第38話 ホネがモリモリ
「次はこれを試してみよう。クリエイトホーリーウォーター!」
影治が神聖魔術を発動させると、盾持ちの剣スケの頭上から水が垂れ落ちていく。
すると頭蓋骨からシューシューと煙が上がり始め、ダメージを食らっているのか剣スケがやたらと顎の骨をカタカタさせる。
「お? こっちも効果ありか。神聖属性は基本的にアンデッドにはめちゃ有効って感じだな」
影治が今しがた生み出したのは、水のように見えるがただの水ではなかった。
正式名称【聖水作成】という名が示すように、神聖属性の込められた聖なる水を生み出す魔法なのだ。
バケツ一杯分くらいの水を頭からぶっかけられた剣スケは、明らかにダメージを負っているように見えるし、地面に落ちた聖水すらも避けるような動きを見せる。
「じゃあ最後にこいつを食らえ! ホーリーボール!」
最期に試したのは【神聖光弾】という魔術だった。
こちらはホーリーライト同様に白い光球を生み出す神聖魔術なのだが、明かりとしての用途やアンデッドを退ける効果を持つホーリーライトとは異なり、完全に攻撃用の魔術となる。
「カタカタ……かた……」
「ううん、こいつも倒しきるのに2発必要か。だがホーリーアローよりは威力は高そうだ」
もっと強いアンデッド相手なら違いも見えてくるかもしれないが、武器持ちとはいえスケルトン相手では倒すのに必要な回数は変わらないらしい。
「とりあえずこんなもんか。一応個体差がないかどうか、全部神聖魔術で仕留めてみよう」
数体のスケルトンに攻撃されている状況とはいえ、連携してくる訳でもなく数の差を上手く活かせていないスケルトン。
影治は巧みに立ち位置を変えるなりして、同時に3体以上を相手にしないように立ち回る。
時にはスケルトンを盾にして蹴り飛ばしたり、四之宮流古武術でスイッとスケルトンを転ばしてみたり、とにかくその立ち回りは見事としかいう他ない。
「おおお……エイジ、凄い!」
既に一体の無手スケを倒して少し余裕が出て来たドナは、そうした影治の動きを見て感嘆している。
「ドナ! 余所見してないで前向く!」
「うっ……」
気付けばドナの目の前には無手スケが接近しており、すでに拳を振りかぶっている状態だった。
だが影治の注意喚起の声にどうにか反応し、咄嗟に腕でガードする。
それからはもう油断することなく、影治もまた神聖魔術で着実に1体ずつ仕留めていった。
「終わったか」
「うん。でも、まだ中にいっぱいいる」
洞窟の入り口前でそれなりに派手に戦っていたが、中から追加でスケルトンが出て来ることはなかった。
しかしドナによると、まだまだ中にはスケルトンが沢山いるという。
「そっか。なら油断しないでいこう。だがまずはドロップの回収だ」
スケルトン達のドロップは、今回も魔石と骨だけだ。
ゴブリンでもそうだったが、武器などを落とす確率は低いらしい。
回収が終わると、二人は洞窟の中へと入っていく。
「ドナは武器持ちのスケルトンもいけそうか?」
「いける! ……と思う」
「そうか。なら余裕があったら割り振るようにしよう。だがとりあえずは戦闘中でも常に逃げ道を意識して、前には出るなよ?」
「わかった」
ホーリーライトの明かりを頼りに洞窟の奥へと向かう二人。
洞窟内はそれなりに幅が広く、最初にこの洞窟を見つけていたら拠点にしてもいいと思えるほどだった。
通路は微かに下り坂になっており、歩いた距離からしてそれなりに地下に潜っていると思われる。
「この先は部屋状になってるようだ」
「スケルトンもいっぱい」
「……気配からして数体ってレベルじゃなさそだぞこりゃ。ううん、どうするかな」
「エイジ、ドナはだいじょうぶ!」
「む……。それじゃあ、入り口付近で戦って、やばくなったら通路の方まで下がるぞ」
簡単に影治が作戦を立てると、ふたりは部屋の方へと向かっていく。
そして最後の直線はダッシュで駆け抜ける。
不意打ちを掛けようにも、目立つ明かりがあるので途中で気づかれてしまうだろう。
ダッシュで部屋まで駆けこんだふたりは、思いの他その部屋が広いことに驚く。
最早部屋と呼ぶよりは地下空洞と呼んでいい程の広さだ。
そのせいで、入り口部分を照らすホーリーライトだけでは奥まで見通せない。
そして地下空洞の中には、スケルトンがわらわらと犇めきあっていた。
「こいつぁ数が多いってレベルじゃなさそうだぞ」
今の段階ならまだ、来た道を引き返せば無事に引き返すことは出来るだろう。
しかし影治には引き返すつもりはなかった。
「ムーブソイル! ……あれ、ムーブソイル!」
敵の数の多さを見て、影治はまっさきにムーブソイルで入口付近に即席の陣地を作ろうとする。
しかし、何故か上手く土を操作することが出来ず、空振りしてしまう。
「ダメだ! なんかこの洞窟、妙な魔力が混じってる……?」
「エイジ、どうしたの?」
「いや、なんでもない。仕方ない、ここはホーリーライトとクリエイトホーリーウォーターを活用するか」
影治は即座に方針を変え、1つだけだったホーリーライトを大空洞のあちこちに打ち上げ、空洞全体を照らしていく。
するとこの空洞全体で、およそ数十体にも及ぶスケルトンが確認された。
もしかしたら三桁の大台に乗っている可能性もある。
とりあえず影治は、スケルトンが接近してくる前に近くに聖水を撒いていく。
スケルトンの数が多いので、どこまでこの聖水に効果があるかは分からない。
それからドナに改めて指示を出す。
「いいか、ドナ。危なくなったら、ひとりでも外に逃げろ。俺のことは気にするな」
「でも、エイジ……」
「でももへったくれもない! いいから、危なく感じたらお前だけで外に逃げろ。いいな?」
「……わかった」
影治の指示に渋々とではあるが頷くドナ。
これだけの数が相手となると、影治程の実力者でもドナをいちいち気にして戦っていられなくなる。
聖水を撒き、指示を出し終えた影治は、早速近づいてくるスケルトン達に攻撃用の神聖魔術をぶちかましていく。
「あー、焦らずに範囲攻撃用の神聖魔術を覚えてから来るべきだったな」
今更ながらに後悔を見せる影治だが、その声に悲嘆の色はない。
何やら他のスケルトンとは少し違った様子のスケルトンも交じっているようだが、影治は負ける気はしていなかった。
「ホーリーアロー! ホーリーボール!! ……よし、奴ら聖水を撒いたところは避けて通ってる。ドナもそれを上手く利用して立ち回れよ!」
そう言うなり、影治はドナの返事も聞かずに前へと飛び出す。
自分ひとりで戦っていた時には気づきようもなかったのだが、どうやら魔物達は攻撃する相手に優先順位のようなものがあるらしい。
一度魔術で攻撃した個体は、近くにドナがいようともしつこく影治を狙う傾向にあった。
これはあくまでその傾向があるというだけで、プログラムされたロボットのように必ずそうなるという訳でもない。
だが全体の傾向としては確かなようなので、影治はとにかくスケルトンの群れの中を器用に動き回りながら、囲まれないように魔術なり素手による攻撃などで、自分に注意を集めていく。
こうしてスケルトン集団との戦いが始まった。