第72話 グレイスの頼み
「実はエイジに取って来てほしいものがあってね」
「それってこの先にある塔とやらの中にあるのか?」
「ううんとそうじゃなくて、その周りの環状になってるところから繋がっている通路の先にあるんだよ」
グレイスの話によると、もう大分昔の話なので正確な場所は覚えていないとのことだが、目的の場所には目印となるような石碑が建てられているらしい。
その石碑の根本部分に置いてあるものを、取ってきて欲しいのだという。
「……分かった。その願い、引き受けよう」
「ありがとう、助かるよ」
相手はアンデッドだというのに、まるで生きている者が発するかのような無言の圧力のようなものを影治は感じている。
それは影治に強制させるような威圧的なものではなく、何か大事なものを託そうとしているかのような……そんな気持ちを影治はグレイスから感じていた。
何故自分で取りにいかないのか? など気になる点はあったが、そうした表に出ていない気持ちを感じ取った影治は、グレイスの頼みを引き受けることにした。
「ただ、話を聞く限りだと大分昔の話なんだろ? 目的の場所が壊れていたり、置いてあるはずのものがなくなってる可能性もあるぞ」
「ああ……そうだね。その場合は手間になるけど、一度そのことを報告にきてもらえるかな?」
「いいぜ。あんたにとって、よっぽど大事なもののようだしな」
そう告げると、影治はグレイスと挨拶を交わし合う。
そして数日間過ごしたグレイスの下を離れ、巨大な塔があるという方向へと歩いていった。
「予想外に数日過ごしてしまったが、得たものは大きかったな」
満足気に先へ進む影治は、歩きながらも常に魔術を発動し続けていた。
前々から実感していたことではあったが、魔術は使うほどにその属性の熟練度のようなものが高まっていく。
グレイスからクラスという話を聞くまでは、今ほど魔術を無駄に使用して練習することはなかった。
だが使えば使う程高いクラスの魔術が使えるようになると聞いて、影治は戦闘や物作りをしている時以外にも積極的に魔術を使い始めている。
今影治が練習しているのは無属性魔術と闇魔術だ。
魂環の書によって主要8属性の適性が失われてしまった影治だったが、神聖魔術や回復魔術は今も無詠唱で発動することができる。
それは無属性魔術も同じであり、無詠唱で無属性魔術を発動させながら、闇魔術を詠唱して歩き回るという器用なことをしていた。
このふたつを練習しているのは、どちらも覚えたばかりでクラスⅠまでしか使えなかったからだ。
それにグレイスからは、もっとハイクラスの無属性魔術や闇魔術のことを聞いているので、早くそれらを使えるようになりたいという思いも影治にはあった。
「【闇球】、【闇球】、【闇球】~♪」
まるで歌を歌うように日本語発音で【闇球】と連呼する影治。
同時に無属性魔術も使えるものを順に使っているのだが、膨大な魔力量を持つ影治はまるっきり疲労の色が見えない。
これもグレイスに教わったことなのだが、魔術というのはそうポンポンと連発できるものではないらしい。
これには無論個人差もあるのだが、例としてクラスⅤの魔術まで使えるようなヒューマンの魔術師の場合、最大威力であるクラスⅤの魔術を使える回数は20回程度。30回も使えればいい方らしい。
この魔力量に関しては種族的な違いが大きいようで、エルフなど魔術が得意とされる種族は多い傾向にあるらしく、中でも悪魔はかなり魔力量が多いのだと言う。
「グレイスの話では、天使も悪魔と同じくらい魔力が多いって話だったな。そういえば、上で大立ち回りしている時も、やたらと俺の魔力切れを狙ってるような動きや発言が多かった」
しかも影治の場合、元々通常の天使より魔力量がかなり多かった。
その上、魂環の書によって何十倍かそれ以上に魔力量が拡張されたので、クラスⅠ程度の魔術なら延々と使っていられる。
「魔力量ってのは毎日ぶっ倒れるまで魔術を使おうと、飛躍的に伸びたりはしないらしいからなあ。つくづく思うが、魂環の書を早い段階で使われたのは良かったのかもしれん」
属性魔術を使い続けていくと、より高いクラスの魔術が使用可能になるだけでなく、それまでのクラスの魔術の使用可能回数も伸びる。
魔力量そのものは大きく変化はしないのだが、魔術を使いつづけて熟練度を高めていくと、その属性の魔術を使用する際に消費魔力が軽減されていくのだ。
この消費魔力軽減は、属性ごとに作用する。
具体的には、体内で無属性魔力から属性魔力へと変換する際に、より少量の魔力で必要な属性魔力へと変換が可能になるのだ。
何故そうなるのかは解明されていないらしいが、魔力をエネルギーとして見た場合かなり省エネが利くということになる。
無属性魔力の消費魔力が多いというのは、無属性魔術の場合変換することなくそのまま体内の魔力を使用するので、熟練度による魔力軽減が働かないためである。
ただし、元々無属性魔術の攻撃魔術は消費魔力が少なめなので、魔力軽減が働かないとはいえべらぼうに魔力が必要な訳ではない。
しかし消費魔力が少ないので、同じクラスの他属性の攻撃魔術と比べると威力は低くなってしまう。
「まあそういった特性上、魔術師といっても複数の属性魔術を扱うより、ひとつやふたつ程度に属性を絞って、その属性を鍛える専門的な魔術師が多いみたいだな」
1日にそう何度も魔術を使用出来ない以上、複数の属性の適性があっても絞っていかないと魔術の練習を続けることができない。
影治のような膨大な魔力量を持つ者はおろか、通常の天使や悪魔並の魔力を持つ者でさえ少ないのだ。
「おっと、腐れ野郎どもがお出ましだ」
前方からだけでなく、少し左右にずれた斜め前方からも近づいてくるアンデッド達の存在に影治は気づいた。
それはさながら光に集まる昆虫たちのようだ。
「さあて、こいつら相手に闇球と魔力弾のテストをするとしようか」
襲い掛かってくるアンデッドは見慣れたものばかり。
ゾンビ系とスケルトン系が大半で、少しだけ非肉体系の悪霊のような魔物も交じっている。
「オラオラオラ! お前に【闇球】! テメェに【闇球】! まとめて【闇球】!」
ノリノリでラップを歌うかのように魔術を連発していく影治。
アンデッドの数も多いが、絶え間なく放たれる影治の魔術の弾幕もえぐい。
だが全体的に威力が弱いとされる無属性魔術の【魔力弾】と、闇に耐性のありそうなアンデッド相手への【闇球】は、明らかに神聖魔術の【白光矢】より威力が低かった。
「ま、これも練習練習ゥゥ!」
しかし影治は気にすることなく、最後までこのふたつの属性の魔術で押し切った。
クラスⅠの魔術だけあって、黒スケや上位種ゾンビを仕留めるには何十発も魔術を撃ちこむ羽目になってしまったが、魔物の数自体がそこまで多くはない。
時間がかかりはしたものの、最後まで押し切った影治は満足そうな顔をしている。
この日影治はとにかく進めるところまで進み、途中で見つけた天井まで届く柱の根本部分でキャンプを張った。
詠唱が必要にはなってしまったが、また魔術が使えるようになったので、周囲の地形を大きく造成してある。
「とはいっても、一人旅だとろくに休めねえのが難点だな」
といっても今の状況ではどうしようもないことなので、割り切って影治は浅い睡眠を取るのだった。