第50話 埋葬
「……ドナ、俺達の家に帰るぞ」
影治は村の民家から背負子を見つけると、それに氷漬けにしたドナを固定する。
これは新たに修得した氷属性の魔術、【氷生成】によって生み出された氷だ。
温暖な気候が続くこの地域だったが、最近は気温が更に高くなってきていたので、スケルトンの巣の撲滅以降に練習していた魔術だった。
だが水属性に似てるだろうし、すぐにでも覚えられると思っていた氷属性だったが、影治はなかなか感覚が掴めずにいた。
影治がクリエイトアイスと名付けたこの魔術が完成したのは、つい先ほどのことだ。
他の生成系の魔術と同じく、一度に大量には生成できないようなので、何度も使用することで不足分を補っている。
その日から影治は村の外れに置いたままになっていた荷物と、村の中から回収した食料をたよりに、夜も寝ずにひたすら拠点へと向けて走っていく。
氷漬けにしているとはいえ、時間が経てばドナの遺体も傷んでしまう。
それに何より、影治は一刻でも早くドナをあの拠点に埋葬してやりたかった。
「さあ、帰って来たぞ。俺達の家に」
結局影治は、僅か2日で拠点まで戻ることに成功していた。
随時フィジカルリカバーで体力を回復しつつ、夜はライトスフィアで照らしながら休まず走り続ける。
回復魔術のおかげで肉体的疲労はほとんど感じていない影治。
しかしドナを失ったショックや、全く寝ていないところから来る精神的な疲労が重なっており、その表情は大分疲れているように見える。
「……俺達が生活してた場所よりは、景色の良い場所の方がいいか」
そう呟くと、影治は崖の上の部分に登っていく。
この崖の上の部分は、上から魔物が落っこちてこないように周辺が堀と壁で囲まれている。
影治が発見した当初からこの崖上部分には木も生えていなかったので、影治はここに穴を掘ってドナを埋葬することにした。
まずはムーブソイルで十分な大きさの穴をあけると、慎重にドナの周りの氷を剥がしていって、体を穴の中に横たえる。
手順としてはあとは土を被せて墓標を立てれば終わりなのだが、ここで一旦影治の作業の手が止まった。
「ドナ……」
見るに堪えない、酷い姿になってしまったドナ。
二人の思い出が残るこの場所にいると、ドナと過ごした日々が鮮明に影治の脳裏に蘇ってくる。
「……ちょっと待っててくれよ」
影治はそう言うと、一旦崖下まで下りていく。
向かうのは入口からすぐ傍にある倉庫だ。
影治が村に向かっている間、他の何者かによって拠点が荒らされることはなかったようで、倉庫の中はあの時の光景と同じままだった。
あの時発見した黒い血だまりも、そのまま残っている。
この血がドナのものか、或いは村人のものなのかは分からない。
どちらにせよ、恐らく換気口に隠れていたであろうドナが飛び出していったのは、恐らくここに落ちていた影治人形のせいなのだろう。
「俺が中途半端に戦い方を教えなければ、そのまま飛び出さずに隠れたまま助かったかもしれん……」
思わずネガティブな考えが浮かぶ影治。
前世を含め、影治がこれほどまでにショックを受けたことはなかった。
あのようなドナの仕打ちを見てしまえば当然かもしれないが、特に影治は何でもすぐに上達してしまう天性の才能を持っていたせいか、挫折だとかそういった経験がない。
またこれも生来の性格なのか、ネガティブ思考に陥ることもほとんどなく、もし気分が落ち込んでも、1時間もすればすぐに通常運転に戻るような性格をしている。
それがあの日以来、影治はずっと沈んだ感情を持て余したままだった。
「…………」
影治は無言のまま倉庫内の換気口部分に飛び移り、そこに埋めて隠した2体の木彫りの人形を取り出す。
しばしの間その2体の人形を見つめていた影治は、人形を手に再び先ほどの崖上部分まで戻っていく。
「ドナ……。こっちのお前の姿をした人形は俺が持っていく。だから、俺の人形はお前の傍に置いておくぞ」
そう言って、ドナが掘った木彫りの影治人形をドナの傍に置いた。
影治はこの世界の死者への弔い方を知らない。
日本で暮らしていたので火葬には馴染みがあるが、日本でも昔は土葬の習慣もあった。
死んでもなお炎に焼かれる火葬を、地域によって忌避する風習があることも影治は知っている。
そこでドナは土葬をすることにしたのだが、ひとつ気になることもあった。
「この世界にはスケルトンとかいるんだよな」
スケルトンがいるならゾンビだっているだろう。
要するにアンデッドという奴らだ。
というか、メイキングの時に死霊魔術というものを影治は確認している。
「神聖魔術で……こう、どうにかならんか?」
そこで影治はスケルトンにも効果のあった神聖魔術のことを思い出す。
まずはクリエイトホーリーウォーターで聖水を生み出し、それをドナの体に振りまいていく。
「……これだけでも効果はありそうだが、もっと何かないか?」
そこで影治はしばらく神聖魔術を用いて何か出来ないか、色々試し始める。
その成果はすぐにも発揮され、影治が神聖魔術を籠めて祈りを奉げると、ドナの体を白い光が包み込んだ。
「これは……【死者への安息】? どうやらアンデッド化を防ぐ神聖魔術らしいが、こんな魔術があるってことは普通に埋葬するとアンデッドになる恐れもあるってことか」
ドナの体を包み込んだ白い光は、10秒ほどで消える。
見た目に変化は見られないが、恐らくこれでアンデッド化を防げるはずだ。
「……これでいいだろう」
最後に土を被せ、土魔術で墓標を作ると、影治は日本語で「ドナ、ここに眠る」とだけ刻む。
土で出来ているとはいえ、アースダンスで固められた墓標はそれなりに頑丈に出来ている。
これならそう簡単に崩れることはないだろう。
「ドナ。俺はここを出て外の世界に向かう。……実はこっちに来た当初から漠然とした目標があってな。だが、その目標の前にやらねばならんことが出来た。奴ら……聖光教や、それを支持する帝国とやらを俺は絶対に許さんッ!」
そう言い放ち拳を強く握りしめる影治。
余りに強く握りしめているせいか、爪が食い込んで手から血が流れだしていた。
それでも構わず影治は力を緩めることなく宣言する。
「奴らをぶっ潰す! 巨大な宗教組織が相手だろうと、国が相手だろうと構わねえ。何年、何十年かかってでも、あのイカれた連中をぶっ潰してやる!」
ドナの墓標の前で、そう固く誓う影治。
そして影治は最後にドナに別れの挨拶を告げてから、荷物を纏めて拠点を後にする。
この世界に転生して早々に一から造り始め、しばらく過ごしていたこの拠点には影治も愛着が湧いていた。
しかし影治の気性的に、このまま仙人のような隠居生活を送ることはできない。
特にこのような事が起こってしまったのなら猶更だ。
こうして後ろ髪を引かれるような思いを振り切り、影治は先へと進み始めた。