第55話 ラッキースケベ
「お母さん、お客さん連れて来たよお!」
「あらあら、これまた可愛いお客さんだね。ミリィあんた見た目で声掛けたんじゃないのかい?」
「ち、ちちち違うってばあ! たまたま、ほんとたまたま偶然近くを歩いてたからさあ。それにガリンペイロさんに紹介されたらしいんだよ!」
「ガリンペイロさんに……、なるほどねえ。ああっと、肝心のお客さんのことをほっときぱなしだったね。ようこそ水浴び停へ。うちは一泊400ダンで夕食付きだよ」
「じゃあこれで」
仲の良さそうな母娘の会話を聞きながら、影治は小銀貨を8枚取り出して渡す。
基本的には背負い袋の中にお金もしまってあるのだが、すぐに出せるように懐にも小さな袋に少しだけお金を詰めてある。
どうやら記帳する必要はないようで、お金を渡すとそのまま話は先に進む。
「あいよ。部屋の指定とかはあるかい?」
「いや、特にない」
「なら3階の奥の部屋にしとくよ。ミリィ、案内したげな」
「うん! こっちだよお」
やたら元気よく返事すると、ドタドタとミリィは影治を先導しはじめる。
「あのねえ。夕食はまだもう少しあとになるからあ、先に当宿自慢の水浴び場に行って汗を流すといいよ!」
「水浴び場というのは、風呂とは違うのか?」
「お風呂~? ううん、うちのは単に水路から引き込んだ水を流してるだけなんだあ」
ミリィの話によると、どうやら水浴び場というのは地下に設けてあるようで、川から引き込んだ水が地下水路を通って常に流れているらしい。
他にも夕食以外に食事を取ることも可能で、その際は別途料金を支払うこと。
水浴びとは別に、有料でタライに湯を張って部屋に持ってきてくれたり、これまた有料でろうそくを持ってきてくれたりもするようだ。
「じゃあ何かあったらわたしに言ってね?」
「ああ」
短く答えると、影治は案内された3階の奥の部屋に入る。
部屋の鍵も受け取ったが、見た感じすごい簡易なつくりのようだ。
これならちょっと腕に覚えのある奴なら、簡単に鍵を開けて中に入れるのでは? と不安に思う影治。
「……荷物は目立たないところに置くとしよう」
部屋の中は、入ってすぐ左手にベッドがあり右手側にクローゼットがあった。
扉から正面の部分には大きめの鎧戸があるが、当然ながら窓ガラスなどというものは嵌めこまれていない。
部屋に入って左手側の壁にも小さな鎧戸があり、その近くには中世の時代らしいなと思える鎧かけが置いてある。
影治が街中を散策した時の感じでは、鎧を着ている者はそれほど多くはなかった。
しかし魔物が存在するこの世界では、旅の行商人などでも革の鎧あたりは身に着けることもあるんだろう。
「クローゼットの中は……ロッカー程度のスペースか。ここに隠してもすぐにバレ……ん?」
影治は頭上から小さな粉のようなものが降って来たことに気付き、天井を見上げる。
しかしクローゼットの位置が部屋の隅にあることに加え、日が暮れ始めたせいで窓の外からの光量も心許なく、よく見えない。
そこでライトスフィアを発動し、再度見上げてみる。
「……天井板の一部が外れかけてるな」
どうやら上から降ってきた粉は、その隙間から落ちてきたらしい。
それを見てふと影治は思い立つ。
両足で挟むようにしてクローゼットの中をよじ登った影治は、外れかけていた天井の板を下から押し上げる。
すると天井板は特に抵抗なく持ち上がり、パタンという音を立てて倒れた。
更にクローゼット内をよじ登り、天井板のあった場所から顔を出した影治は、この上の部分が天井裏であることに気付く。
「ここに荷物を隠しておくか」
自分の体の大きさからすると、影治が背負う袋はかなりの割合を占めている。
そのため天井裏まで運ぶのに少し苦労したが、ここならすぐにはバレないだろう。
荷物を天井裏に隠した影治は、ベッドの上で一息つく。
ベッドとはいっても、木製のベッドに布が1枚被せてあるだけの簡素なものだ。
最早ベッドというよりは、ただの台のようにすら見える。
「果たしてこれはシーツなのか、それとも掛布団なのか」
ペラッペラな布は、下に敷いても上に被せても大して違いはないように見える。
元々熱帯気候なので、寒さを防ぐ目的での掛布団は必要ないだろう。
ちなみに枕らしきものも見当たらない。
外街の中ではそれなりにグレードの高そうな宿だが、それでも内装はしょぼかった。
「まあ連泊する訳でもなし、今はその辺を気にしても仕方ない。街をうろつきまわって集めた情報だと、どうやらこの辺は帝国の中でもかなり南寄りの地域らしい。まずは南進して帝国を抜け出さんとな」
恐らくはドナが元々住んでいた村も、ここから南の方にある『ガンダルシア王国』にあるのだろう。
今は何をするにしても敵地のど真ん中である以上、行動が大きく縛られてしまう。
「今はこれ以上考えても仕方ないし、自慢の水浴び場とやらにいって飯食って寝るか」
影治は階段を下りて地下にある水浴び場へと向かう。
脱衣所には数字の書かれたロッカーが並んでおり、該当する客室の鍵で開けられるようになっている。
3-6と書かれたロッカーがどうやら影治の客室番号のようで、そこに脱いだ服を突っ込み、鍵だけを手に水浴び場へと向かう。
だがどうやら先客がいたようだ。
「坊やも水浴びかい?」
「……ああ」
「そう。あたいはそろそろ夕食の時間だから出るわ」
「……ああ」
そう言って先客は影治がガン見してくるのも気にせず、水浴び場を出ていく。
大分筋肉質ではあったが、見事なボディーをしている。
一目見た影治の感想は「女戦士」だった。
「……確かに男女別にはなってないと聞いてたが、女性客には水浴び用の服を貸し出してるはずなんだが……」
水浴び場にいたのはその女戦士だけであり、他に利用客はいなかった。
だから素っ裸で水浴びをしていたのだろうか。
「いや、それにしても恥じらってる様子もなかったな。見た目からして、冒険者だとかハンターだとかそういった感じだったし、あんま気にしてないのかもな」
時と場所が変われば、こうした恥に対する感覚も変わってくるものだ。
現代日本のトイレには音を鳴らして最中の音を誤魔化す機能なんかもあるが、中世ヨーロッパでは貴族の女性であっても「ちょっと失礼」的なノリで、おもむろにその辺でブリブリと用を足していたという。
男性が帯同していようと、構わずブリっていたらしい。
「そーいや古代ローマの公衆浴場も混浴だったと聞く。そう、これは自然なことなのだ」
そう唱えながらも、突然のラッキースケベに影治の肉体は反応していた。
それを誤魔化すように、影治は水浴び場内に幾つも垂れ下がっている紐を引く。
すると紐と連動して影治の上部の壁から突き出した筒が、ししおどしのように下に垂れ下がる。
すると、その筒からはシャワーのように水が溢れ出た。
「なんとも原始的な作りだが、その分手間はかからなそうだ」
宿の建物が木製なのに対しこの水浴び場は石で出来ており、隅には排水用の穴も開いている。
床部分の石畳にはところどころフックのようなものがあり、ここに先ほどの紐を噛ませて固定することで、シャワーの水を流しっぱに出来るようだ。
「川で水浴びはしていたが、こういった屋内でシャワーを浴びるのは久々だ――」
影治の脳裏からは先ほどの女戦士の裸体がなかなか拭えず、むしろ体の一部が元気になる一方だった。
筒から流れて来る水は少しぬるめで、頭を冷やすには温度が微妙だ。
それでもこの街までの道中では水浴びなどはしていなかったので、少しずつサッパリとした気分になっていた。
だがそこへ少女の悲鳴が突如響き渡る。
「キャアアアアァァァ……ッ!?」
影治が入口へと視線を向けると、そこには両手で顔を覆いながらも、指の隙間から元気溌剌な影治を見ているミリィの姿があった。




