第698話 結果の見えていた商談
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カベリア自由都市群の中央都市、キャストポイントにやってきた影治達は、いつも通り初日は宿を取って、残りを自由時間として過ごした。
だが影治だけは、グルシャスと共に河川舟運商会の建物へと向かっている。
影治達は魔術で飛んで渡ったが、幅数キロにも及ぶノーカス川では水運が盛んだ。
その中には荷物だけでなく、人を運ぶための船も多く運行している。
どうやらグルシャスが案内したい場所は、この川を下った先にあるらしい。
しかしこれまでの道中、魔導車を利用した旅はとんでもない移動速度であった。
そのため当初の予定を変更し、船ではなくこのまま陸路で進むかどうかグルシャスから提案があったが、せっかくだから船旅もしてみたいという影治の希望を受け、着いて早々に船便の予約をしにいく。
予約を取ったのは3日後。
キャストポイントは中央都市なだけあって、これまでのカベリアの他の都市より栄えている。
なので他の街より少しだけ多めに滞在し、それから船で目的地を目指すこととなった。
そうして初日が過ぎていく。
「じゃあ、今日明日は自由行動だから好きにしててくれ。3日後からは船で移動になるからな」
「分かったわ! じゃ早速行くわよ!」
翌日を迎え、やたらとテンションの高いティアが、いつも通りシャウラやピー助と共に街に繰り出していく。
影治は影治でいつものように、魔導具を扱う店や趣味の武器屋巡りをする予定で、リュシェルは本屋を探すと息巻いている。
今ではニューホープ産の安く高品質な紙が少しずつ普及してはいるが、それでも未だに本というのは高いものだ。
当然本屋というのも小さな町レベルではない事もあるのだが、これほどの規模の街なら確実にあるだろう。
リュシェルなど一部のメンバーは過去にこの街に訪れた事はあるが、それ以外のメンバーにとっては初めて訪れる街だ。
初めて訪れる街。初めて出会う人々。初めてみる景色。
今回の旅は観光目的だった訳ではないのだが、久々にニューホープを離れ各地を旅してまわった事で、ティアたちのテンションは高かった。
だがこの日街を出歩いていた影治たちは、楽しい旅行気分に水を差されるような出来事に遭遇する。
「そこのあんた。もしかして、ドラゴンアヴェンジャーのエイジじゃないか?」
「そういうお前は何者だ?」
「グィ、グイィ」
この日の影治は、チェスと二人? っきりで街を出歩いていた。
普段の移動時は上にティアやピー助を乗せて移動する事の多いチェスだが、今日は大分前に影治が作ってくれた、キャリーカートに乗せて移動させられている。
キャリーカートを引きずる影治に悪いとは思いながらも、チェスにとってこの移動時間は至福の時であった。
ただ単純に自分で動かなくて済む……といった話ではなく、影治が自分の為に作ってくれたカートで、影治自ら引いて移動させてくれるのが嬉しくてたまらないのだ。
だからこそ、その至福の時に水を差すような邪魔者の出現に、話の内容を聞く前からチェスの機嫌が悪くなる。
「俺は商人のダガマだ。あんた、ニューホープって街を治めてるんだろ? そんなあんたに良い取引の話がある」
ダガマと名乗ったのは、商人としては少しガッシリとした体格のオークの男だった。
商人といっても、街中で店舗を構えている者や行商人など様々だ。
各地を行商して歩いてる商人であれば、戦士と見紛う者もいる。
「俺達は今ドラゴンアヴェンジャーとして……冒険者として活動中だ。商売の話ならニューホープの担当者にしてくれ」
「そんな事言わずに頼むよ。大儲け間違いない話なんだよ」
「お前はそれでも商人か? 儲け話があるなら他人に話さず自分でやりゃあいいだろうが」
「ハハッ、そりゃあそうだろうが、生憎今回の儲け話ってのはあんた限定なんだ。ってのも、あんたんとこで販売してる魔導具に関する話なんでな」
「うちの魔導具が欲しいなら、ニューホープに仕入れにいくか、うちで買った物を転売してる奴らから仕入れることだな」
「そこだよそこ! あんたが言うように、治癒の魔導具なんかは現地以上の値段で転売されまくってる! そりゃあ輸送費なんかがかかるのは当然なんだけどよ、中には治癒の魔導具を150万ダンとかいう値段で売ってる奴もいるんだ」
「150万ダンだと? ぼったくりってレベルじゃあねえな」
【治癒】の効果のある魔導具は、ニューホープでは1つ5万ダンで販売されている。
これは希少な治癒魔導具とはいえ、付与するのがクラスⅠであるという点と、多くの人に利用してもらいたいという思惑。
それから付与魔術によるリペア補修が効かない事も理由の1つだ。
「世の中にはもの知らずな客も多くてな。魔具師が作ったもんと、迷宮遺物の違いが分からねえ奴すらいる。そういった奴に、何度も使用出来る迷宮遺物を特別に安く譲るっていって売りさばいてる奴がいるんだよ」
「……それはお前のことか?」
「とんでもねえ、うちはそんな阿漕なことはしねえさ。つっても、ニューホープの店頭価格は安すぎるから、うちで扱うならちょいとばかり上乗せするだろうけどな」
「ちょいとばかり……ね」
「あの値段で売ってるって事は、卸値はあれより安いんだろ? うちなら店頭価格以上で買い取るし、輸送に関しても大規模なキャラバンを組んで大量の荷を運べる。ニューホープでお抱えの商会は、2つともカウワン王国がメインだろ? うちならここカベリアを始めとして、ラテニアやラヴェリアにも伝手がある。販路が拡大されれば、儲けだってこれまで以上になること請け合いだ」
現在ニューホープのお抱え商会は3つ。
その内2つはカウワンや周辺諸国にも名が知られているが、リーブスのブローム商会だけは知名度が低かった。
ダガマと名乗ったこの商人の男も、零細商会であるブローム商会の事は知らないようだ。
「随分と大口を叩くじゃねえか。だがその割にお前は大口の商談を始める前に、重要な事を口にしてねえ」
「そ、そうだったか? 俺もあんたを見かけた時は、まさかこんな所で会えるとはって思って、焦りながら声を掛けたからよ。なんか言い忘れたことがあったかもしんねえな」
「そうか、なら改めて聞いてやるが、お前の所属している商会はなんて商会だ? そんだけ大口叩くなら、それなり以上の規模の商会のはずだが?」
「あ、ああ……うちはラテニアに本店を置いてる商会でな。これでもラテニアでは1、2を争うほどの――」
「そう言うのは良いから、商会の名前を言えよ」
「……ガバラ商会だ。ああ、これは別に隠してたって訳でもなくて、商会の名前だけ言っても分からねえと思ってよ。ラテニアで1、2を争うってのも別に嘘なんかじゃあねえ。ここキャストポイントなら、うちの名も知れ渡ってるから調べりゃあすぐ分かるぜ」
慌てたようにペチャクチャと喋り出す、ダガマを見る影治の目は冷たい。
それが分かっているから、なおダガマは焦りでペラペラと口が止まらなかった。
「もういい、さっさと失せろ」
「なっ、なんでだ!? あんたにとって悪い話じゃねえはずだ!」
「……力づくで黙らされたいか?」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!」
拒絶の姿勢を示してもなおしつこいダガマに、影治は軽く殺気をぶつける。
それだけでダガマは全身が総毛立つ。
「グィ」
「全くだな」
無駄な時間を取らせやがって、とばかりに最後にチェスが一言発すると、影治もそれに同意する。
そしてダガマをその場に置き去りにして、不愉快な気分を盛り返すかのようにあちこち巡った影治は、それなりに気分を持ち直して宿に戻ってきた。
そこで影治は、自分だけでなく別々に行動していた仲間たちの下にも、ガバラ商会の者から声を掛けられたという報告を聞くことになる。