第54話 ハンターギルド
元々外の気温が高いせいか、建物に入るとむっとした暑さが影治を襲う。
恐らくはそのために入口のドアも開けっぱになってると思われるが、建物内に何人も人がいるせいか熱気が籠っているようだ。
入口から入ってすぐ正面には受付があり、幾人かの職員がハンター達と話をしている。
露店のおっちゃんの話では、ハンター達は依頼を受けて生活しているとのことだから、恐らくは受付と話してるのも依頼関連の話をしているのだろう。
……中には受付嬢に言い寄っているようにしか見えない男も交じっていたが。
「……金属鎧を着ている奴は少ないな。まあこんな気候だし無理もないか」
まだ見た目少年に見える影治が建物に入ってきたというのに、特に周囲のハンター達からはこれといった反応はなかった。
何人かがチラッと眺めた程度で、それもすぐに視線を元に戻している。
「買い取りは……あっちか」
メインの受付を行う場所とは別に、奥の方に敷居で区切られた場所があり、そこにもカウンターテーブルと職員がいる。
間違っててもついでに場所を聞けばいいかという気持ちで、影治は誰も並んでいない買い取りカウンターへと向かう。
「魔石を買い取って欲しいんだが、ここで合ってるか?」
「ああ、ここで間違いない。買取は魔石だけか?」
「そうだ。ちょっと待っててくれ」
そう言って影治は背負い袋の中から、魔石を詰め込んだ袋を取り出す。
最初は背負い袋とは別に肩にさげて持ち歩いていたのだが、重いのでどうにかスペースを開けて背負い袋に無理やり詰め込んでいたものだ。
「ほお、結構量があるみてえだな。ちょっと時間をもらうぜ」
「ここで待ってた方が良いか?」
「ああーっと……そこまではかかんねえと思う。って忘れてた。ギルド証を提示してくれ」
「ギルド証は持っていない。買取だけなら出来ると聞いたんだが……」
「おう、出来るぜ。ちょいと買い取り価格は下がっちまうがな」
「それで構わない。ここで待っていよう」
「あいよ」
影治が提出した魔石は、そのほとんどがゴブリンのものだ。
魔石の大きさは魔物によって異なるようで、武器を持っていないノーマルゴブリンだと小さめのビー玉サイズ。
影治が角兎とか牙イノシシだとか呼んでいた魔物は、それより少しだけサイズが小さい。
「査定終わったぜ」
影治が査定の様子を眺めながらカウンター前で待つこと10分。
職員の男は1つ1つ丁寧に見るのではなく、まずは大雑把に見た目の大きさで魔石を分けていた。
影治も見ただけではどれがどの魔物の魔石かは判別できなかったが、恐らくは角兎や牙イノシシのグループと、ゴブリンのグループ。それとその二つより大きい魔石のグループの3つに分けられたようだ。
最後の1番大きい魔石のグループは、恐らくスケルトンのの巣にいた赤骨やゴブリンの中に稀に混じっていたホブゴブリンっぽい奴のものだろう。
それらの魔石は、タコ焼き焼き器みたいな穴が幾つも並んで開いた器具に1つずつ入れて調べられていた。
どうも並んでいる穴の大きさが全て微妙に違うらしく、どの穴にすっぽり収まるかによって大まかに大きさを測定するらしい。
魔石の形状は一定ではなく、その辺に落ちてる石のように形はいろいろある。
だが細長い形状はなく、大抵は四角や丸などといった形をしているので、この器具でも簡易的に大きさを調べることが出来るようだ。
「持ち込んだ魔石全部を、3500ダンで買い取ろう」
「3500……」
「ほんとはもうちょい低かったんだけどな。まとめて持ってきてくれたからおまけしといたぞ」
そう言われても、影治にはこの値段が適正なのかどうか判断することが出来ない。
なので一つ質問をしてみることにした。
「ちなみにゴブリンの魔石だと1ついくらになるんだ?」
「ゴブリン? ああ、そうかなとは思ったが、この大量にあるのはゴブリンのもんか。これは1つ5ダンだな」
「……ゴブリン2匹で串焼き1本分か」
「まーただのゴブリンなんざ村人でもやろうと思えば倒せっからな。上位のゴブリンならもう少し高くなるけどよ」
「なるほど。ちなみに、今回ので一番高いのはいくらだったんだ?」
「それならこいつらだな。多少前後はするが、だいたい1つ100ダンだ」
職員の男が指し示したのは、恐らく赤いスケルトンが落としたものだろう。
見た目だけ見ても、明らかにゴブリンの魔石より大きいことが分かる。
「やはり値段は大きさによって変わるのか?」
「基本はそうだが、中には小さくとも魔力が豊富に含まれてるものもある。そういったもんは、小さくとも高値で買い取るぜ」
なんでもそういった魔石は、見た目からして通常のものとは異なるらしい。
そういった魔石は専用の魔導具に通して査定するようだ。
「そうか。ちなみにギルドに登録していた場合、この3500が幾らになったんだ?」
「ぶっちゃけ、ただ登録したばかりの10級ハンターじゃ大して変わんねえよ。元々今回はサービスしてるから、せいぜい数十ダンの違いだ」
「10級ハンター……。じゃあ1級ハンターなら幾らになるんだ?」
「はぁ? 1級ハンターなんてそんなもんそうそうお目にかかれるもんじゃねえよ。そうだな、現実的なラインで5級ハンターなら4000くらいにはなるぜ」
「そんなものか」
「ああ。で、どーすんだ?」
「その金額でいい」
「ほいよ。全部大銀貨でいいか?」
「ああ」
影治は職員の男から大銀貨を7枚受け取ると、ギルド内を少しうろつく。
受付がある場所から反対側の壁には、文字が書かれた木板が何枚もぶら下がっている。
影治は文字の読み書きはまだ出来ないが、木板には数字が書かれていたので恐らくはハンターへの依頼が並んでいるんだろう。
「文字も覚えんといかんな」
ドナは当然ながらこの世界の言葉を話すことは出来たが、文字の読み書きはできなかった。
村レベルだと読み書きできる者はほとんどいないらしい。
ハンターギルド内は他に特にめぼしいものもなかったので、影治は厄介事に巻き込まれないうちにギルドを後にする。
外は少し陽が落ち始めており、影治は思い出したように衛兵の男が言っていた『水浴び停』を探すことにした。
大分あちこちほっつき歩いていたので少し時間がかかってしまったが、宿はすぐにみつかった。
基本的にどの店も分かりやすい所にイラスト付きの看板が出ているので、それを見ればどんな店かがすぐに分かるようになっている。
今の影治のように、文字を読めない者が大勢いるんだろう。
「あ、ねえねえ! そこの君!」
影治が宿の近くに辿り着くと、店の前にいた少女に声を掛けられる。
栗色の髪を背中当たりまで下したその少女は、見た目からすると影治と同じか少し上といった頃だろう。
にこにこと快活な笑顔を浮かべた少女は、ターゲットを見つけたかのようにスススッと影治に近寄ってくる。
「……なんだ?」
「その大きな荷物、旅人さんでしょお?」
「それがどうかしたか?」
「ふっふっふ、それがどうかするんだよお。見てよこの前の建物を!」
「宿屋……だな」
「そう! この水浴び停はハンターの人だけでなく、旅人さんにも人気なの! そして、なんとわたしはこの宿の看板娘なのです!」
「自分で看板娘とかいうのかよ」
腰に両手をあて、まだ育っていない胸を前に突き出すようにしてポーズをとる少女。
どうやら影治に声を掛けたのは、呼び込みのためのようだ。
「だってお客さんはみんな『ミリィちゃんは可愛いねえ。看板娘だね』って言ってくれるのよお」
「さよで」
「で、さあ。今晩泊まるところが決まってないんなら、うちにしなあい?」
「元々この宿に泊まるつもりだったんだ。ドワーフと一緒に歩いてた衛兵の男に勧められたもんでな」
「ドワーフと一緒にー? ってことはガリンペイロさんかな? じゃあ話は早いね。さ、入った入ったあ」
こうして影治は、宿屋の前に立っていた少女――ミリィに手引っ張られるようにして、水浴び停へと入っていった。