第41話 異人
「ふんふんふーん♪」
鼻歌を歌いながら影治が作業しているのは、まだ完成していなかったドナ用の服作り。
ゴブ布を大量に手に入れた後、スケルトンの巣対策に時間を取られてしまっていたので、作業途中のまま放っておかれたままだったのだ。
「うーん、ふっ! ちがう…………こう!?」
その近くでは、ドナが体にかかる重力を拳に乗せる身体操作の練習をしている。
時折影治にコツを尋ねたり、気分転換に粘土細工をしたりと割と自由気ままに過ごしていた。
「そういえば、この辺りって冬はどれくらい寒くなるんだ?」
すでに影治がこの異世界に転生してから4か月近くが経過していた。
この世界もどうやら1年の日数はほとんど同じらしいことは聞いているので、すでに季節が1つ移り変わっている計算になる。
「うー、多分そんな寒くならない」
「多分?」
「ドナ、元々違う場所、住んでた」
「ああ……そうだったな」
ドナは森に食料を探しに行った際に人攫いに攫われ、その後馬車で移動させられている。
その時の移動日数からして、恐らくそこまで遠くまで移動していない。
なので、恐らく天候もそう変わらないんじゃないか? という話だった。
「……なあ、なんでドナは牢の中に入れられてたんだ?」
影治がそう尋ねるとドナは体をビクッと震わせる。
この件についてはこれまで深く尋ねてこなかった部分だったのだが、影治もいつまでも森の中で暮らすつもりはない。
いずれ外に出ていく際に、あの村人の対応が気がかりだった。
なんせ、ドナだけでなく影治も実際に被害に遭っているのだ。
「ドナ……獣人だから……」
「獣人ってのはどこもあんな仕打ちを受けるってのか?」
そう尋ねはしたものの、影治はドナが以前暮らしていた村について語る時は、辛そうな表情をしないことは知っている。
寧ろ楽しそうに、懐かしそうに……。
そして悲しそうに村での思い出を語っていた。
「ババ、言ってた。獣人は場所によって、酷い目にあう。だから村から出てはダメだよって」
ドナの言うババとはドナの祖母という訳ではなく、大抵の村にひとりはいる老人だったようで、ドナの村にいたババは獣人だったらしい。
「つまりこの辺りは獣人を排斥……あーっと、酷い目に合わせてくる地域ってことか」
「多分、そう。ババも昔、隣の国で酷い目、遭ったって言ってた」
「隣の国? ドナがいた場所はなんていう国だったんだ?」
「ドナが住んでたの、ガンダルシア王国。で、ここは多分、帝国……だと思う」
「帝国ってのが獣人に厳しい場所ってことか」
「獣人だけ、違う。妖魔と異人にも厳しい」
「んん? 妖魔ってのは前にも聞いたが、『異人』ってのはなんだあ?」
新たな聞きなれない種族名と思しき言葉を発するドナ。
せっかくなので、影治はこのタイミングでこの世界の種族についてドナに尋ねることにした。
そうして返ってきた答えによると、この世界の種族は主に3つに分類されているらしい。
1つ目は人族。
これはヒューマン、ドワーフ、エルフなどのことを指す。
獣人を人族に含めるかどうかは、地域によって異なるというのは先ほどの話を聞いた通りだ。
なお『亜人』に該当する言葉もあるようで、もっぱら帝国ではヒューマン以外の人族を亜人と呼んで差別化されているようだ。
それ以外の地域でも亜人という呼称は使われるが、帝国内のような蔑称という訳ではない。
2つ目は妖魔。
これは元々魔物だった種族で、ゴブリンやコボルトなどが含まれる。
中には下半身が蛇だったり蜘蛛だったりする妖魔もいるらしいが、ドナは見たことが無いとのこと。
これらの話は全部ババからの受け売りらしい。
そして最後が先ほど話題に上った異人。
異人といっても何種類か存在しているようで、基本的には人族や妖魔と近しい体型はしているのだが、どこか異様な見た目をしている種族とのことだ。
ドナの暮らしていた村にはいなかったが、隣村には異人の家族が暮らしていたという。
「異人……ねえ。確かに種族選択場面では、見慣れない名前を幾つも見かけていたが……」
影治はそこそこファンタジー系小説を読んではいたが、そこまで詳しいという程ではない。
だからそうした見知らぬ名前も、何か元ネタがあるんだろうな程度にしか思っていなかった。
「まあ何にせよ、この辺りが帝国っていうヤベー地域だってことは分かった。……ってあれ? そういや、俺もなんかドナと同じような感じで村人に捕まったんだけど、あれって何でだ?」
「……エイジの髪、人族と違う」
「えっ!? そんな変な髪型してるか? 髪の長さだって、ドナとそう変わらないだろう?」
「髪型とか長さじゃない。髪の色」
「色ぉ? 確かに氷みたいな水色をしているが……」
「人族でそんな髪の色、いない」
「え? マジで!?」
「マジ」
無論染めるなりすれば髪色を変えることは可能であるが、わざわざそのようなことをするのは変装する時くらいだ。
それにそこいらの薬局でヘアブリーチが手に入る現代とは違い、この世界では髪染めでもそれなりの金額がするので、普段使いするようなものでもない。
「普通は黒や茶、赤や金髪。グレーや白色をしてる」
それは要するに、地球のホモサピエンスとほとんど同じ髪色だということだ。
異世界だからといって、水色やらピンクやらといったアニメっぽい髪色の者はいないらしい。
「俺って見た目ですぐに人族じゃないってバレちまうのか」
「うん。多分、妖魔の一種だと判断されたと思う」
「げぇぇぇ、よりによって魔物の親戚かよ!」
妖魔がこの発言を聞いたらひと悶着起きそうな発言ではあるが、影治は未だ妖魔とは接したことがない。
咄嗟にこのような言葉が飛び出すのも仕方なかった。
「髪の色以外におかしいとこはないか?」
「んー、エイジ全部おかしい」
「えー、なんだよそれ。髪色以外はそんなに見た目とか変わらんだろお?」
「エイジみたいなの見たことない」
「そこまでじゃあねえだろお」
面と向かってお前は人じゃないと言われているような台詞だが、ドナの口調や表情からして影治を罵倒しようと思っての言葉でないのは明らかだ。
寧ろ、そんなおかしなエイジのことを好ましく思っているかのような言い方だった。
それを影治も理解しているのか、ショックを受けている様子もない。
ただ、実際に人前に出る時になったらどうしようか? といったことを考えて少し表情がしかめっ面になっていく。
「まあ、森を出るならその辺気を付けないといけねえなあ」
「エイジ、ここ出てくの?」
寂しさや不安を滲ませてドナが質問する。
「ああ。いつまでもここで原始的生活を送る訳にもいかん。というか、どうやらここは帝国内らしいしな。俺達にとっては安住の場所にならんだろう」
「うー、でもこんなに色々作ってあるのに……」
ドナ達は現代人に比べたら原始的な生活を送っているが、だからといって誰しもが家を建てたり竈を一から作ったり出来る訳でもない。
ろくな道具もなしに、ここまで生活施設を作っていたことをドナはとても感心していた。
「これは俺の趣味もあるからな。ドナだって粘土細工楽しそうにやってるだろ?」
「あれはいい……。モノを作る時は、誰にも邪魔されず、自由で、なんていうか救われる」
「お、おお……そうか。孤独がグルメだったんだな?」
「? よく分からないけどそう」
「でもいずれにせよ、森を出るとしても今すぐという訳じゃあない。もう少しこの生活を楽しもうとは思ってる」
「よかった」
影治の言葉にドナは安心したようだった。
それはドナにとって今の生活は悪くないものであるという証のようであり、影治はそのことを良くも悪くも捕えていた。
(俺の築いてきた環境で楽しそうにしてるのは見るのは良いんだが、このままここに引き篭ったままってのもどうなんだ?)
それは現代で暮らした経験を持つ、影治ならではの考え方かもしれない。
まだまだ外の世界を知らない影治は、今の暮らしがこの世界ではどの程度の水準なのかを判別する術がなかった。
だが一先ずの方針としては、もう少しここでドナと暮らしていくことを決めた影治。
しかし、その方針も結局長くは続かなかった。




