第48話 血祭
森の中の追跡は、最初の内は順調に進んだ。
しかし途中で牙イノシシに襲われたり、ゴブリンに襲われたりする内に、影治は完全にそれらしい足取りを見失ってしまっていた。
「チッ、やっぱ慣れねえことはするもんじゃねえな」
方角だけは森の中でも把握することは出来たので、後はもう大まかな村の位置を予想してそちらに進むしかない。
時折高い木の上に登っては、周囲の様子を確認しながら進む。
前も村から立ち上っていた炊事の時の煙で村の位置を特定出来た。
なので、特に朝と昼にはチェックを欠かさない。
「……あれは」
追跡を開始してから5日目の朝。
すでにこの時点で前回村に辿り着いた時より1日遅れてしまっているが、この日の朝のチェックにて、影治は近くから煙が上がっていることを確認する。
「ここからだと村かどうか判別できんが、距離的には近い。……嫌な予感もするし急ごう」
影治は木からスルスルと下りると、朝食も取らずに煙の見えた方角へ移動を開始する。
程なくして森は開け、代わりに視界に映ったのは以前見たあの村だった。
しかしどこか様子がおかしい。
朝のこの時間であれば、畑作業をする農民や外で何かしらの仕事をする者がいてもおかしくないのだが、外から見た感じだと妙に人の気配がない。
「……いや、これは一か所に集まってるのか?」
そう言って影治が注目したのは、村の中央にある広場だった。
影治はまだ村というよりは森の中にいたが、微かにそちらの方から声が聞こえてくる。
樹上から見た煙も、恐らくこの広場から立ち上ったものだろう。
影治はその場に食料などが入ったバスケットを置き、レッドボーンナイフだけを帯び村へと押し入っていく。
今回は以前のときのように、途中で村人に見つかることはなかった。
その理由も、広場に近づくにつれて明らかとなる。
中央広場には、どこにこれだけの人がいたのかという程に、村人が集まっていたのだ。
彼らは興奮状態にあるようで、しきりに何か叫んでいる。
その姿はまったくもって正気とは思えなかった。
どうやら彼らの注目は広場の中央付近に集まっているようだが、村人で囲まれた状態なので子供の背丈の影治にはその先に何があるのか判別出来ない。
「強引に突破するか」
とにかく尋常でない何かが起こっていることは確かだった。
影治はその運動能力を活かし、村人達の肩や頭を飛び移りながら広場の中央部分まで強引に辿り着く。
「…………」
勢いよく飛び出していった影治だったが、それを見て思わずその場で立ち止まる。
そこにはドナだったものがあった。
遥か昔の聖人がされたように、十字に組まれた木の杭に磔にされているドナ。
しかしその肉体は最早原形を留めていなかった。
体中の皮膚が引き剥がされ、内部の筋肉組織などが風に晒されており、剥がされた皮膚はまるでコートのように十字の杭に被さっている。
眼球はくり抜かれ、耳は切り取られ、鼻もそぎ落とされていた。
悪趣味にも、掻っ捌かれた腹部から抜き出した腸がドナの首元まで伸びており、マフラーのようにして巻かれている。
「ああん? お前はこのケダモノと一緒に捕らえたハズのバケモノのガキじゃねえか」
男が発した言葉で、ようやく狂乱状態にあった村人も影治の存在に気付いたようだ。
血走った視線が幾つも影治に寄せられる。
「……おい、それは、何をしている」
「やっぱバケモノには理解できねみてえだな。これはな、聖光神マルティネ様に奉げる供物だ。おめえらみたいなバケモノやケダモノどもの存在を、マルティネ様は認めていない。正しく浄化してやる必要があるんだよ。ま、バケモノには理解出来ねえかもしれねえけどな」
「……そうか。確かに俺には邪教の信者どもの言うことは理解できんようだ」
「おい? 今なんてい――」
磔台の傍にいた男――ハンスは、最後まで口を利くことが出来なかった。
その前に、影治のウィンドカッターによって首を掻っ切られ、激しく血しぶきを上げていたからだ。
「正しく浄化……か。なら、俺がお前ら狂人どもを浄化してやろう」
冷たく言い放った影治は、ひとりも逃さないとばかりに村人たちへと襲い掛かる。
「おい! このバケモノを血祭に上げろ!」
「ぐ、このガキすばしっこいぞ!」
村人たちの多くは、ドナと比べても身体能力で劣る者が大半だった。
僅かにマシな装備や弓を持った者の中には、ドナと同じかそれ以上の身体能力の持ち主もいたが、影治には遠く及ばない。
また魔術らしきものを使う者も数人いたが、まっさきに影治の魔術によって仕留めたので、脅威でもなんでもなかった。
村人たちは全員薬でもキメているのか、影治が次々に惨殺死体を作り上げていっても、誰一人その場から逃げようとはしなかった。
それは影治にとっても望むところだ。
フィジカルリカバーで体力を回復しつつ、死体の山を築き上げていく。
その惨劇は1時間以上も続けられた。
結局広場にいた村人たちは、最後のひとりになるまで影治に襲い掛かってきていた。
辺りには血や汚物の臭いなどが入り混じっており、気の早いハエが早速どこかから飛んできて村人の死体に纏わりついている。
この広場だけでも、軽く200人以上の死体で埋め尽くされていることだろう。
「…………」
しかし影治はこれで止まらなかった。
さらにそのあと丸1日かけて村中を捜索し、家屋の中に残っていた村人もひとり残らず葬っていく。
最後に村で一番大きい村長の家と思しき建物に侵入する影治。
この建物に住んでいた者達も、ほとんどが広場へと集まっていたのだろう。
建物の大きさの割には、中は静けさに包まれていた。
「隠れていないで出てこい。ひとりここに逃げ込んだのは確認している」
影治は鬼のような形相で村人たちを惨殺している中、ひとりその輪から外れて逃げていく者を視界の端に捉えている。
何故そのまま村の外に逃げなかったのかは不明だが、どの建物に逃げ込んだのかまで影治は注意深く観察していた。
「……出てこないというなら、死なせてくれと懇願するまで痛めつけてから殺す」
ガタッ……。
影治が脅しつけて宣言すると、部屋の奥に隠れていた一人の男が影治の前に姿を現す。
その男は他の農民とはどこか様相が違っていた。
狂気的な表情で死を厭わず襲って来た農民とは違い、明らかに怯えの表情を見せて体を震わせている。
また着ている衣服も村人のものよりは若干上等なもののようだった。
「お前は何者だ?」
はじめはこの男が村長なのかと思った影治だが、それにしてはこの男は若すぎる。
必ずしも村長が老人だという決まりはないが、それにしてもまだ30代半ばと思われる目の前の男に村長らしさは感じられない。
「あ、あっしはしがない商人でして……」
「商人……。じゃあこの村の狂信者どもとは違うってことか?」
「へ、へへ……坊ちゃん。確かにあっしから見てもあいつらは異常だと思いやすがね。帝国内でそんなことを口にしちゃあ、どんな目に遭うか分かりやせんぜ」
「奴らは聖光神マルティネだとか言っていたが、帝国ではその邪神を崇めてるという訳か?」
「は、はははは……。ま、マルティネ様を邪神扱いとは、坊ちゃんは恐れを知らないんでやすね」
「……」
「あ、も、も、もももももちろんあっしは別にマルティネの信者なんかじゃないですけどね!?」
マルティネ様と呼ぶ自称商人の男に無言で影治が近づいていくと、慌てた様子で言い繕いはじめる男。
今の影治は、ふとした拍子に殺しのスイッチが切り替わってしまうような状態だった。
それを敏感に感じ取ったのかもしれない。
影治もようやくまともに話が出来そうな相手を見つけたので、商人と名乗るこの男と少し話をして情報を集めることにした。