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ドラゴンアヴェンジャー  作者: PIAS
第2章 深き地の底にて
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第61話 魂環の書


「グルグ、ようやく来たわね」


「姉上……。このような日も暮れてからの訪問は、いかに姉上といえど控えてもらいたいのだが?」


「それを私に言っても仕方あるまい。事件というものはいつ何時(なんどき)発生するか分からぬのだからな」


「うむう……。して、それが例の妖魔か?」


「そうよ。しかもただの妖魔ではない。複数の属性の魔術を無詠唱で扱い、30分以上も戦い続ける程の魔力量を持っておる。それも光魔術ですら無詠唱で発動しておった」


「なんだとっ!? まさか魔物同然の化け物(妖魔)が無詠唱で光魔術だと!!」


 グルグと呼ばれたミランダの弟は、影治が光魔術を無詠唱で発動したと聞いて驚きの表情を浮かべると、すぐにその表情は嫌悪の表情へと変わる。

 街中での立ち回りで負傷した時に使用したのは、実際には光魔術ではなく回復魔術だ。

 それに攻撃魔術としても光魔術は使用していない。

 だが魔術に詳しそうに見えるミランダも、影治が傷を癒やした魔術を見てそれが光魔術であると思い込んでいた。


 だがそれも仕方ないことだろう。

 回復魔術そのものが余り知られていない上に、回復魔術の【治癒】と光魔術の【癒やしの光】は、見た目だけで判断すると『光を発しながら傷を癒やす』という同じ効果を齎すのだからだ。

 もっとも、回復魔術は光魔術ほどに派手な光は出ないので、見た目だけで判別することは出来る。


「そうじゃ。となると気になるのは小僧の正体だが……」


「心当たりがあるのか?」


「うむ……。現場に向かっている途中に話を聞いて、最初は魔力の多さから吸血鬼なのかと思っておったが、そうなると光魔術が使える筈もない。となると、悪魔である可能性が出て来る」


「悪魔だと!? 私も詳しくは知らないが、悪魔が光魔術を使うというイメージはないのだが?」


「確かに光魔術よりは闇魔術の方が得意とされておるが、悪魔は基本的に魔術全般に適性がある種族。中には光魔術を扱う悪魔もおる」


「…………」


 口を閉ざしたまま、ミランダとグルグの会話を聞いている影治。

 だが内心では、「何言ってやがる。こちとら悪魔じゃなく天使だ!」などと思っていた。

 一方ミランダから話を聞いたグルグは、ミランダの説明を受けて影治のことを悪魔認定したらしい。


「ほおう、悪魔ねえ。ならいっそうこいつを使うのがふさわしいではないか」


 そう言って隣にいた使用人からグルグが受け取ったのは、1冊の本だった。

 その本からは魔力と共に不吉な気配が漂っており、ただの本ではないことは明らかだ。

 これまで黙っていた影治だったが、ここで初めて口を開く。


「その本は何だ?」


「ふむ、ようやく口を利いたか。化け物故、口が利けないのかと思っていたぞ」


 問いかけられたグルグはハハハと嘲笑しながらも質問には答えるつもりのようで、ペラペラと影治の質問に答える。


「この本はな、遥か昔に大悪魔が生み出したとされる魔書。『魂環(こんかん)の書』だ」


「……その魂環の書とやらで何をするつもりだ?」


「喜ぶがいい。なんとこの書を使用すると、魔力量が飛躍的に向上するのだ。化け物とはいえ、魔術を扱う貴様にはうってつけであろう? んん?」


 完全に影治を下に見ているグルグ。

 その言葉とは裏腹に、忌々しげな表情と見下すような表情が交じり合った表情を浮かべている。


「……代償は何だ? 悪魔に魂でも奉げるのか?」


「ほおう、流石にそう上手い話ではないと気付くか。なあに、大したことではない。貴様の魔術の適性が失われるだけだ」


「適性……だと?」


「そうだ。魔術がろくに使えなくなる代わりに、魔力量が大幅に上がるのだ。嬉しいだろう? クククッ……」


「……」


 グルグの説明を聞き、考え込む影治。

 適性と聞いてまず思い浮かんだのは、メイキング場面だ。

 最初に並んでいた項目のうち、適性に関する項目は「魔術適正」、「属性適正」、「武器適性」の3つだが、グルグの話だと魔術に限るようなので、最後の武器適性に関しては除外してもいいだろう。


 すると残るのは攻撃魔術適正や防御魔術適正など、魔術の種類ごとに分かれる魔術適正と、火や水などの属性適性のどちらか。

 或いはその両方が対象になるのかもしれない。


「グルグ、あんまゆっくりしている時間もない。さっさとそいつを使いな。でないと魔封丸の効果が切れちまうよ」


「ぬ……」


 ミランダに指摘され、グルグは慌てたように部下の兵士に魂環の書を渡す。

 書を受け取った兵士は、床に這いつくばせられている影治の下まで行き、屈みながら影治の右手を短剣で切り付ける。

 そして魂環の書の表紙部分に描かれている魔法陣部分に、影治の右手から流れる血を垂らす。

 するとその魔法陣部分が微かに光を帯び始めた。


「……よし。どうやら悪魔の血でも反応するようだな」


「早く呪詞(じゅし)を唱えな」


「ああ、分かっている。『血の盟約により繋がりし魂よ。約定に従い、巡り、廻れ。其は螺旋の渦の如く』」


 ミランダに急かされたグルグが、呪詞を唱える。

 途端、影治に強烈な悪寒が走った。

 一瞬にして冷や汗が滝のように零れ落ちていく。


(なん……だ……これ……は?)


 異世界へと転生し、魔術というものを扱うようになってから、影治は自分の体の内に流れる魔力というものを知覚出来るようになっていた。

 だがそれよりも更に奥深い部分。

 魂の座す箇所から、影治は途轍もなく強大な気配を感じ取った。


向こう(・・・)に何か……いる?)


 それがどこに繋がっているのかは分からない。

 ただ魂が繋がったとしか思えない状況に、影治も落ち着いてはいられなかった。

 例えようのない不快感と、自分が自分でなくなっていくような自我の消失感を覚えながら、影治は何かが自分から流出していくのを敏感に感じ取る。


 まるで体中の水分やら油分、生気や魔力などが吸い取られでもしたかのように、流出は続く。

 実時間にして1分にも満たない時間であったが、影治には何十分、何時間のようにも感じられた。

 だがいつまでも続くという訳はなく、流出の時間はほどなくして止み、今度は逆に向こうから何かが流れてくるのを影治は感じ取る。


(これは不快な感覚ではない……な。ああ、そうか……。これは……)


 流出の次に影治が感じ取ったのは、液体のような感覚のする何かだった。

 それは影治の中に次々と注ぎ込まれていくが、いくら注ぎ込まれても膨満感のようなものは覚えない。

 まるで栄養ドリンクを何百リットルもがぶ飲みしてるかのように、影治は貪欲に注ぎ込まれる何かを自分のものとして取り込んでいく。


「……妙に長くないか?」


「そうさねえ……。人によって違いはあるけど、確かにここまで長いのは初めてだわ。それだけ魔術の適性があったということかもしれないね」


 影治の様子を観察しながら会話を交わすグルグとミランダ。

 傍から見た影治の状況は、魂環の書と影治が共に薄っすらと光り輝いているように見えている。

 辺りはすっかり日が暮れているので、余計その光は目立つ。

 途中で手出しすると自分達にも何が起こるか分からないので、余計な手出しをする者はおらず、静かに時間が経過していく。


『ぐおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…………』


 不意に影治は声なき声を聞き取った。

 それは振動によって伝わる声ではなく、直接脳裏に送られてきたかのような声だった。

 影治はその声の持ち主こそ、向こう側にいる誰かなのだと直感する。


 声の主は余程余裕がないのか、意味のある言葉を発さずにただひたすら呻き声のようなものだけを発している。

 この間も影治には液体のような何かが送られ続けてきており、パンクすることもなく影治はそれを受け止めていく。


『お……のれ…………。なに……もの…………』


 最後にそのような声が聞こえたかと思うと、影治と何者かとの魂の繋がりが切断され、魂環の書と影治を覆っていた微かな光もそれに応じて消えていくのだった。


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