動したと思われるのだが、その威力は実際に魔術を食らってもいない影治が頬をひくつかせるほどのものだった。
影治は類まれな魔力量を持つが、使用出来る魔術がクラスⅢまでなので1発の威力自体は微妙だ。
試しに今のをイメージして適当に「光の柱」とか「光柱」とか唱えながら再現を試みたが、まったくもって手応えを感じられなかった。
魔術名が合っていれば、自分の使用出来るクラスより少し上程度のクラスであれば、手ごたえくらい感じるはず。
それが全くないということは、魔術名が間違っているか、かなり高いクラスの魔術だということだろう。
しかもピー助によると、これより更に強力な光魔術も使えるという。
ただそちらは広範囲に影響のある魔術らしく、ここだと危険だというので使っていない。
「ピー助。お前って一体なんなんだ?」
「ぴぃ?」
ふと漏れた影治の言葉に、何と答えていいか分からない様子のピー助。
魔力的に繋がっているせいか、ピー助が何か隠しているのではなく、本当に自分でもよく分かっていないということが影治にも伝わってくる。
結局ピー助の正体が何なのか掴めないまま、影治とピー助は先へと通路を奥へ進み続ける。
そうして辿り着いた先は部屋状の空間になっており、部屋の中央部には恐らくグレイスが言っていた、目印となる石碑がポツンと佇んでいた。




