第51話 村での戦利品
「グルルル……」
「ほら、しっし!」
拠点を出て影治がまず向かったのは、自らの手で滅ぼしたあの村だった。
あの時はドナを放置しておけなかったので、背負子を探したあとはろくに探索もしないで村を後にしていた。
数日振りに訪れた村には、野生の動物がやってきていたようだ。
村には元々囲いなどもなかったので、今も影治の前には狼の集団が死肉を漁っていた。
「ガルッ!」
「おおっと……。ふうむ、仕方ないやるか」
元村人の死体を漁っていたのは魔物ではない動物の狼だったので、無理に殺すつもりはなかった影治。
しかし向かってくるとなれば容赦はしない。
8匹ほどいた狼は、最初に影治が4匹ほど倒した時点で、身を翻して森の方へと逃げていった。
「これで村にいた獣は大体追っ払ったか。それじゃあ家宅捜索を始めるとしよう」
野生の獣が入り込んでいたことからも分かるように、影治が村を壊滅させて以降この村に訪れた者は誰もいないらしい。誰かに荒らされた形跡も残されていなかった。
ただ村の建物の一部は獣によって破壊されていたので、完全に元通りという訳でもない。
なお影治は村を去る際に村人の死体はそのままにしていた。
だからこそ獣が村に入り込んでいたのだが、今回確認した限りではアンデッドになった村人はいなかった。
アンデッド化する確率はそう高くないのか、或いはもう少し時間が必要なのか。
もしくは強い恨みや負の感情を持ったまま死ぬなどの、特別な条件が必要な可能性もある。
「――ふう、大分時間がかかっちまったがこんなもんか」
元々数百人の村人が暮らしていた村なので、ひとりで見て回るにはそれなりの広さがある。
それでも昼前に到着して日が暮れる前には、村内の全ての建物を回ることはできた。
まばらに家が建っていたのではなく、ある程度一か所に集まっていたのも短時間で捜索出来た理由だ。
影治がかき集めたものは、まず大きな背負い袋。
大人が背負う分にしても大きいその背負い袋は、少年サイズの影治からすれば割合的に見ると本格的な山登りにでも向かうかのような大きさだ。
「もう少し大きいのもあったが、流石にこれ以上のは背負うのが大変そうだったからな……。それに、こっちの方が作りがしっかりしてそうだ」
その作りがしっかりした背負い袋には、村の中で見つけた保存食と着替えが詰め込まれている。
これまでは自作のゴブ布の服を着ていた影治だったが、幾つかの家から子供用のもう少ししっかりした服が見つかったので、渋々そちらへと着替えを完了していた。
影治としては、自分で作ったゴブ布の服にもそれなりに愛着を感じていたのだが、その服装だとどう見ても原始人のようにしか見えない。
今はそこらの村の子供レベルに見た目が進化したので、外を出歩いても不自然ではないだろう。
「食器や金属製の鍋が手に入ったのも助かるな」
食器といっても、大抵の家では木製の粗末なものや、影治が拠点で使っていたのと大差ないような、粘土をただ焼いただけのものも多かった。
しかし村長宅と思われる一際大きい家では、シンプルながらも絵付けされた皿などがあったので、影治はそれらを拝借している。
「それと俺の拠点から奪っていったと思われる魔石と、この世界での通貨らしきものも手に入った。一体どの程度の価値があるのかは分からんが、村中から集めたからそれなりにはなんだろ」
魔石と金は、それぞれ別の袋に入れて纏められている。
お金は殆どが銅貨類と小銀貨であり、大銀貨は数える程しかなく、金貨に至っては1枚もなかった。
ちなみにお金を入れた袋は、更に背負い袋の中に入れて持ち歩くつもりでいる。
背負い袋に入れておけば、スリに遭う心配もないだろう。
「確かドナの話だと、この小さい銅貨1枚が1ダンということらしいが、これで何が買えるのやら」
ドナから聞いたのは、小銅貨1枚が1ダンだということ。
それから小銅貨が10枚で大銅貨となり、大銅貨5枚で小銀貨1枚になること。
この調子でいくと、小銀貨10枚で大銀貨という計算になりそうだが、ドナが見たことあるのは小銀貨までだったので、そこは未確認だ。
貨幣の大きさは、銅貨も銀貨も大体同じだ。
小銅貨、小銀貨は1円玉くらいの小ささで、大銅貨、大銀貨は500円玉よりもう1回りか2回りくらい大きいサイズとなっている。
貨幣の質については、日本の貨幣に比べると鋳造技術の差は如実に感じられるが、それでも思いの外しっかりと作られているようだ。
それなりに円形に作られており、それなりのクオリティーで肖像やらが彫られている。
興味深いのは、同じ小銅貨でも別のモチーフが彫られた複数の種類の小銅貨があることだ。
これらには日本の硬貨のように数字らしきものは彫られていないので、恐らくは同じ小銅貨ということだと思われる。
「小銀貨の方だと明らかに別の人物が彫られているから、発行してる国が違うとかそういうのか?」
お金を袋にしまいながら、影治はこの辺りの貨幣について予想を立てる。
そうして作業を終えると、最後に影治が一番の戦利品だと思っているものを収めていく。
「いやあ、やっぱ調味料は大事だよな。とりあえず塩さえあれば、なんでもいける!」
それは各家屋から集めた調味料だった。
家屋ごとの備蓄量はそれほど多くはなかったが、それでも何軒も回れば一人で使うには十分な量が集まる。
それに嬉しいことに、塩以外の調味料も少量ながら発見していた。
「まさか砂糖があるとはなあ」
影治は砂糖と言ったが、それは一般的なイメージの白い顆粒状のものではなく、黒糖のような固形状のものだった。
最初影治はそれが何か分からず、それでも台所の調味料置き場に置かれていたことから、恐る恐る口に入れて試食していた。
それが砂糖だと分かった時は、思わずその場で小躍りして喜んだほどだ。
他にも蜂蜜や酢などもあったので、持てるだけ回収してある。
「まあ甘味という意味では、森の中に生えてる果物の中に普通に甘いもんがあったから、そこまで飢えてるって訳でもねえんだけどな」
この辺りは一年通して暖かく、雪なんて見たこともないとドナはかつて影治に言っていた。
そういった話や周囲の植生から、影治はこの辺りが地球で言うところの赤道に近い南国のような場所だと予想している。
実際に黒糖も発見したことだし、この地域ではサトウキビのような植物が栽培されているのかもしれない。
「あとはこれと……これもあった方がいいか」
他にもタオルなどの布や、細々とした日用品などを選別して背負い袋に収めていく。
探し出すのは大変だったが、いざ纏めてみればそれほどの量には達していない。
「さて、戦利品の確保はこれでいいとして、次にどこへ向かうかという話だが……」
幾つか影治の中で案があったものの、現在地が分からない以上は予定の立てようもなかった。
村の中をあちこち探してみたが、地図らしきものは発見出来ていない。
ただ民家を漁っているときに、南の方に向かって伸びている道を見つけていたので、恐らくそちらに進めば街なり村なりがあるのだろう。
「結局詳しい話を聞く前に皆殺しにしてしまったから、ここが何ていう村なのかも聞けず終いだ。恐らく帝国領内の村なんだと思うが、流石に今の俺の状況で帝国内に留まり続けるのは回避したい」
聖光教や帝国に復讐する決意を固めた影治だったが、ひとり無謀に街や村を襲い続けるなんてことをするつもりはなかった。
まずは帝国を脱し、落ち着ける場所を見つけ、そこで力を付けていきたいと漠然とした未来図を描く。
「それには1度街なり村なりを訪れて、情報を集めないとな」
この村で最後にひとり残った商人――ドナを攫った男も、結局詳しく話を聞く前に始末してしまっていた。
今の影治には情報が不足している。
「だがそうなると、この水色の髪が問題……か」
いっそのこと坊主頭にするか? などと考えつつも、影治は誰もいなくなった村で一泊するのだった。




