第42話 異変
修正 2024 5-2
修正前ではこの話で回復魔術【麻痺治癒】を修得していましたが、のちの64話でも【麻痺治癒】を修得していたので、該当箇所を修正してここでの修得はなかった事に変更しました。
「エイジ! ホーンラビットとったどー!」
そう言って洞窟へと戻ってきたドナの手には、大きな葉に包まれたホーンラビットのドロップ肉がある。
この世界で魔物を倒した時に出現するドロップは、肉などの生ものの場合はこうしてわざわざ葉で包んでくれるサービスがあった。
この葉は葉で、トイレの時に拭いたりする時に活用されている。
「ん? うん、ちょっと使い方が違うぞ。『獲ったどー!』は獲物を倒した時に叫ぶ魂の慟哭だ。獲物を持ち帰ってきた時に使う言葉じゃない」
「うー、難しい……」
「でももうドナひとりでも十分暮らしていけそうなくらいには、ここの生活にも慣れたもんだな」
「やだ! エイジ、一緒!」
「ははっ、なんか随分懐かれたもんだな」
最近ではドナも役に立つところを見せようとしてるのか、影治の代わりにこうして獲物や食料を採取してくることが増えた。
遠くまで行かないよう影治に厳命されているので、あくまで近場しか回っていないのだが、この森は食糧が豊富だ。
影治とドナのふたりが暮らしていける位の食糧は確保できる。
「それと新しいキノコも拾ってきた」
「ほおう、そいつは後で試してみよう」
更にはこれまで食べていなかった植物やキノコなども、試しに採取してみて食用かどうかをチェックしていた。
チェック方法は勿論漢識別――要するにとりあえず食ってみて、やばそうだったら魔術で治すというものだ。
中にはただの毒ではなく幻覚作用のあるキノコもあり、上手く魔術が使えなくなって苦しむなんてこともあった。
だがこうして影治が体を張って食材を開拓したお陰で、食生活にある程度の潤いが生まれている。
ただし今のところ調味料の類がハーブ位しかないので、味の方はやはりパンチが利いていない。
塩分についてはチャツル――影治が赤枝豆と呼んでいる植物で、補えている。
こいつは最初から塩が薄く振られた枝豆のような味をしている。
恐らくは塩化ナトリウムの成分が含まれていると思われるのだが、こいつを煮出して塩を取るのは難しい。
それなりの量の塩を取るには、かなりの量のチャツルを集めないといけないだろう。
「じゃあドナの取ってきたウサギ肉を焼くとするか」
「ドナが焼く!」
「そうか。じゃ、任せたぞ」
「うん!」
やはり自分で取ってきた獲物だからか、ドナは楽しそうに肉を焼いていく。
そして美味しそうに焼いた肉を頬張る。
肉が好きなのは相変わらずなようだ。
「ねえ、エイジ」
「なんだ? ドナ」
「ナイフ貸してほしい」
「ナイフ? 何に使うんだ? 格闘スタイルじゃなくて短剣スタイルに変えるのか?」
「ちょっと作りたいもの、ある」
「ああ、そういえばこの間も箸を作っていたなあ」
影治は土器だけでなく、木材を加工した箸やらスプーンやらも作っている。
ドナも影治がそういったものを作っているのを何度か見て興味を覚えたのか、無骨な感じの箸を作っていたことを思い出す。
「そうか。じゃあ、俺が最初に使ってたこのナイフを貸してやろう」
そう言って手渡したのは、初期設定でもらったナイフだった。
手入れをしているとはいえ、あれから数か月も経過しているというのに切れ味が落ちる事もなく、また大きく刃こぼれすることなく使えている。
「ありがと」
ドナは早速受け取ったナイフを手に、木材置き場まで駆けていく。
影治はちょこちょこ拠点を弄っており、洞窟内に簡単な倉庫なども作っていた。
木材が置いてあるのもそうした倉庫の内の1つだ。
ドナはその日から、ちょこちょこ木材で何かを作り始めた。
だが影治が近づくと必死になって作っているものを隠そうとするので、影治もドナが何を作っているかまでは分かっていない。
「まあ、無理に問いたださなくてもいいだろ」
あのくらいの年ごろの子は繊細な所も出て来るんだろうな程度の認識で、ドナを見守る影治。
気分はまるで父親のようである。
こうした緩やかな日常が続く中、影治はドナからこの世界の情報についてを少しずつ聞き取っていく。
ある程度生活が落ち着いたせいか、最近の影治は外の世界に向けて意識が向くことが増えていたのだ。
「ふうん、お金は銅貨やら銀貨やらが使われてるんだな」
「うん。でも、村ではあんま使ってない」
「物々交換が多いのか?」
「それも多い。後は欲しい物あったら、行商人に注文しとく」
「なるほど……。そういった物流は一応あるんだな」
ドナの話によると、この辺りでは『ダン』という通貨が使われているようで、小銅貨1枚が1ダンになるらしい。
そして小銅貨10枚で大銅貨1枚=10ダンとなり、大銅貨5枚で小銀貨1枚=50ダンになるという。
この流れで行くと大銀貨もあると思われるのだが、ドナは見たことがないらしい。
銅貨や銀貨があるなら金貨も恐らくあると思われるのだが、そちらもドナは見たことないという。
ドナが知っていたのは小銅貨1枚が1ダンだということや、それが10枚で大銅貨、大銅貨が5枚で小銀貨になるということだけだった。
ドナがまだ少女だったということもあるだろうが、やはり村人レベルだと生活に密着するもの以外の知識は余り持っていないようだ。
町で暮らしていたなら、ドナも通貨や相場に関してもう少し詳しくなっていただろう。
こうして影治はドナとの日常生活の中で、少しずつこの世界の常識……少なくとも村人が持っているであろう常識を覚えていく。
そして吸収出来る知識も少なくなってきたある日。
影治はいつも通り拠点を出て狩りをしていた。
「久々にこの辺りにまとまった数のゴブリンが出たな。またどっかで村でも作ってんのかあ?」
当初はいつも通りのコースを巡回するだけの予定だったのだが、途中で1体のゴブリンを発見し、そいつが目的をもってどこかに移動しているように見えたので、影治は後を付けて見ることにした。
ゴブリンの向かう先には8体のゴブリンが屯っており、少しその場で様子を見て他にゴブリンがいないことを確認した後に、影治はゴブリンを殲滅している。
「……少し気になるな。拠点に早く戻ろう」
もし拠点に今の数のゴブリンが出たとしても、ドナ一人で対処できる。
なんなら拠点の外で戦っても、今のドナならなんとかなるかもしれない。
しかしもっと大きな群れに襲われた場合、一人で対処するのは無理だろう。
その場合は速やかに拠点を捨てて逃げるしかない。
「なんだ……? 何かが違うような……」
拠点に近づくにつれ、いつもの森とは何かが違うことに気付く影治。
しかしそれが何なのかまでは分からない。
だがその微かな違いが影治の心をざわつかせる。
自然早足となって影治は先を急ぐ。
そして拠点に辿り着いた影治が目にしたのは、見覚えが無い、堀の正面部分に架けられていた丸太の一本橋だった。