第47話 2つの人形
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「丸太の橋……。それに何人もの人間が移動したような跡もあるな」
近くの森には目新しい切株が1つあり、恐らく橋となっている丸太はここから切り出されたものなのだろう。
その周辺は下草が踏み荒らされており、それなりの人数で作業を行っていたことが窺える。
もしかしたら上位のゴブリンならこういった真似をすることがあるのかもしれないが、このように組織だって橋を架けるとは影治には想像できなかった。
むしろ、それよりは人間がやったと考える方が自然だ。
「だが、近くに人の気配はない……か」
拠点に戻る前に慎重に周囲を調べる影治。
そこで森の奥へと続く、集団が移動した痕跡を発見した。
それもよく調べてみると、行きと帰りと思われるふたつの痕跡がある。
「この方角は……」
それは以前影治も訪れたことのある、あの村の方角と同じだった。
もっとも影治は少し離れた場所にある川から下っていったので、村の正確な位置は掴めていない。
「他に可能性はなさそうだが、まずは中の様子も調べておこう」
恐らくもう引き返した後だろうと思われるが、影治は慎重に自分の拠点へと侵入していく。
洞窟前広場にある竈などの施設は壊された様子はない。
ただ一か所だけ竈に刃物で切りつけた跡が残っていた。
「……思いの外頑丈だったから、壊すのを諦めたのか?」
この辺りの施設は影治が魔術で作り上げたもので、普通に魔術を使わずに作ったものより強度があった。
といっても壊すつもりで耐久度テストなどはしていないので、実際にどの程度の強度があるかまでは影治も知らない。
ただ薄ぼんやりと魔力を帯びているので、通常よりは頑丈だろうという程度の認識だった。
「肝心の洞窟の中はどうだ……?」
足音を殺してゆっくりと洞窟内部へと侵入する影治。
まず最初に向かったのは、入り口近くの倉庫ではなく一番奥の部屋だった。
奥の部屋までの通路はそれなりの距離があり、太陽の光もここまでは届かない。
仕方ないので、中に人がいた場合気付かれる可能性は高いが、光量を落としたライトスフィアを発動させる影治。
ライトスフィアの魔術は、光量の調整や効果時間の調整も可能だった。
「……やっぱ誰もいないか」
いつも自分達が寝泊まりしている奥の部屋にも、そこまで続く通路の途中にも人はいなかった。
ただこの部屋は明らかに荒らされた形跡があり、土を盛り上げて作ったベッドの近くには枯草が散乱している。
元々は布団代わりに敷かれていたものだ。
「む……魔石を入れていた壺がなくなってるな」
前世の時のように魔石を食すことができなくなったので、影治はとりあえず一か所に纏めて魔石を収納していた。
それはこの奥の部屋の中に無防備に置かれていたのだが、それが一つ残らず無くなっている。
「被害は魔石だけかあ? ……いや、待て。ドナは? ドナはどうしたんだ?」
既に奥の部屋までチェックし終わったので、影治は大声で叫びながら来た道を戻っていく。
だがひょっこりドナが姿を現すといったことはなく、入り口の方まで戻ってきてしまう。
「そういえば、ここは調べてなかったな」
まず奥の部屋が気になったのでそちらに急行してしまったが、入り口近くには新しく作った倉庫部屋がある。
もう光量を抑えることを止めた影治は、明るい光の玉を操作しながら倉庫へと入っていく。
倉庫はふたり暮らしの拠点の割には広めに作られていたが、中で区切られている訳ではないので、入口からは一通り中の様子を見渡すことが出来る。
そこで気付いたのは、置かれていたものがいくつか崩れていたことだ。
「ここにも出入りがあったみたいだが、軽く荒らされただけで取られたもんは……ん?」
倉庫の中を見渡していた影治が視点を下に移すと、そこには木で出来た何かと赤黒い染みのようなものが広がっているのが見えた。
近づいて確認してみたところ、赤黒い染みは血であることが判明する。
焦燥感に駆られながらも、影治は近くに落ちていた木製の何かを手に取る。
「これは木で出来た人形か? それにこの髪型は……」
それはとても似ているとは言えないものだったが、影治には誰をモチーフにしているのかが分かった。
この木の人形は、自分をモチーフにしているものなのだと。
影治自身、鏡もないようなこの場所で自分の姿がどういったものか、水面に映った姿程度でしか確認できていない。
それでもスッとドナの想いが伝わってきたかのように、この人形が誰なのかが分かった。
「……右腕部分が折れているな。ここに……ここにドナがいたんだな」
改めて影治は倉庫内を確認してみる。
すると、端の方に積まれていた木材が不自然に崩れている場所を発見した。
視線を上にあげると、そこには換気用に作った穴が開いている。
「……」
影治は黙ったままその換気用の穴まで跳躍し、中へと入る。
すると入ってすぐの場所に、もうひとつ木製の人形が落ちていた。
無言のままそれを拾い上げる影治。
「こっちの人形はドナ……か」
出来栄えでいったら影治の人形の方が似ていた。
やはり自分の人形は鏡などもないので似せにくいのだろう。
しかし、ドナの人形の方は特徴的な耳や尻尾がついているので、一目でそれと分かる。
「ふううぅぅぅぅぅ…………」
換気用の穴から倉庫まで飛び降りた影治は、大きく息を吐く。
考えを纏めるまでもなく、この倉庫内の様子からして状況は明らかだった。
「あの村に……行かねえとな」
影治はそう決断すると、早速手短に準備を始めていく。
倉庫から干し肉や干した果物などを取って、バスケットに詰める。
武器はレッドボーンナイフだけを持っていく。
もともと素手と魔術だけでも十分戦えるので、石斧などはかえって持って移動するのに邪魔になるだけだ。
最後に影治は留守の間にまた荒らされても大丈夫なように、2体の人形を倉庫の換気口の穴の隅っこにそっと置き、ムーブソイルで土を被せてカモフラージュして隠す。
「これでいいだろう」
そう言って影治は拠点を後にした。
目指す先はあの村であったが、森の中に残された痕跡を追跡していけば、途中で追いつけるかもしれない。
そう判断した影治は、まだ地形も把握していない村方面の森を、急ぎ足で進み始めるのだった。