第40話 骨のオブジェ※
「ふう、よかったよかった。どうやらここで最後のスケルトン達と戦ってたみたいだな」
「エイジ、聞いて! ドナ、出来た!!」
「うん? どうした、突然」
「だから、出来たの! 脱力!」
「ほおお? よしよし、なら後でちゃんと出来てるか見てやるか。とりあえず今は……ヒール! フィジカルリカバー!」
興奮した様子で報告して来るドナを宥めながら、影治はヒールとフィジカルリカバーをドナに使用していく。
「どうだ? もう動けるか?」
「うん、だいじょうぶ!」
「そっか。じゃあ、このドナが倒したスケルトンのドロップを回収したら、一旦奥の空洞まで戻るぞ」
ドナが通路へと下がった後、合流地点にいた3体の他に道中でも2体程倒していたので、しっかりそのドロップを回収していく。
荷物運搬用のバスケットは、大空洞の入り口前の通路脇に置いてあったので、それを回収して二人は再び大空洞へと戻ってくる。
「うわ……すごい……」
空洞内には未だに影治のホーリーライトが幾つも周囲を照らしており、その白い光によってあちこちにスケルトンがのドロップが散らばっている様子が映っている。
「この入口近くのは、ドナが倒した奴も交じってるぞ。さあ、回収すんべ!」
「すんべ!」
影治が激しく動き回っていたり、魔石を弾き飛ばしたりしていたせいでドロップは空洞内のあちこちに散乱している。
二人がかりとはいえ、ドロップの回収にはそれなりの時間を要する事となってしまう。
だがその分収穫はあった。
恐らくは盾持ちがドロップしたであろう錆びた鉄の盾。
それから、赤スケからドロップした短剣。
スケルトンの中に短剣持ちはいなかったのだが、必ずしも装備してる物を落とすという訳ではないらしい。
何故短剣が赤スケドロップと判明したかというと、刀身がまんま赤スケの骨の部分にそっくりだったからだ。
通常の白スケは錆びた鉄の装備を身に着けていたが、赤スケは自身の骨を素材にしたような武器を装備していた。
あの乱戦の最中、影治も何度か赤スケの攻撃がかすった事があったのだが、赤スケの剣や槍はきっちり影治の体表面を切り裂いていた。
グレードとしては、錆びた鉄の装備シリーズよりは赤スケの骨で出来た赤スケシリーズの方が強いようだ。
「ううん……。骨で出来ているとは思えないほどに滑らかな光沢。唐紅色の刀身は鮮やかで、それでいて武骨な持ち手部分とのコントラストが……」
思わず影治はその場でうっとりと短剣を吟味し始める。
日本で暮らしていた事から、影治は武器というものが好きだった。
実家が古くから伝わる古武術の宗家であり、代々伝わってきた刀剣が倉庫にごろごろ転がっていた事がきっかけだ。
「エイジ……、エイジ?」
「ん、おお。うっかり我を忘れてしまった。こいつは良い物だあ。レッドボーンナイフと名付けよう!」
相変わらず影治のネーミングセンスは微妙だったが、本人はかなり満足そうにしている。
だがドナとしてはそれよりもドロップを回収している時から気になっていた事があった。
「ねえ、あれ壊さないの?」
そう言ってドナが指差したのは、大空洞の奥にあった骨で出来たオブジェのようなものだった。
某海賊が残したお宝を求め、悪者に追われながら少年達が冒険する映画には骨で出来たオルガンが登場したが、それと近い見た目をしている。
人骨をベースに、アーティスティックに組み上げられた祭壇のような造形物だ。
「うーん、あれが魔物の巣にあるっていう魔物を生み出す元なんだろ? 出来れば魔物を生み出す瞬間を見てみたいと思ってたんだが……」
「でもいつ出て来るか、分からない」
「ドロップ回収する程度の時間じゃあ次は湧かないか」
もっと強い魔物ならともかく、今ここでスケルトンが一体湧いても問題なく処理できる。
なので影治は核と思われるこの物体の挙動を実際に目で確認したかったのだが、スポンポンと湧き出て来るもんでもないらしい。
かといって、ドナから聞いていたようにオブジェを移動させようとしてもさっぱり動かせる気配がなかった。
確かにオブジェ自体はそれなりの大きさではあるのだが、骨で出来てるのだから重さ的にはそこまででもないはずだ。
それでも影治の力で持ち運べないとなると、不思議な力が働いている事は間違いない。
「これってぶっ壊すと破片は持ち運べるんだよな?」
「うん。村の近くのコボルトの巣も、なんか大人達が持ち帰ってきてた」
「……この核部分が使える素材だったら持ち帰ってもいいんだが、結局こいつも骨で出来てるからなあ」
骨ならば回収しなかったスケルトンドロップとして、そこらに転がっている。
一応赤スケの骨は回収してあるが、普通の骨はそんなに必要ない。
「エイジ、早く壊す!」
「まあ、残しておいてもしゃあないか。アースボール! アースボール!」
発音が悪いとちょっと尻穴っぽく聞こえる魔術を連呼する影治。
魔物を発生させるという特殊な物体のせいか、普通に白い骨で作られている割には妙に魔法に対する抵抗が強かったのだが、何度か魔術をぶっぱなすと無事破壊する事が出来た。
「意外と硬かったな。どれ……」
試しに影治はぶっ壊した後の骨の残骸に同じくアースボールを放ったのだが、今度はあっさりと骨を粉砕する事が出来た。
骨が特殊なのではなく、あのオブジェ状になっている状態の時だけ特殊な力がかかっていたのだろう。
「バラバラ、なった」
「うむ。これでもうこの洞窟にスケルトンが湧く事もあるまい」
影治とドナは再度この大空洞をチェックし、他に通路や隠し部屋などがなさそうな事を確認すると、元来た入口から外に出る。
「じゃあエイジ、構える」
「え?」
「え? じゃない。脱力出来てるか、試す」
「ああ、そうだったな。なんだ、別に拠点に帰ってからでもよかったんだが」
「忘れないうち、早く試す」
「ああ、はいはい。じゃあ打ちこんでみな」
そう言ってミット代わりに右手を前に差し出す影治。
すかさずドナがその手に拳を打ちこむと、パチイィィンッと破裂するようないい音が辺りに響く。
「おお、確かに出来てるみたいだな。後はこう、打ちこむ瞬間に腰を下ろして打ってみな」
「腰を……卸す……。こうっ?」
「あー、違う違う、そうじゃない。腰は真下に落とすんだ。それも拳を当てる瞬間に僅かに落とす程度でいい。重力を拳から相手に伝えるんだよ」
「じゅーりょく? なにそれ?」
「んーとそれはだな……」
影治はドナにも分かりやすく、言葉を変えたりしながら説明をしていく。
別に重力の事を詳しく知る必要はなく、あくまで打撃に乗せるという事だけ理解出来ればいいのだ。
だが脱力して打ちながら、更に重力を拳に載せるというのはなかなか難しい。
せっかく脱力が出来たと思ったら、更にまだ先があると知ってドナは若干気を落としていたが、すぐにやる気を取り戻して影治相手に拳を打ちこみまくる。
「あー……、つか、いいかげん帰るぞ。練習は拠点に戻ってからだ」
「うー、じゅーりょく難しい!」
実際に影治がドナを相手に、腰を下げた時と下げない時とでどれくらい威力が変わるかを軽く実践してみせたので、ドナにもその重要さが伝わったらしい。
これは感覚的なものなので、影治としても言葉としてある程度指導は出来るのだが、最終的には本人に感覚を掴んでもらうしかない。
帰還中も歩きながら練習しようとするドナに、急ぐよう言いながら帰路についた。