第43話 ドナ 1
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ちゃんとお母さんの言うことを聞いておけばよかった。
その日、私は言いつけを破って近くにある森に食料を採りにいった。
今年で妹のルーミーが6歳になる。
村では6歳になった時には六祈の儀というお祝い事をする。私も6歳の時にしてもらったお祝いだ。
その日はいつもは食べられないような、ジキスの串焼きやグアンドゥのモツ煮込みが出て来る。
でも私はルーミーがお肉系が余り好きじゃないのを知ってた。
だから私は、森の中でルーミーが好きな木の実や果物を採ってこようと森に入る。
それが失敗だった。
大人達が子供だけでは森に入ってはいけないと言っていた理由を、私は理解していなかった。
近くにある森だし、魔物もほとんど出ないから大丈夫だと思ってた。
でも、この森には魔物よりも性質の悪いモノがいた。
「お頭ぁ! イキの良いガキの獣人を捕えやしたぜ」
「ほぉ? こいつは狼人族か。確かに、面構えも悪くねえし、これなら高く売れそうだな」
「ああ。特に隣のハベイシア帝国では、この手のガキが高く売れんだよ。しかも買った連中はすぐに使い潰しちまうから、常に需要があるときたもんだ」
「頭ぁ、じゅようってなんだあ?」
「おめぇはんなこと気にしねえでいいんだよ。さ、そいつをさっさと馬車まで運びこめ!」
「あいさー!」
話で聞いたことはあった。
村の外には亜人狩りっていうのがいるって。
でもまさか村の近くのこんな場所にいるなんて思わなかった。
「どーにか一匹だけでも捕まえられてよかったでヤスね、お頭」
「全くだ。あの村の連中はなかなか警戒心が強かったからよお。このままだったら諦めて別の村を狙ってたとこだぜ」
そうだったんだ。
だから村の人はみんなあんなに……。
なのに私はそれを破って一人で森に入っちゃった。
何度も自分のしたことを後悔しながら、しばらくの間私は馬車の中で小さな檻に入れられて過ごした。
このまま私は帝国に売られてしまうのかな?
あの人族の男は、「すぐに使い潰しちまう」って言ってたけど、私はどんな目に遭わされるんだろう。
たぶん、ろくでもないことなんだろうな……。
すっかり諦めかけていた私だったけど、あの日魔物に襲われて私は突然自由になった。
襲ってきた魔物は狼系の魔物で数が多かった。
狼人族とはいえ、狼の魔物は関係なく襲ってくる。
ゴブリンの魔物だって、妖魔のゴブリンには容赦なく襲うって聞いた。
でも私は助かってしまった。
ほんと、ただの偶然だったと思う。
魔物の攻撃で檻が壊されて……それで、人攫いの男達が戦っている隙に逃げのびることが出来た。
私はそのことを森の神シャベイラに感謝する。
けど、それは束の間の自由だった。
「こんな所に汚らしい獣がやってくるとは……」
「まあまあ、村長。こんな獣でも、貴族の方々や奴隷商人が高く買ってくれるんです。一時の我慢ですよ」
「ハンッ! こんなケダモノを買う連中がいるなんてな」
「おいおい、ハンス。お前が幾ら敬虔なマルティネ様の信者でも、傷をつけて商品価値を下げたりはしてくれんなよ?」
「チッ、でもすぐに治るような傷ならいいだろ? こいつらケダモノは生命力も高いしなあ」
「……あんまやりすぎんなよ」
追手がこないか怯えながら逃げた先で、村を見つけた時はようやく助かるんだと思った。
でもそんなことはなかった。
どうやらすでに私は帝国に足を踏み入れていたらしい。
ハンスという男は村での仕事がないのか、毎日のように私が閉じ込められている牢に来ては、私を殴りつけていく。
あの男はやり過ぎないようにと言っていたのに、周りに見張りがいないこともあってか、段々と痕が残るようなこともするようになった。
そんな日々が何日か続き、涙も枯れ果てた頃。
私の売り先が決まったと言われた。
なんでも獣人を専門に扱う奴隷商人らしい。
それを聞いた私はもう全てを諦めることにした。
一度だけ神様の気まぐれで助かったけど、そう何度も奇跡は起こらない。
……そう、思ってた。
『ふぁいっふぁね、ふぉへは』
私が捕まっている牢に、新しく誰かが押し込まれてきた。
牢の中は暗くてよく見えないけど、背は私と余り変わらないから子供だと思う。
あ、でもハーフリングだと大人でもこのサイズだった。
でもハーフリングは人族だし、よほど悪いことでもしないとこんな扱いはされないと思う。
声の感じからして男の子だと思うんだけど……。
『ふぁ!? ふぉしふぁしてひゅーひん?』
私がジッと見ていることに気付いたのか、男の子が私に何か話しかける。
でも口がしっかり縄で縛られているので、何を言っているか分からない。
『ふぁいふら……、ふぉんなふょーふょにふぁれ!』
相変わらず何を言ってるか分からなかったけど、私の姿を見て怒っていることは分かった。
もしかしたらこの人は良い人なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと体のあちこちが暖かくなるような、心地よい感触がした。
気付くと、私の体に残っていた痣が幾つか消えていた。
もしかして? って思って目の前の男の子を見てると、男の子のケガも治っている。
もしかして、これって魔術?
村では魔術の使い手なんてほとんどいなかった。
それもケガを治すようなものは、普通の魔術じゃなくて聖光教の神官が使うような特別な魔術。
神官はその魔術のことを「奇跡」だなんて呼んでるけど、ババはあんなのは奇跡でもなんでもない、ただの光魔術だって言ってた。
でも聖光教の神官って言えば、帝国と同じで人族以外は人だと思っていないってババは言ってた。
この男の子は神官なの?
でも手足を縛られて地面を這ってる所を見ると、とてもそうは見えない。
私がジッと男の子のことを眺めてると、今日もハンスがやってきた。
でも牢の中にもう一人いるのを見ると、舌打ちしながらすぐに出ていく。
よかった。
もし私の痣が消えているのを見られたら、何をされるか分からない所だった。
ハンスが出ていった後、新しい同居人は抵抗を諦めたのかごろんと転がって動かなくなった。
と思ったら、どうやら寝ているみたい。
手足を縛られ、口も塞がれて牢に入れられたというのに、すごい根性をしてると思う。
なんだかその様子を見てたら私も少し眠くなってきたので、まだ昼だとは思うけど少し寝ることにした。
どれくらい眠ってたのか。
そんなに長い時間じゃなかったと思うけど、ふと私は気配を感じて目が覚めた。
寝ぼけ眼で気配の主を辿ると、そこには地面に寝転がっている男の子の姿があった。
そしてどうやったのか分からないけど、手足の縄を解くと最後に口に嵌められていた縄も解いていく。
『ふう、これでようやくまともに喋れるぜ。で、お前はどうする?』
薄っすらそうかもって思ってたけど、ちゃんと喋れるようになっても男の子の言っている言葉が理解出来なかった。
どうしたものかと黙っていると、なんか変な動きをし始める。
もしかして、ここから脱出しようって言いたいのかな?
でもどうしていいか分からず黙ったままでいると、今度は木で出来た檻の一部を壊し始めた。
それはどう見ても魔術としか思えない。
私は唖然と檻を壊してる様子を眺め続ける。
『見たところ、お前も村の連中に酷い目に合わされてるんだろ? 一緒にここから抜けようぜ。なっ?』
相変わらず男の子の言葉は分からない。
でも言葉が分からなくても、この状況で手を差し伸べられているんだから何を言いたいのかは分かった。
男の子が差し伸べた手は、私には希望の光のようにも見えた。
だから、私は通じないだろうなと思いつつ反射的に叫ぶ。
「私を連れていって!」
……と。




