第67話 クラス
「…………」
「……」
「………………」
「……」
しばし無言の時間が続く。
影治は光魔術だけに拘らず、火魔術や土魔術などいろいろ試しているのだが、相変わらず魔術が発動する気配はない。
そんな影治の練習してる様子を見て、グレイスは戸惑いを見せている。
だが練習に没頭しはじめた影治は、そのことに気付くのが遅れていた。
「あの……、何をしてるんだい?」
「何って見れば分かんだろ。魔術の練習だよ」
「そ、そうなのかい? もしかしたら長い年月で変化したのかもしれないけど、どうにも私の知識にある魔術の練習方法とは違うようなんだけど」
「ああん? じゃあグレイスの言う練習方法ってのはどういうんだよ?」
「それは勿論、何度も詠唱を行いながら感覚を掴んでいく方法だよ」
「詠唱……? あああああぁぁっっ!?」
グレイスの話を聞いて、影治は今更ながらに思い出したことがあった。
それは穴に落ちる前、街中で戦闘をしていた時のことだ。
戦闘中にも関わらず、影治は耳慣れた言葉が聞こえてきたことで、思わず気を取られて膝に矢を受けてしまっていた。
その時聞いた言葉こそ、魔術発動のキーワード――つまり、グレイスの言うところの詠唱であると影治は気付く。
「どうした、エイジ? 突然大声を上げて……」
「グレイスは魔術を使えるのか?」
「え? ああ、使えるけど、それがどうかしたのか?」
「ちょっと今ここで使ってみせてくれないか?」
「私は生憎と光魔術は使えないから、代わりに火魔術でいいかな?」
「それで頼む!」
「では簡単なもので……。【燃焼】」
グレイスが詠唱……というより魔術名を唱えると、影治も見知った効果の火魔術が発動される。
影治は勝手にバーニングと名付けていたが、元々の名称は【燃焼】である。
それをグレイスは日本語で発音していた。
「それだ、それ!」
「えっ? どれのこと?」
影治はあの戦闘時に、耳慣れた日本語が幾つも聞こえてきたことで思わず取り乱してしまっていた。
あの時はすぐにそれが魔術発動のキーワードであると見抜き、すぐに落ち突きを取り戻していたのだが、その後にいろいろとあったのですっかりそのことを忘れていた。
「その燃焼という部分が魔術の詠唱ということだな?」
「そうだけど……エイジもこれまで魔術を使ってきたんじゃなかったのかい?」
グレイスからしたら当然であろう質問に、影治はどう説明したものか迷った挙句、山奥育ちというさっき説明したでっち上げを強引に適用して乗り切ることにする。
「ああ、俺のは自己流だったからな。魔術ってのがあることは知ってたから、自己流で練習してたんだよ。そしたら、その詠唱ってのがなくても魔術を使えるようになってな」
様子を窺いながら影治がそう説明すると、グレイスはとても驚いた表情を浮かべていた。
「凄いじゃないか! それってつまりこれまでは無詠唱しか使ってこなかったってことだよね?」
「無詠唱……。ああ、そういえば上の連中もなんかそんなことを言っていたな。俺としては魔術に詠唱が必要って知識がなかったから、何を騒いでるのかと思っていたが……」
確かにいちいち詠唱するよりは、無詠唱で魔術が発動出来た方が便利だろうとは思っていた。
しかしソロで立ち回っていた影治とは違い、相手は集団で戦っていた。
なので魔術名を唱えることで周囲の仲間にそれを報せ、同士討ちを防いでいるのだろうと勝手に納得していた部分もあった。
「ちなみに影治は無詠唱でどの属性の魔術を使えたんだい?」
「あー、えっと……火、水、風、土、光、氷、それと神聖魔術だな」
「えっ……?」
「ん?」
影治が回復魔術のことを伏せて伝えると、グレイスは麻痺にでもかかったかのように体が硬直する。
そんなグレイスにどうした? と影治が視線を向けると、食い気味にグレイスが質問した。
「な、7つもの属性の魔術を無詠唱で扱っていたってこと……で合ってるよね?」
「ああ、それで間違いないぞ」
「な、な、な…………」
グレイスのアンデッドらしからぬ反応に、影治はどうしたもんかとりあえず黙って様子を見守る。
「さっすが天使! りょ……、魔術に関してはお手の物って訳だね!」
「む? 天使は魔術が得意なのか? それと最初何か言いかけ――」
「うん、天使は基本的に魔術が得意な種族だと聞いてるよ。といっても、悪魔よりも更に数が少ない種族だから、情報は少ないんだけどね」
「ふむ、そうか。それで、先程の『燃焼』というのを唱えれば魔術が発動するんだな?」
「お、エイジの発音はかなり流暢だね。その調子で発動する魔術をイメージして、魔術名を詠唱すると効果が表れるよ。あ、もちろん体内の魔力のコントロールや属性変換も必要だけど、それは無詠唱で使ってたんなら同じ感覚でいけるハズ」
「どれ……。燃焼……燃焼……【燃焼】」
影治が言葉に出しながら日本語で『燃焼』と唱えると、発動出来なくなっていた火魔術が無事発動した。
流暢だと言われた影治が3回も詠唱したのは、テストを兼ねていたからだ。
1回目はただ日本語で燃焼と言っただけ。当然それでは発動しなかった。
2回目は【燃焼】の効果をイメージしつつも、魔術を発動しないつもりで詠唱した。すると使用者の意志をくみ取ったのか、これでも発動しなかった。
3回目のは、普通にイメージをしながら魔術を発動させようという意志を込めた。するとあっさりと魔術は発動した。
この実験によって判明したのは、日本語で日常会話をしてたらうっかり魔術が発動した……なんてことにはならなそうだということだ。
「おお、すぐに詠唱による発動もマスターしたみたいだね」
「ああ、ちょっと色々試させてくれ。ええっと……【炎の矢】、【水弾】、【風斬】、【土弾】、【光の球】、【氷生成】。……一応これも【白灯】」
これまで覚えてきた属性の魔術を、1つずつ確かめていく影治。
神聖魔術と回復魔術以外は詠唱が必要になってしまったが、それでも魔術が使えると判明したことは大きい。
「……本当にたいしたものだね。全部クラスⅠのようだけど、それだけの種類を扱える人はそうめったにいないよ」
「そんなもんかねえ……って、クラスⅠってのは何だ?」
「ええっと、魔術は厳密に難度によってクラス分けされていてね。より数字の高いものほど、強い効果の魔術になるんだよ。エイジが使えるのはクラスⅠだけなのかい?」
「あー……、なるほど。やっぱあれは難度が違うってことなんだな。だとすると、恐らく水魔術と……神聖魔術はクラスⅢのが使えると思う」
「あれ? 光魔術じゃなくて水魔術なのかい? 天使は光魔術が得意なんだと思ってたけど……」
「俺のは必要に応じて編み出していったからな。光魔術なんて、クラスⅠのものしか覚えてないな」
ここで初めて聞いた『クラス』という概念だが、影治としてはこれまで散々魔術を使用してきたので、感覚としてはそれぞれの魔術の難度の違いというのを把握している。
その感覚に当てはめれば、どの魔術がどのクラスだったのかも見当がついた。
「ふうん、なるほどねえ。一人でそこまで魔術を使えるようになるって、ほんと凄い才能があるみたいだね。私も魔術は嗜んでいるけど、教えようか?」
グレイスからの願ってもない申し出に、影治は無言でコクコクと頷くのだった。




