第59話 轟雷
「あめぇ……んだよ!」
肩と膝に矢を受けてしまった影治だが、即座に矢を引き抜くとヒールで傷を癒やす。
と同時にウィンドカッターで狙撃手である弓兵を撃ち落としていく。
「何!? この妖魔のガキ、奇跡を行使したぞ!?」
「しかも無詠唱で発動しやがった!」
「そんな……信じられん! 神聖なる光魔術を無詠唱で扱える者など、聖光教の神官でもそう多くはないのだぞ!?」
影治が傷を癒やした様子を見て、これまでになく周囲の者達に動揺が走る。
当然ながら、影治が使用したのは光魔術――彼らがいうところの奇跡――ではなく、回復魔術によるものだ。
人攫いの男に光魔術にも治癒系の魔術があるとは聞いていたが、影治には回復魔術があるので光魔術の治癒魔術は練習すらしていない。
(傷は治ったし魔力もまだ余裕はあるんだが、ここいらが潮時か?)
影治がそう判断したのは、ざわついている兵士の奥の方に更に追加で兵士がやってきていたのが見えたからだ。
影治が治癒魔術を使ったことで動揺している今ならば、包囲も抜けられるはず。
そう思って、街の外側に続く方へ魔術を放ちながら突っ込んでいく影治。
「逃がさん!」
しかしそこへ、女戦士の仲間の一人だったゴツイ男の剣士が割り込んでくる。
他のハンターや兵士がすぐに戦闘不能になっていく中、この剣士はこれまでずっと致命傷を負うことなく影治にくらいついていた。
「ええい、しつこい!」
「お前は……お前だけは許さん! ネイとディグの敵を討つ!」
「気を付けて、ダグ! 私の魔力ももう限界だからこれ以上の治癒は無理よ!」
ゴツイ男の剣士がここまで影治にしつこく食らいつけていたのは、致命傷を避けるよう慎重に動いていたからなのだが、付け加えてサイドテールの女が随時光魔術で癒していたからでもあった。
しかしあまりの長期戦に、すでにサイドテールの女の魔力も底をついたようだ。
それを聞いたゴツイ男は、これまでのような慎重な動きではなく、刺し違えてでも影治を殺そうと捨て身の攻撃を仕掛けてくる。
「ちっ、そんなに死にてえなら地獄に送ってやるよ!」
影治はここまでの立ち回りの中で、柔法と呼ばれる技法を中心に戦ってきていた。
四之宮流古武術には柔法と剛法という二つの基軸があり、柔法は力の弱い女性や子供でもそれなりの威力を出せる技法であり、剛法は身体能力も一緒に全面的に利用する技法だ。
ドナに教えていた重力を利用して威力を上げるというのも、柔法の基本である。
影治は転生して子供へと変じてしまったので、これまでは柔法を中心に戦っていた。
しかしこの小さな体は、見た目とは似つかわしくない程に身体能力が高い。
そこで影治は体の軸……体軸を一本の鉄柱のように整え、体の内側の筋肉を上へと引き上げるように意識する。
本来は自分の意志では動かせない不随意筋を操作し、仙骨を所定の位置に収めると、そのままゴツイ男に対して突きを放つ。
「ぐぼぉぁっ!」
"入仙"と呼ばれる剛法の技を用いて放たれた一撃は、これまでとは比べ物にならない位の威力を持って、ゴツイ男の腹部を穿つ。
この強力な一撃は、男の内臓を破裂させるほどの威力があった。
「まだ……まだあああ!」
だがそれでも倒れ込むようにして影治に食らいつくゴツイ男。
小さな影治の体をひねりつぶそうとするかのように、ヌゥーっと腕を突き出して掴みかかってくる。
「今ので胃か肝臓辺りをぶち破ったハズなんだがなあ」
ゾンビのようなタフさに辟易としながらも、影治はゴツイ男の右腕を取って即座に関節を極める。
格闘技の大会ならこのまま相手がタップして試合終了だが、当然のことながらゴツイ男はこの程度で戦意を失うことはない。
それを知っている影治もそのままゴツイ男の右腕の骨を折り、更に流れるようにして左腕の骨も折ると、拠り所がなくなった男の上半身が地面へと落ちていく。
そこで影治はトドメとして首の骨を折ると、ようやくゴツイ男の動きが止まる。
といっても、女戦士同様に首の骨を折られたというのに即死することはなく、少しの間動き続けていた。
「ああっ! ダグ! ダグウウウゥゥゥッッ!!」
ゴツイ男が地に倒れ伏すのを見て、仲間のサイドテールの女が嘆きの声を張り上げる。
しかし影治はそんなの知ったことかと、周囲を取り囲もうとする兵士の一角を突き崩して脱出を図る。
「そうはさせぬ!」
だが再び影治の脱出に邪魔が入る。
この喧噪の中でも突き刺さるように届く女の声が聞こえたかと思うと、影治に向けて太い一条の雷が落とされる。
「あっ……ぐっ……」
魔術によって撃ちこまれた雷によって、影治の体のあちこちから煙が立ち上っている。
皮膚もあちこちが焼けただれ、心臓の動きも一時停止するほどの一撃だ。
しかもそれだけでなく、生理的反応なのか魔術の効果によるものなのか、影治は体を動かすことができなくなっていた。
だが魔術の使用には問題がなかったので、影治は回復魔術を連続使用してダメージを回復していく。
魔術をまともに食らいながらも、まだ動いている影治を見た先ほどの声の持ち主は、驚きの表情を浮かべながら指示を出す。
「我の轟雷を食らいながら倒れんとは、ただの妖魔ではなさそうじゃな。もしやお主、妖魔ではなく吸血鬼なのか? いや、しかし……」
そう言いながら影治に近づいていく女は、見た目では30代から40代。杖を手に持ちローブを纏った、いかにもといった魔術師スタイルの女だった。
影治が先ほど見た増援の一人であり、彼女の周りには同じような魔術師スタイルの者が集まっている。
「ミランダ様、危険です! そいつは魔術だけでなく近接戦闘も……」
「心配いらぬ。轟雷だけでは仕留めきれなんだが、麻痺効果の方は利いておる」
「ですがその妖魔めは魔術に対しての抵抗力が強いと思われまする。故に我らがお守り致す」
そういって数名の兵を引き連れた指揮官の男が前に出る。
初めの増援で駆けつけてきた、兵士たちの指揮をしていた男だ。
「好きにするがよい。それよりも、その小僧は生きたまま捕えよ」
「……ですが、この妖魔は複数の属性の魔術を無詠唱で放ってくるので危険です!」
「どのような魔術を使ってきたのだ?」
「魔術自体は低位のものばかりです。高位のものは使えないのか、或いは魔力を温存しているのか……」
「ふむ……、なるほど」
ミランダは影治を見据え何やら納得顔を浮かべると、【魔力の陣】という魔術を発動させる。
「なれば、こうするとしよう」
そう言って腰に留めてある袋から黒い球状のものを取り出すと、無防備に影治へと近づいていく。
すでにヒールによる治癒を粗方終えていた影治だったが、未だに体の方は満足に動かすことができそうになかった。
(くっ……。轟雷とやらによる麻痺効果はまだ解けそうにねえ。あの魔術士のババアにこのまま近づかれるのはマズイ!)
そう判断した影治は、ウィンドカッターなどでミランダを攻撃するが、それらの魔術はミランダに何の影響ももたらさなかった。
ミランダに魔術が当たりそうになると、魔術が掻き消えてしまうのだ。
(……ババアの周りに展開されたあの濃密な魔力のせいか)
ある程度魔力を知覚出来るようになっている影治は、ミランダの周囲に魔力による結界のようなものが発生していることに気付いた。
恐らくは先ほど唱えていた【魔力の陣】なる魔術の効果だろう。
魔力的にはまだまだ余裕があるというのに、使える攻撃魔術の威力自体が弱いせいか、何度魔術を放ってもミランダの【魔力の陣】を突破出来そうにない。
何十発と撃ちこめばまた違うのかもしれないが、魔力を多く籠めて威力を上げるということは出来ないので、今の状態だとミランダの接近を防ぐことは出来なかった。
「さあ、こいつを食らいな」
至近距離まで近づいたミランダは、そう言って先ほど取り出した黒玉を影治の口に押し込むと、無理やり嚥下させた。




