第63話 アンデッドフィーバー
「大分広いな……」
風魔術が使用できなくなった影治は、近くに落ちてたゴツゴツと出っ張った石を利用して、手足の縄を解くことに成功していた。
鋭く尖っていた石ではあったが、上手く体が動かせない状況だったのでそれなりの時間が経過している。
ライトスフィアは使えなくなったので、影治は代わりにホーリーライトで辺りを照らす。
嘆きの穴の底にはちょっとした地底湖が広がっており、空間自体も相当広い。天上には落ちてきた穴が薄っすら見えるが、そこまで10メートル以上の高さはあるだろう。
ところどころに天井まで繋がっている柱のように伸びる岩があり、それによってこの広い空間が支えられているようだ。
「俺が最初に泳いできた地底湖の奥は行き止まりになってるようだな。あれで湖の底から別の場所に抜ける横穴でもあったら、探すのが大変そうだが……」
影治の今いる場所から湖の奥にある壁まで、100メートル以上はある。
それでいて実際に泳いできた感覚からして、この地低湖はそれなりの深さがあるようなので、影治の言うような可能性も否定出来ない。
カタカタ……。
辺りの様子を観察していた影治は、ふと近くから物音を聞き取る。
それは湖の方ではなく、反対側の広大な地底空間から聞こえてきたようだ。
そこで影治は慌ててそちらの方にホーリーライトを向けると、そこには見覚えのある魔物の姿が何体も近寄ってきているところだった。
「スケルトン……それも赤い骨の奴も結構混じってやがるし、見たことのない黒いスケルトンもいやがる。それにあれはゾンビ……か?」
そこにはスケルトンだけで何十体という数が犇めいており、おまけに腐った肉体を保ったままのゾンビ系の魔物も同じくらいいるようだった。
といっても、まとまって集団として行動しているのではなく、各自バラバラに生者に群がる亡者のように、影治へと近づいてきている。
「スケルトンの巣を思い出すな……」
そうポツリと呟くと、影治は周辺にホーリーライトを幾つも浮かべて明かりとスケルトン達の弱体化を図る。
次に、クリエイトホーリーウォーターで聖水を辺りにばら撒いて、アンデッド達の動きに制限を加えた。
「っしゃ、行くぜ!」
そして気合を入れてアンデッド退治に取り組む。
火魔術などが使えなくなってしまったが、おあつらえ向きに相手はアンデッドなので神聖魔術が殊の外効く。
ホーリーアローやホーリーボールを連発しながら、素手による格闘攻撃も仕掛ける。
「う……なんかぬるっとしたものが手に付く……」
スケルトンだけならまだしも、今回はゾンビ系の魔物も多い。
出来るだけ気を付けてはいるものの、この数相手に立ち回っていればどうしても内臓剥き出しの部分に攻撃してしまうこともある。
それも最悪なことに、魔物達は基本倒せば塵となって消えていくのだが、小さな肉片やら血などは消えずにそのまま残ってしまう。
影治の右手のぬるっとした感触も、大元のゾンビを倒しても残り続けていた。
「長時間この場所にいたせいか臭いは希釈されてそこまで酷くはないんだが、出来れば相手したくはない――っとおお!?」
戦闘中だというのにぶつぶつ呟きながら戦っていると、影治がいた場所に炎の矢が飛んでくる。
前回魔物の巣でスケルトン達と戦った時にはいなかったが、今回はどうやら魔術を使える奴が混じっているらしい。
もっとも使ってくるのは初歩的な魔術が多いようなので、まともにくらってもそこまでのダメージにはならないだろう。
「……だがしゃらくせえことには違いねえ」
そう言って影治は魔術を使ってくる奴から優先的に狙っていくことにする。
魔術を使ってきたのはローブを羽織り杖を持ったスケルトンと、同じような恰好をしたゾンビだった。
囲まれないように常に動き続け、常に神聖魔術を連発。被弾した際にはヒールを掛け、疲れが溜まったらフィジカルリカバーによって体力を回復。
どっちがゾンビだか分からないようなタフさと、適性を失いはしたものの代わりに得た膨大な魔力によって、影治はひたすらアンデッド集団と戦い続ける。
10体……20体……。
数えるのも面倒になるほどアンデッドを倒していく影治。
それに比例して時間の方も10分……1時間と経過していく。
明らかに最初に確認した時よりもアンデッドの数は多く、周辺からも更にどんどん集まって来ているのは明白だった。
100体……200体……。
魔術のお陰で肉体的疲労は回復出来るが、流石にこれだけの時間戦い続けると集中力の方が途切れてくる。
必然、魔物の攻撃を受けてしまいヒールする場面も増えていった。
すでに戦闘開始してから数時間は経過している。
「……これでラストか」
最後に残っていた黒スケを倒し終えると、影治はその場で座り込み、俯きながら深呼吸をする。
どうやら黒スケは赤スケより更に上位のスケルトンのようで、影治のホーリーアロー6発で沈む赤スケに比し、黒スケの場合は10発以上撃ち込まないと倒せなかった。
もちろんただタフなだけでなく、身体能力も赤スケより更に高い。
しかも黒スケは技術も持ち合わせており、しっかりとした流派の影が見えるような剣術や槍術を使ってくる黒スケもいた。
更にゾンビの方もどうやら上位種が混じっていたようで、明らかに動きの違うゾンビが何体もいた。
ゾンビというとのろのろとした動きのイメージがあるが、高速で近寄ってくる腐敗したゾンビは実際に見るとかなりホラーな絵面だ。
そうした難敵の集団に打ち勝てたのは、前回のスケルトンの巣の時の反省を活かして開発しておいた、【純白放射】という神聖魔術のお陰だった。
これはスケルトンの巣殲滅時に、範囲攻撃出来る神聖魔術があればいいなと思って密かに練習していた魔術だ。
とはいえ、穴に落とされるまでに完成させてはおらず、この土壇場で試している内に使えるようになった。
この魔術は、一点から白い光を周囲に放射する範囲攻撃の神聖魔術だ。
この白い光はホーリーアローなどと同様に、穴を開けたりなどの物理的影響はないのだが、しっかりとそれなりの広範囲にばら撒いてくれる。
しかもこの魔術は、影治の感覚的に難度が他の神聖魔術より高い。
そのせいか、範囲攻撃の割に威力がホーリーアローよりも高いようだった。
「ひたすら走り回るのは疲れたが、逃げ回りながら純白放射を使ってるだけで雑魚は溶けていったから、戦闘したというよりはエンドレスマラソンをしていた気分だったわ」
とにかく数が多かったので、雑魚を【純白放射】で減らしつつも、時折黒スケや上位種ゾンビを1体ずつ仕留めていき、影治はこの果てしない戦いを制した。
倒した魔物の数は1000は超えていないだろうが、それに近いくらいは倒したんじゃないか? と影治はみている。
「……にしても、ドロップはどうしたもんか」
散々暴れ回ったので、周囲には魔石が散らばっている。
それに倒した数も多かったので、魔石以外の装備品なども幾つかドロップしていた。
「とりあえず、めぼしいものを集めてみるか」
大立ち回りをした後で、大分気分的には参っている影治。
それでものそりのそりと立ち上がると、ドロップの回収に取り掛かるのだった。




