第69話 グレイスの魔術講習
「それじゃあまずはクラスⅡの初級範囲攻撃魔術からいこうか」
「おう! ……って、初級範囲攻撃魔術ってのは何だ? 魔術はクラスの他にも分類がされているのか?」
「うーんと、そうだね。魔術というのは新たに開発されることもあって、本当はクラスⅠの魔術ももっと色々存在しているんだよ」
「そんなに種類があるのか」
「うん。でも大抵の魔術師は開発した魔術を隠匿する傾向にあるから、私もそうした魔術があるとは知っているけど、実際に使える魔術は少ないんだ」
グレイスの話によると、魔術師ギルドだとかの組織が門外不出にしているようなものから、村の魔術師が生涯かけて生み出したような簡単な生活用の魔術まで、この世界には結構な数の魔術が存在しているとらしい。
「中でも、戦闘や生活の場でよく使われるような魔術はある程度体系化されていて、そうした分類の1つが初級範囲攻撃魔術だね。もちろん初級という位だから中級範囲攻撃魔術もあるし、単体を対象にした初級攻撃魔術なんてのもある。炎の矢なんかは初級攻撃魔術だね」
こうして体系化された魔術は大抵どの魔術師も使える程広まっているので、今更隠匿などはされない。
逆に独自に開発された魔術はオリジナル魔術などと呼ばれ、その中でも過去大きな活躍を見せたのだが今では失われてしまったオリジナル魔術のことを、特に遺失魔術と呼ぶこともある。
「とまあそういう訳で、初級範囲攻撃魔術に行くよ。火魔術は踊る炎。土魔術はばら撒く石礫。水魔術が打ち付ける波だね」
「む、むう……なんというかそのまんまだな」
「え? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
これまで影治は、魔術を修得した際にわざわざ英語名を名付けてきた。
それが急に日本語での詠唱に切り替わったことで、妙な感覚を味わう。
大真面目に魔術名を唱えているグレイスなのだが、それを見てる影治としてはどこか滑稽というかダサいなあという感覚だ。
これは日本人ならではの言語感覚だろう。
ちなみに影治が既に覚えている風魔術の【風の舞】も、初級範囲攻撃魔術に含まれているようだ。
その後も影治はクラスⅡの魔術を教わっていくが、流石クラスⅡだけあってクラスⅠよりは役立ちそうな魔術は多かった。
戦闘に関して言えば、土魔術の【土の鎧】は体の周りを土で覆って防御力を上げ、なおかつ土属性の攻撃に対しても耐性が高まる。
そしてクラスⅡには初級強化魔術というものがあり、そこで影治は一時的に筋力を上げる【滾る火の力】と、一時的に体力を上げる【生命溢れる土】というのを覚えた。
ちなみに水属性は【内なる清水】という魔術で、一時的に毒に対する抵抗力を上げる魔術らしい。
「やっぱバフ系の魔術ってのもあるんだなあ。これがあれば、大人数を相手に立ち回る時にちったあ楽になりそうだ」
「ああ。エイジは魂環の書で魔力量がかなり強化されてるんだったね。それなら使える魔術の幅を広くしていくと、今後役立つ機会があるかもしれないね」
「そゆことだ。んで、次はクラスⅢか?」
「うん。ここからは火魔術と土魔術だね」
続いてのクラスⅢ魔術ではまず、防御系の壁魔術というのを教わる。
火魔術の場合は【炎の壁】で、土魔術の場合は【土の壁】というそのままの名前の魔術だ。
効果もその名の通りで、それぞれ炎の壁と土の壁を生み出すことが出来る。
両属性ともに初めてのクラスⅢ魔術だったが、これまでクラスⅡまでの魔術を散々使っていたせいか、一発で両方とも発動することに成功した。
「ふうん、思いのほか壁を構成するのが早いからそれなりに防御には使えそうだ。だが、これで作った土の壁は時間経過で消えるんだな」
「そうだね。土魔術や水魔術は、基本的に使用してから一定時間が経過すると土や水が消えるんだ。火魔術なんかは時間内に可燃物を燃やせば、効果時間が切れても燃え続けるよ」
「なるほどな。それで土の壁、炎の壁とくれば……【風の壁】」
思い付きで試してみた【風の壁】だったが、きっちりとその効果は発動して影治の指定した場所に強風が吹き荒れる壁が生み出された。
風属性もクラスⅢとなると初めて成功したことになるが、どうやらこれまでよく使っていた属性ならば、クラスⅢくらいまでは扱えるようになっているらしい。
「わ、凄いね! 確かに壁系なんかは似たような魔術名で分かりやすいけど、きちんと壁を意味する言葉や各属性を意味する言葉を把握してないと、それら2つを組み合わせて魔術を発動することが出来ないんだよ」
「ふっ、まかせろ」
影治としてはこれ以上ない位に簡単な問題だが、グレイスが言うには本格的に魔術を勉強していないとなかなかできないことなのだと言う。
影治はその後も【水の壁】、【光の壁】を成功させ更にグレイスを驚かせた。
「いやあ、本当にたいしたもんだよ。それに、初めて聞いた魔術をあれだけ完璧に発音できるというのも凄い」
「そう余り褒めちぎるな。それよりクラスⅢはこれで終わりか?」
「そうだね。次は火魔術のクラスⅣになるけど、この辺りから段々難しくなってくるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。まずはクラスⅣの中級攻撃魔術を教えるから試してみなよ。火球という火魔術で、火の球を生み出して相手にぶつける魔術だよ」
「火球……火球……」
以前の影治だったらそのままファイアーボールと名付けたであろう魔術は、結局何度イメージしても発動することが出来なかった。
この感覚に影治は覚えがあり、確かにグレイスの言うようにクラスⅣともなると発動するだけで難しくなるようだ。
「まあ今発動できなくても、火魔術を幾度も使用していくことでいつか使えるようにはなるよ」
そう言って、グレイスは【火球】以外のクラスⅣの火魔術を影治に教えていく。
どうやらより高いクラスの魔術を使用するには、その属性の魔術を何度も使用していくことが近道のようだ。
そこには適性というものも関わっており、適性が高いほど高難度の魔術を取得しやすくなるという。
影治は今も魔術は使えるのだが、主要属性の適性を大分失ってしまったので、短期的にみると成長が緩やかになる可能性が高い。
それに先ほどから魔術の練習をしていて気づいたのだが、明らかに以前よりも魔術の威力が下がっていることを影治は自覚していた。
どうやら適性というのは、習熟度の違いの他に、効果の強さそのものにも影響を及ぼすらしい。
「それにしても、今日だけでかなり魔術の幅が広がったぜ。ありがとな」
「なあにお安い御用さ」
「あとは闇魔術もどうにか覚えたいもんだな。闇魔術にはどういったのがあるんだ?」
「む、闇魔術かい? クラスⅠだと、光魔術とは逆に闇の玉を生み出すものなんかがあるけど、天使はあまり闇魔術が得意ではないと聞いたよ」
「あー、なんとなく俺もそういうイメージはあるんだが、使えないと決まってる訳でもないんだろう?」
「まあねえ。一般的に魔術に向いてない種が多い獣人でも、何十年と練習することで魔術が使えるようになったって話を聞いたことあるよ」
グレイスの話によると、魔術への適性というのは種族によって大まかな傾向が決まっているという。
これはあくまで傾向というだけで、中には例外もいる。
特にヒューマンに関しては、基本的には魔術の適性持ちは少なめであるが、時に異常なほどの素質を持った者が生まれるという。
「まあヒューマンは数が多いからね。そんだけ数が多ければ、中にはそうした例外も生まれてくるってことなんだろう」
「ふーん、なるほどな。ま、今はそれより闇魔術だ。まずは闇属性の魔力ってのがどんなもんか、把握しないとな」
今日一日でかなりの数の魔術を覚えた影治。
しかし新たな魔術に対する修得意欲は未だ高く、新たな属性の習得に着手しはじめた。