第68話 魔術練習開始
グレイスから魔術を教えてもらうことになった影治。
最初に軽く話をした結果、腰を据えて取り掛かりたいということになり、続きを聞く前に影治はまず状況を整えることにした。
「ううん、こいつが地鼠か……」
影治は仕留めてきたモグラのような見た目の地鼠を、スケルトンからドロップした短剣で捌いていく。
ここに留まると決めたからには、影治はまず食料の確保を優先させた。
近くではその様子をグレイスが興味深そうに眺めている。
「手慣れたものだね」
「山奥に暮らしてたもんでな。仕留めた獲物は基本、自分で捌いてたんだよ」
「なるほどね。それにしても、血がさっぱり滴ってないけどどうやって処理したんだい?」
影治が食料を探しに行くといって一旦この場を離れてから、獲物を仕留めて戻ってくるまでそれほど時間は経過していない。
血抜きをしたにしても、まったく血が垂れていないことが気になったようだ。
「ん? ああ、これは水分摘出で血だけ抜き取ったんだよ」
「しゅいヴんてこしょつ? 聞いたことない魔術だけど、もしかして血魔術なのかい?」
「いや、こいつはクラスⅡの水魔術だよ。だから、本来は血を抜き出す魔術じゃないんだけどな」
最初に影治が動物の血を【水分摘出】で取り除こうとした時、効果の通りに水分だけを取り除いてしまったので、血の味がそのまま残ってしまっていた。
色々とイメージしてその血の主成分を取り除こうとしたのだが、結局上手くいっていない。
なので、見た目は血抜きしているように見えるが、血の味は残っているという状態になっている。
「へぇ……。私も水魔術はクラスⅡまで使えるけど、その魔術は知らなかったな」
「覚えてみるか?」
「いや、やめておくよ。魔術言語の発音は難しいからね。すぐに覚えられそうにないし、私には余り使い道がなさそうだ」
「そうか」
グレイスの言うところの『魔術言語』とは、どうやら日本語のことらしい。
そして今しがたグレイスが言っていたように、どうもこの世界の人からすると異様に発音しにくい言語のようだ。
影治が狩りに出かける前、ちょっとグレイスと話をしただけなので、何故日本語が魔術言語となっているのかは突き止められなかった。
……というより、グレイスも詳しいことは知らないらしい。
「にしても、血魔術か……。グレイスは血魔術については詳しいのか?」
「いや、生憎と私は使えないからよく分からない。吸血鬼以外で余り使う奴はいないしね」
血魔術というのが存在することは、影治も知っていた。
ただ最初は生活に必要な魔術を優先していたので、その他の魔術についてはそのうち練習してみよう程度に思っている。
「ただ話に聞いたところでは、血を使って相手に攻撃したり自分のケガを癒やしたりもできるみたいだね」
「ふうん……。でも魔術を使用するには適性ってのが必要なんだろ? ならまずは今も変わらずに使える、火魔術とかから覚えていった方がいいだろうな」
「そうだね。ただ適性という名称ではあるけど、後天的にも適性は伸ばせることが知られているんだ。もっとも、そう簡単に伸ばせるものでもないんだけどね」
魂環の書によって失われた影治の適性だが、これはどうやら後天的に伸ばすことが出来るらしい。
そう聞いた影治は、自分にとって魂環の書を使用されたことは大きなプラスになったのだと思い至る。
何故なら、グレイスからは天使が非常に長命な種族であるとも聞き及んでいたからだ。
ただ影治としては、魂環の書によって魔力量が強化される以前から魔力が尽きた経験というのがないので、魔力が増えるというありがたさはいまいち実感出来ていない。
「ふう。僅かだが、塩を持ち歩いていてよかったわ」
豪快に捌いた地鼠は、ベルトポーチに少量持ち歩いていた塩を振られて影治の腹に収まった。
この塩は宿に泊まる前に街中で仕入れていたもので、森での生活の経験から常にある程度持ち歩こうと分けて持っていたものだ。
「食事か……。すっかり食欲というのがどんなものだったか忘れてしまったなあ……」
満足そうな影治のそばで、グレイスは何とも言えない表情を浮かべている。
「やらんぞ」
「はは、今の私が食べても意味はないだろう。それより、早速私の知る魔術について教えよう」
「ああ。よろしく頼むぜ……と言いたいとこだが、ちょっと眠らせてくれ。結局宿に一泊も出来ずにここに放り込まれたんでな」
「それなら私は周囲を見張っておこう」
「……悪いが少し距離は取らせてもらうぞ」
「別に構わないよ。こうして会話出来ているとはいえ、アンデッド相手に警戒するのは当然のことさ」
影治としても未だどう捕えていいか分からないところがあり、グレイスに対しての警戒を外すことは出来なかった。
グレイスから距離を取った場所に【土操作】で簡単な障害物を作成し、更に【白灯】や【聖水作成】などの神聖魔術による防御も張る。
そうして眠りについた影治だが、当然ながら深く眠ることはできなかった。
2時間おきくらいに目を覚ましながら、疲れた体をどうにか休め、数時間後に活動を再開させる。
結局この間グレイスが何かしてくることはなく、また近くからアンデッドが襲ってくることもなかった。
「それじゃあ魔術の練習を始めようか」
昨夜取ってきた地鼠の残りを朝食でとり、準備を整えた影治に早速グレイスからの指導が入ることとなった。
まずはグレイスが使える魔術を、いくつか見せてもらうところからはじまる。
グレイスは火魔術をクラスⅣ、水魔術をクラスⅡ。
土魔術クラスⅢに闇魔術をクラスⅦまで使えるという。
まだ修得していない闇属性は影治としても興味深いところだったが、まずはそれ以外の属性の魔術の練習からはじめていった。
「ええと、クラスⅠ土魔術の穴堀り。クラスⅠ水魔術の浄水に、クラスⅠ火魔術の微加熱……と」
クラスⅠだけに効果としては微妙な感じにも思えるが、物体を僅かに加熱させる【微加熱】は料理を温めるのにも使えそうで、影治としては嬉しい魔術だ。
「ううん、凄いねえ……。クラスⅠの魔術が使えることは分かってたけど、それでも1回聞いただけで魔術言語を完全に……いや、私よりもしっかり発音してない?」
「あー、まあ耳がいいんでな」
雑に誤魔化す影治だが、元日本人としては何故そこまで発音でてこずるのかが理解出来ない。
長文ならともかく、単語の1つや2つ程度ならそこまで発音できないということはないと思われるのだが……。
「なんとも教えがいがあるというか、手応えがないというか……。まあ、いいや。じゃあ次はクラスⅡの魔術にいくよ。まずは初級範囲攻撃魔術からね」
「クラスⅡなら、多分火も水も土も使えるはずだ。ばっちこーーい!」
威勢よく応じる影治。
グレイスによる魔術講義は始まったばかりだった。




