第73話 塔外縁部
想定外の無属性魔術の練習があったので、グレイスの下を発ったのは起床してから大分時間が経過してからだった。
そのため影治は昨日出発して2時間後くらいには野営用の陣地を造成して、床に就いていた。
翌日になって本格的に探索を再開するぞ! と意気込んでいた影治の行く先に変化が訪れたのは、出発してから僅か1時間後くらいのことだった。
「あれか……。予想以上にでけえな!」
魔術の明かりに照らされたその建物は、前世の記憶を含めてもこれほど大きなものは見たことないという程に、大きな建物だった。
しかも天井付近は土に埋もれているので、この巨大な塔が土中を更に突き抜けて上まで伸びているとすれば、国家規模の労働力で作られたような建物ということになる。
「高さも気になるが、外周どんだけあるんだこいつは」
明かりを動かして全体像を捕えようとしても、天井まで伸びる壁のような塔の外壁と、左右に大きく広がる外周部分が大きく広がっている。
影治がいま立っている場所から見える範囲だと、外周部がメートル単位ではなくキロ単位はありそうなほどに大きい。
「ええっと……この塔の外周りの部分から幾つか通路が伸びていて、そこにグレイスに頼まれた取って来てほしいものがあるんだったな」
しかしこれだけ広い空間だと、最初に自分が来た通路がどこか見失う可能性もある。
そこで影治は、土魔術でグレイスがいる場所に通じる通路のど真ん中に、土の柱を目印として建てた。
それも魔物に壊されないように、【固める土】でしっかりと固めて太さも壊されにくいように太めにしてある。
「じゃあこれを基準に……こっち側にいくか」
日が差さない地下空間なので、これから向かおうとしているのがどの方角かは不明だ。
なので影治は適当に左手の方角へ進むことにした。
塔の外壁部から地下空間の端にある壁部分までは、数百メートルの距離がある。
そして高さが数十メートルはあるので、塔の外縁部だけでも相当広い空間が広がっていた。
影治は対アンデッド用と視界確保のために、神聖魔術の【白灯】を多めに展開しながら歩いていく。
「ん、魔物か?」
疑問形だったのは、近寄ってきているのがアンデッドではなかったからだ。
それは体長40センチほどのネズミの見た目をしており、微かに発せられる瘴気と赤い目から、影治は地鼠ではなく魔物だと判断した。
どうやらこの地下空間にはアンデッド以外の魔物もいるようだ。
「こりゃあもしかして、わざわざ食いもん探しに行かなくて済むかぁ?」
前世での日本人の多くは好き好んでネズミの肉を食べようとはしないだろうが、今の影治にとっては手軽な食糧のひとつだ。
襲ってきたネズミの数はおよそ10匹。
的が小さいため少し当てずらかったが、クラスⅠの初級攻撃魔術を撃ち続けるだけで数分で片が付いた。
10匹のうち、2匹がネズミ肉をドロップしたので回収していく影治。
ゾンビ系が落とした毒薬もそうだが、一部のドロップ品はきちんと容器や包みごと一緒にドロップする。
今回のネズミ肉の場合は、バナナの葉みたいなのに包まれてドロップしていた。
「こっちの方にはアンデッドがいないのか?」
ドロップの回収を終え、先へと進んでいた影治がそんなことを呟いていると、それに反応したかのように今度はアンデッドが襲い掛かってくる。
「ちっ、フラグじゃねーんだから律義に出てこなくってもいいってのに!」
ブツクサ文句を言いながらもアンデッドを倒していく影治。
数はそう多くなかったので、今回もほとんど時間を掛けずに戦闘が終了する。
装備などのドロップはなく、ゾンビがゾンビ布を落としたくらいだ。
影治は右手側に塔の外壁部分を視界に捉え、左手側に壁部分が見える、地下空間の丁度中間あたりを移動している。
そんなど真ん中を明かりをつけて移動しているせいか、周囲にいる魔物はこぞって影治に襲い掛かっていく。
「だーーー! もうしつっこいな!」
最初に地下空間に落ちた時のアンデッド大集団も厄介だったが、小集団で何度も襲われるのも探索がなかなか進まずにイラっとするものだ。
だが襲い掛かってくる魔物は、アンデッド以外に先程のネズミや蝙蝠なども出てきたので、食用になりそうなドロップが向こうからやってくるという点では歓迎できる。
そんな状態で影治は着実に探索を進めていった。
「……ここの脇道はハズレと」
最初にグレイスがいた脇道から塔の外周部分へと到達し、左手側に進んでからこれでふたつ目の脇道の探索が終わった。
そのどちらも先は行き止まりになっており、グレイスが言っていたように塔以外に脱出路がないように思える。
だがグレイスから頼まれたものはこれらの脇道の先にあると思われるので、ひとつひとつチェックしていく。
そして3つ目の脇道が、今影治の前にぽっかりと口を開いて見せている。
ちなみに右手側に見える塔の壁の方は、入り口らしき部分は未だ発見していない。
「ふうむ。今日はこの脇道を調べてから、行き止まり部分で夜営するとしよう」
この広い地下空間内だと、夜営するにしても周囲の魔物が気になってしまう。
影治は魔術で陣地を構築できるが、それにしてもこれだけ開けた空間だと、それなりにしっかりしたものを作らないと迂闊に寝ることもできない。
なので、できるなら壁を背にしたり脇道の行き止まり部分での夜営が望ましい。
「……何かこの脇道は他とは違う気がするな」
何故そう感じたのかは影治にも分からないのだが、脇道に入って割とすぐの段階で影治は違いを感じ取る。
道幅や高さに大きな違いがある訳ではない。
ただ影治は何かに呼ばれたような感覚を微かに感じていた。
どこか湿った空気が辺りには漂っている。
影治が魔術で明かりを出さないと、真っ暗ですぐ先のことさえ見通せないような地下空間。
どこからか、ぽちゃんぽちゃんっと水が垂れ落ちる音が聞こえてくる。
「あれは……」
途中で右側へと大きく急カーブを描きながら、一本道を進む影治。
するとそこで影治は、道の奥の方から微かな光が漏れていることに気付く。
「魔物か?」
今のところ明かりを発するような魔物とは出会っていないし、ファンタジーな世界にありそうな光るキノコなども発見していない。
これまでにない変化に、影治は慎重に歩を進める。
光は少し先の曲がり角にある、通路の先から伸びているようだ。
影治がその曲がり角の部分まで辿り着くと、その先はほぼ真っすぐな通路が続いているようだった。
光はその真っすぐな道の奥の方から発せられているようだ。
「光を発しているのが魔物だとしたら、闇魔術が有効かもな」
そんなことを考えながら先へと進む影治。
そこで影治はとあることに気付く。
「あれ? なんか段々光が近づいてきてねえか?」




