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ドラゴンアヴェンジャー  作者: PIAS
第2章 深き地の底にて
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第56話 眠り薬


 突然のミリィの登場と悲鳴に、うな垂れかけていた影治の息子は再び空を見上げた。

 見た目は子供! 頭脳は大人! な影治であるが、股間部分に関してはほぼ大人のそれである。

 今の影治と同じくらいの年ごろの少女には刺激が強いかもしれない。


「な、何も見てないですから!」


 案の定、股間を隠そうともしない影治を前に、ミリィは震えた声でそう言うとバッと勢いよく引き返していく。


「……タイミングが悪かったな」


 とんだハプニングこそあったものの、その後は普通に水浴びを済ませた影治。

 脱衣所にて大まかにタオルで拭いたあとは、バーニングとブローイングを掛け合わせて器用にドライヤーのように髪を乾かす。


 双方共に簡単な魔術ではあるが、それを同時に発動させるのは難しい。

 だからこそ、影治はこういった日常でも魔術の鍛錬に利用する。

 戦闘時でも魔術を同時に発動できるようになれば、戦略の幅も大きく広がるはずだ。


 宿泊客が少ないのか、あるいはそろそろ夕食の時間のせいか。

 水浴び場にはそれ以上誰かが訪れることもなく、影治は服を着替える。

 頭部は屋内で麦わら帽子は似合わないので、布をターバンのようにして頭にかぶっている。

 短髪にしている影治ならこれでも十分に髪を隠すことが可能だ。


「飯の時間がよく分からないから、一旦部屋に戻るか」


 時間でハッキリ区切られているなら分かりやすいが、生憎とこの世界では時計というものは身近な存在ではないようだ。

 宿に到着した頃にどこかから鐘の音が鳴り響いていたので、おそらくあれが住民に時刻を知らせる機構なのだろう。

 教会にでも設置されているのかもしれない。


 だがそう何度も頻繁に鳴らす訳でもないだろうし、ドナが暮らしていた村ではそんな鐘も鳴っていなかったと聞いている。

 時間をどうやって知るのかと聞いた時に、不思議そうな顔で明るくなったら起きて、暗くなったら寝ると答えていた。




「……匂いがしてきたな。流石にもういいだろ」


 ぼんやりと窓の外を見ながら考え込んでいた影治は、そう言って部屋を出る。

 1階にある食堂にはすでに宿泊客が何人もいて、それぞれ食事を取っているようだった。

 その中には水浴び場でバッタリと出会った女戦士もいて、ゴツイ男とひょろひょろしたネズミ顔の男と、可愛い系の顔をしたサイドテールの女とワイワイ話しながら食事をしている。


「あ、あ、あのお客さん。こちらで……その、どうぞ……」


 食堂を見渡していると、目線を合わしてくれないミリィが隅にある空いている席へ影治を案内する。

 ここで何か言っても逆効果だと思った影治は、素直に案内に従い運ばれてきた夕食を口へと運ぶ。


「…………」


 しかしその手が一瞬止まる。

 そして口元で小さく何かを呟くが、周囲の喧噪に消されて何を言っていたのか誰にも気づかれていない。


 影治が食べているのはパンと酸味の効いた豆などが入ったスープ。

 それに肉や野菜を巻いた春巻きのようなものだ。

 そちらも米酢などとは違う酸味が混じっている。

 イメージとしては、東南アジア系の料理の酸味が近い。


 一度手を止めた以降はひたすら無言でそれらの料理食べ続け、全て空にすると即座に席を立つ。

 自室へと戻るために階段の方へと向かうと、ミリィからの視線に気付いたので、少し考えた影治は声を掛けることにした。


「酸味が効いててなかなか美味かったよ」


「そ、そうですか? なら良かった……です」


 ミリィの背後には最初に会った母親もいたが、影治はそちらには声を掛けることなくそのまま階段の方へと向かう。

 トントントンっと階段を上っていく音は、恐らくミリィやその近くにいた母親にも届いていることだろう。


 しかし実のところ、影治は階段を上まで上ってはいなかった。

 途中で折れ曲がっている階段の中二階の部分で、その場で足踏みをして足音を誤魔化していたのだ。

 そして1階からは見えない場所で、聞き耳を立てていた。

 するとドタドタッという足音が聞こえて来たあとに、母娘の会話が喧噪にまぎれて聞こえてくる。


「……んと……食べてた…………?」


「うん……も綺麗に……」


 断片的に聞こえてきたのはそれくらいだったが、影治にはそれで十分だった。

 今度は先ほどとは違って足音を立てないようにして、階段を上って3階の自室へと戻っていく。





「体に異変は……」


 自室に戻って鍵をかけた影治は、即座に自分の体の調子を確認する。

 だが変に脈拍が高くなっていたり、体に痺れを感じたりすることはなかった。


「ちっ、見誤ったし俺の考えも大分甘かったみてえだ」


 影治は先ほどの夕食を口にした時、酸味とは別にちょっとした違和感を感じ取っていた。

 それが何かは分からないが、影治は転生してから身体能力だけでなく、五感もかなり鋭くなっているのを感じている。

 その鋭い味覚や嗅覚が、何らかの異物を料理の中に感じ取っていたのだ。


「最初から疑われてたって訳じゃあねえな。水浴び場で……そうか。付け焼刃で染めただけだから、水浴び場でミリィにこの髪を見られたってことか。てっきりあの反応は別のことに対するもんだと思ってたが……」


 鏡がないので影治には今すぐ確認することはできなかったが、今の影治の髪は元の水色の部分が大分表に出てしまっている。

 ドナも言っていたように、この髪色は人族には現れないものらしい。


「派手好きなやつが染めてるだけかもしれねー……って考えは毛頭ないってことか。髪だけに」


 ひとり冗談を言ってる影治だが、頭の中ではこれからどう動くべきか必死に考えを巡らせていた。

 今にもこの宿に兵士が押し寄せてくるのか?

 そうだとしても、今はまだ事が起こってから然程時間は経っていない。

 では今のうちにさっさと宿をずらかるか?


 いろいと善後策を模索する影治だが、ここに来て急に眠気を感じ始める。


「……っ!? なんだこの眠気は……」


 影治はこの街に到着するまでの間は一人旅で、確かに夜もしっかりと眠れてはいなかった。

 この宿に来てからは、温い水だとはいえ水浴びをしてさっぱりもしている。

 かといって、この眠気は尋常ではない。


「チッ! ただの毒ではなく、眠り薬を盛られていたのか!」


 当然のことながら、影治は食事中に異変に気付いた後に、こっそり神聖魔術のアンチドートを何度も使用していた。

 しかしアンチドートではこの眠りの原因は除去できないらしい。


「クッ、このままここで寝ちまうのはマズイ! 目がパッチリと覚める魔術はねえか!?」


 眠気が思考を妨害する中、影治は新たな魔術の習得へと取り組む。

 それも緊急案件だ。

 襲い来る眠気を誤魔化すため、レッドボーンナイフを足に突き刺し、その痛みによってどうにか意識を保つ影治。


 あの村にいた人攫いの男の話では、一般的には光魔術が治癒系の属性とされているようだったが、影治にとって治癒系といえば回復魔術以外にない。

 体内の魔力を回復属性の魔術へと変換させながら、必死に眠気を覚ます魔術をイメージする影治。


「むっ!?」


 事態が切迫して鍛冶場の底力でも発揮されたのか、あるいは日頃の魔術の鍛錬のおかげか。

 影治はこの土壇場で、新たに回復魔術の【目覚め】を修得することに成功した。

 この魔術はその名の通り眠気を取り除いたり、寝ている者を起こす神聖魔術だ。

 これは生理的反応の眠りだけでなく、薬や魔術などによる眠りにも対応している。

 ただし気絶状態の者を起こすことは出来ないらしい。


「寝てるのと気絶してるのの違いってなんだあ? まあ何にせよ、最悪な事態は回避できた。この目覚めとやらはウェイクアップと名付けよう!」


 新たに魔術を修得すると名前や効果が分かるのはいいのだが、こういった細かいツッコミにまで答えてくれる訳ではない。


「ってそんなこと言ってる場合じゃあねえ。なんか足音が聞こえてきやがるぞ」


 元々大声で独り言を口にしてた訳でもないが、ここからは殊更に静音モードでドアの近くにすり寄る。

 すると、階段を上ってきている複数の足音と会話が影治の耳に届く。


「本当に薬は効いてるんだろうなあ?」


「え、ええ……その筈です。個人差もあるかと思いますが、あの量でしたら食事の最中に効果があってもおかしくない程でしたので……」


(げっ! マジかよ。そんなにしこたま眠り薬をぶちこんでやがったのか!?)


 今の声はミリィの母親の声だろう。

 そして宿の女将と思われる彼女が一緒にいるということは、恐らく合い鍵も持っているハズ。

 元々チャチな作りだったこの部屋の鍵だが、宿の人間が手を貸してしまってはまったくもって意味がない。


(ちっ、荷物を回収してる余裕はなさそうだ。となれば……)


 影治は即座にドアの傍から離れ、反対側にある大きな鎧戸を開く。

 ドアの傍で聞き耳を立てている間に、さっき自分で突き刺した足のケガはヒールで治してある。


「あーばよ」


 3階程度の高さなら、前世のときの肉体でも飛び降りることは可能だ。

 ましてや、今は優れた身体能力を持ち合わせている。

 辺りはすでに暗くなっていたが、影治は気にせず窓から飛び降りるのだった。


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[一言] あっさりばれたもんですな
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