第39話 脱力の極意
影治は多くのスケルトンの注意を惹きつけつつ、そしてドナは大空洞の入口付近で影治の撒いた聖水を利用しつつ。
スケルトンの大集団との戦闘を開始した。
槍スケが突き出してくる槍を、影治はスッと横に避けて槍の柄の部分を逆に掴むと、何故かそれを手にしていた槍スケが自分のアイデンティティーであるはずの槍を手放してしまう。
これは槍を起点として、影治が絶妙な力加減で力の向きを操作した為に起こった現象だ。
恐らく槍スケとしては、気づかない内に握っていたはずの槍が手から離れてしまったという感覚だったことだろう。
四之宮流古武術では、こうした力の使い方が非常に繊細でそれでいて奥が深く、漫画のように握手しただけで相手を跪かせるような技も存在する。
影治は奪い取った槍は槍投げの要領で奥の方にいた赤い骨のスケルトンに投げつけ、再び無手で神聖魔術での殲滅に戻る。
そして先ほどのような、相手の武器を奪う行動を時折見せながら、その都度奪った武器を他のスケルトンに向けて投擲していく。
「うっ、スケルトンが4体……」
一方ドナは最初の内は善戦していたのだが、途中から影治が撒いた聖水の効果が薄れてきたようで、触れた箇所からシュワシュワと蒸気を吹き上げながらも、強引に突破してくるスケルトンも現れ始めた。
「ドナッ! しゃがめ!」
そこへ影治からの指示が飛び、ドナは何をするのか確認する前に言葉通り咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。
すると、影治の投擲した斧が凄い勢いでドナの立っていた場所を通過していき、囲もうとしていたスケルトンの頭部にぶち当たる。
どうやらそれで頭蓋骨が破損して魔石が飛び出たようで、そのスケルトンはそれで動きを止めた。
「エイジ、ありがと!」
「礼を言ってる場合じゃない! 危なくなったら即通路に逃げろよ!」
「うー、少し下がる……」
流石にドナも勢いだけではこれ以上無理だと理解したのか、徐々に通路の方へと下がっていく。
一部のスケルトンがその後を追おうとするが、すかさず影治が魔術でヘイトを稼ぎ、自分へと注意を惹きつける。
「ふぅ……、流石に数が多いな。だが、フィジカルリカバーのおかげで驚くほど疲労がない。ほんと魔術ってのはすげぇな。これなら何時間だって戦ってられるぞ」
影治がフィジカルリカバーと名付けた【体力回復】は、影治に無尽蔵のスタミナを与えていた。
他にも派手に攻撃用の神聖魔術を放ち続ける影治だが、今のところMP切れという状況に陥ったことはない。
実はこれまでの暮らしも含めて、一度もそれらしい状態になった経験はなかった。
「そういう意味だとぶっつけ本番で、思いっきり魔術を使い過ぎるのも怖いんだが……まだまだいけそうなんだよな」
影治は転生時の能力設定の時に、確かにHPやらMPやらという項目を見ている。
ということは、今の影治にもMPというものが設定されているはずで、当然のことながらそれは魔術を使用する度に減っていくはず。
もしそのMPが尽きた時にどのような状態になるのか、経験したことがない影治には予測することしか出来ない。
「まあ俺が使ってるのは初歩的な魔術だろうから、消費MPが少ないだけかもしれん」
この世界での魔術は、余計にMPを消費して威力を上げたり効果時間を高めたりといった応用が殆ど効かない。
攻撃系の魔術に関しても、幾らMPが余りまくっていようと、低レベルの魔術を使う限り、威力は低レベルのままだ。
「とは言っても、いきなり高レベルの魔術は使えないっぽいんだよなあ。何度もその属性の魔術を使っていくことで、高度なのも使えるようになっていくようなんだが」
戦闘中であるというのに、影治は魔術のことなどを考えながら戦闘をこなしていた。
スケルトンの身体能力は総じてゴブリンよりは少し高い程度。
きっちりトドメを刺すなり、魔石を体から引きはがさないとしぶとく襲ってくる点は厄介なのだが、逆に言えば魔石一点狙いでいけば比較的楽に無力化することも出来る。
「ちょっとこの赤い骨は厄介だけどな」
基本は無手スケだったり剣スケだったりと、普通のスケルトンばかりなのだが、中には赤い骨を持つ赤スケが何体か混じっている。
そいつらは3倍……まではいかないが、通常のスケルトンよりは動きも膂力も優れており、影治のホーリーアローも2発だけでは沈まなかった。
「ホーリーアロー! っし、これでようやく沈んだか。確か5……いや6発だったか? タフさに関してはきっちり3倍はあるようだな」
赤スケにホーリーアローを撃ちこみまくった影治は、6発目でようやく倒せたことを確認する。
「ドナにあの赤骨の相手は……ってもう危険を察して通路の方まで下がっていったか。無理はすんなよ……?」
気付けば入り口付近から姿見えなくなっていたドナを心配する影治。
そのドナだが、数体のスケルトンから逃げながらも、ヒット&アウェイを繰り返していた。
「はぁっ、はぁっ……」
その顔には疲労に色が濃い。
命の危険が掛かった中で、もう20分くらいは戦い続けていたのだ。
影治のフィジカルリカバーは射程の問題でドナには届いていなかったので、持ち前のスタミナだけでこの難局を乗り切らないといけない。
「ふっ!」
一見力が入ってないようなドナのパンチが、スケルトンの胸部へと打ちこまれる。
しかし思いの他にそのパンチが効いたようで、スケルトンの肋骨部分を突き破ってその内部にあった魔石をもぶち抜いた。
「……?」
本人も今の手応えに疑問を感じたようで、思わず殴りつけた拳を見つめる。
「っ!?」
しかしそんなことをしている余裕はなく、追いついてきた剣スケが剣を振りかぶって襲い掛かってくる。
「今の感覚……」
疲れて動きに精細が欠けてきていたドナだったが、剣スケの攻撃を体全体を動かすような最小の動きで躱し、カウンターで頭部にパンチを打ちこむ。
先ほどの感覚を意識して打ちこんだそのパンチは、しかし先ほどとは違う感覚を拳に伝えただけに留まる。
「もしかして、さっきのが脱力……?」
未だ影治の言う「脱力」がどのようなものか、完全に再現出来ていないドナ。
一度剣スケから距離を取ったドナは、再度脱力を意識して剣スケの頭蓋に拳を打ちこむ。
すると、パキッという軽い音と共に剣スケの頭蓋骨が打ち砕かれ、内部の魔石をそのまま弾き飛ばすことに成功した。
「いける……かも」
かなり疲れが溜まっているドナだったが、追ってきているスケルトンは残り3体。
まだ同時に相手するには厳しい数だが、逃げながらヒット&アウェイをするにもスタミナがそろそろ厳しい。
ドナはここでケリをつけることに決めた。
「体の、重さを、そのまま、伝える……」
この土壇場にきてコツを掴んだのか、脱力を上手く活用して3体のスケルトンを倒していくドナ。
疲れが溜まってスタミナがなくなったことで、自然と楽な体勢で体を動かそうと自然体になっていたこたがよかったのだろう。
脱力というのは何も完全に力を抜くだけというものではない。
感覚としては、完全に意識を失った人を持ち上げる際、異様に重く感じる感覚に近いだろう。
体を惑星の重力に合わせ、重力による自重の力を攻撃や回避運動へと転化させる。
より自然で無理のない動きは、最小限の力でもかなりの威力の攻撃力を持たせることが可能であるし、体を動かす際の疲労も最小限で済む。
「おおおおい、ドナああああ! だいじょうぶかあああ!?」
3体目の斧スケにトドメを刺して座り込んでいたドナ。
戦闘を終えてから10分近くは動けずにこの場で座り込んでいたのだが、休憩したことでまた少し動ける程度にはなっていた。
「だあああいじょおおおおぶううう!!」
そう大きな声で返事しながら、ドナは通路の奥へと歩き出し、影治との合流を果たすのだった。




