第44話 ドナ 2
私は男の子の差し出した手を取って立ち上がる。
『よし! 一緒に脱獄だ!』
すると男の子が何か元気よく叫ぶと、牢の外に出て行った。
慌てて私も後に続く。
外はすっかり夜になっていたけど、月の明かりのおかげで牢の中よりは明るい。
そこで私は初めて男の子の髪の色を見て驚いた。
「その髪の色ッ!」
思わず声を上げてしまった私に、男の子が何か言っている。
でも私はそれどころではなくて、つい声を上げてしまう。
「リョウ様! リョウ様!」
私が驚いたのは、その男の子の髪の色が透き通るような水色の髪をしていたから。
リョウ様というのは、すんごい昔にいた私達が住んでいた辺りの偉い王様の名前。
すんごい昔の話なのに、今でも親から子に伝えられてる古いお話に出て来る人。
リョウ様は綺麗な水色の髪をしていて、凄く優しくて。
みんなが苦しんでいる所を助けてくれるような心優しい王様で、私達みたいな村人にも偉そうにしてなくて、とっても良い王様だったらしい。
村の子供はみんなリョウ様のようになりなさい、なんて言われて育つ。
人族にも……それに妖魔や異人にも水色の髪の人がいるって聞いたことはない。
きっと水色の髪の人は、リョウ様のような特別な種族なんだと思う。
だから私もつい興奮してしまったけど、少しして落ち着いてくると今は脱出中だったことを思い出す。
男の子も私が興奮していある間に何か言っていたみたいで、ここは黙って男の子に従うことにした。
しばらく二人で黙ったまま村を離れていく。
夜の森は月の明かりが微かに差し込んでくるだけで、とても暗かった。
けど私は必死に私は男の子の後をついていった。
そうしてしばらく歩いて村から離れた後に、ようやく男の子が口を開く。
『ふう、ここまで来りゃあもう大丈夫だろ。そんで、お前はこれからどうする?』
「何を話しているの?」
村にいた時とは違い、ゆっくりと落ち着いた場所で男の子の言葉を聞いたけど、やっぱり何を言っているのか分からない。
でも私はここでふっと思いついて、名前を名乗ってみることにした。
最初は男の子も何を言ってるのか分かってない様子だったけど、すぐに私の名前だということを分かってくれたみたい。
その後に私は男の子の名前も聞いてみる。
『ああ、俺の名前のことだな? 俺は影治だ』
「ええっと……?」
『エイジ』
エイジ?
それがこの男の子の名前?
「エイジ、エイジ…………」
私は心に刻み込むように、男の子の名前を呟く。
すると、エイジが何か尋ねてきた。
それは短い言葉だったけど、エイジの名前と単語1つの組み合わせだったから、なんとなく言いたいことは分かった。
多分、村の方に戻るかどうかって聞いてるんだと思う。
私は必死になって村の方には戻らないと身振りで伝える。
確かに私達だけで夜の森を歩き続けるのは危険だった。
でも村の方に戻っても、良いことなんてない。
村からなら他の村や街に繋がってる道もあると思うけど、多分ここは帝国のどこか。
結局どこに行っても、私やエイジには危険なところだ。
『エイジ、ドナ。行く?』
私の考えてることが伝わったのか、エイジがそう尋ねてくる。
『行く』というのは、どこかに移動するという意味合いの言葉なんだと思う。
だから私はこくりと頷く。
こうして私とエイジの生活が始まった。
聞いたこともない言葉を話すエイジは、かなり変わった男の子だった。
まず驚いたのは、エイジが魔術を使えるということ。
それも何度も連続して使っているように見える。
確かババが言うには、魔術を使うと疲れるから、あまりたくさんは使えないんだよって聞いた。
もしかしたらエイジは、凄い大魔術師なのかもしれない。
それから私達は森の中を歩きまくった。
最初はただ村から離れるために森に逃げていたんだと思ってたけど、どうもエイジには行きたい場所があるみたい。
エイジは器用に魔術で魚を取ったり、夜は魔術で明かりを出したりしている。
私も足手まといにならないように、頑張ってチャツルを採りまくった。
そしたらエイジが微笑みながら、私に何か言ってくる。
何を言ってるかは分からないけど、喜んでくれているみたいだったから嬉しかった。
そうして何日か川に沿って移動していると、目印になるものでもあったのか、川を離れて森の中へと入っていった。
しばらく歩くと、崖の近くに土壁と深い溝で囲まれた場所に着いた。
私が驚いていると、なんだかエイジは得意気な顔をして、溝の部分に土を動かして橋を作っている。
どうやらこの場所はエイジ一人で作ったらしい。
最初は山賊か何かの住処だと思ったけど、何日か暮らしていく内にこの場所のことも分かってきた。
そして私達はこの洞窟で、一緒に暮らし始める。
初めはお互いに言葉も分からなくて、なかなか言いたいことも言えなくて大変だった。
でもエイジは凄い勢いで言葉を覚えていく。
流石リョウ様と同じ髪の色をしているなと思った。
食べ物は塩がないからどうしても味気なかったけど、それでも大好きなお肉が沢山食べられたのは最高だった。
でもエイジは私の嫌いな野菜も食べろって言う。
無理して食べるとエイジが喜んでくれたので、仕方なく野菜も食べるようにした。
普段の生活は、田舎の村で暮らしていた私よりも動物的な暮らしだった。
お腹が減ったら食べ物を採りに行って、必要なものがあったら自分達で作る。
私も土をコネコネして焼き物を作ってみたけど、これはいい……。
余り器用じゃないから失敗しまくったけど、少しずつ上達している感じもする。
それからタイシキ鍛錬というのも始めた。
元々体を動かすのは好きだったけど、これは戦士のように戦うための力を身に着ける鍛錬みたい。
エイジはあれだけ凄い魔術が使えるのに、普通に戦うのも凄い強い!
身長も体つきも私よりちょっと大きいだけなのに、力比べをしても絶対に勝てない。
取っ組み合いをしても、なんかよく分からない感じに投げられてしまう。
これもエイジがしきりに言う、『シノミヤリュー』という奴らしい。
私もいつか使えるようになりたい。
……そう思ってたんだけど、『イワシキ鍛錬』というのをエイジが始めたのを見て、ちょっと考えが変わった。
硬い石に思いっきりパンチをして、痛そうな声を上げては魔術で治している。
それは見てるだけの私にも痛さが伝わってくるヤバイ鍛錬だった。
「エイジ、それ、痛くない?」
「大丈夫。ケガ、治せるから」
少しだけ話せるようになったエイジがそう言ってたけど、問題はそこじゃないと思う。
それに『キューショウチ』訓練はもっとヤバイ。
エイジは私の訓練にもなるって言ってるけど、最初の方は遠慮して思いっきり打てなかった。
「ウー、ヤアアアァァ!」
「ヨシ! イイゾ! もっとだ! もっと打ち込め!」
私がエイジのキューショに打ち込んでいくと、もっとやれとエイジが言ってくる。
キューショっていうのは、体の弱点部分のこと。
試しにエイジに打っているキューショを私に打ってもらったら、軽く打たれただけなのにめちゃくちゃ痛かった。
エイジのことは凄いと思ってたけど、最近は別の意味でも凄いなと思い始めてる。
そういえば、村に住んでいた時に隣に住んでたジェイも言ってた。
うちの父さんは毎晩母さんから叩かれて鍛えてるんだって。
ジェイのお父さんは、村一番のハンターのジェネスだ。
なんでも、たまたまトイレに行きたくて夜に起きたら、ジェネスの全身を叩いているお母さんの姿を見たらしい。
その時、「これは強い男になるための訓練なんだよ」って言われたみたい。
ジェイはそれを聞いて、自分も強い男になりたいから叩いてくれって私に言ってきた。
多分、エイジがやってるのもそれと同じなんだと思う。
同じ……だよね?