第33話 魔物と妖魔
「それで、ドナは妖魔のゴブリンは見たことがあるのか?」
「うん。隣村にもゴブリン住んでた」
「そうかそうか……って、えぇっ!? 村に住んでたのか? ゴブリンが?」
「住んでた。ゴブリンは妖魔の中でも数多い。そんなに珍しくない」
「マジか……。俺さっき……ってかこれまで散々魔物のゴブリンを倒しまくったんだが……」
「だいじょうぶ」
「え?」
「魔物のゴブリンならだいじょうぶ。妖魔のゴブリンも魔物のゴブリン相手なら普通に殺す」
「ってことは、魔物と妖魔は別扱いされてるってことか?」
「そう。魔物は瘴気、放ってる」
「しょうき……?」
妖魔に引き続き、ここでも新しい単語がドナの口から飛び出てくる。
影治は妖魔の時のように瘴気のことや、ついでに魔物について改めて聞き出す。
それによると、どうやら魔物とは完全に人類の敵であり、見かけたら襲ってくるような存在のことを指すらしい。
そしてそんな魔物の一部から妖魔が生まれることがあり、この世界では妖魔も獣人のようなひとつの種族として認識されているようだ。
魔物と妖魔との違いは魔石の有無と、瘴気を発しているかどうか。
それから魔物は血のような赤い目をしているのが特徴だ。
人類――ヒューマンやエルフ、獣人や妖魔などの種族にも、赤っぽい色の目をした者は生まれることがある。
しかし赤系の目といっても、茶色に近いものだったり薄い赤だったりするので、魔物が持つ独特な禍々しい光沢のある赤色を持つ者は生まれない。
というか、魔物には白目の部分がなく眼全体が赤なので見分けやすい。
「瘴気……ねえ。んー、確かに微かに妙な魔力? のようなもんは感じるが、あれが瘴気って奴なのかあ?」
「弱い魔物は瘴気、弱い。ゴブリンだと、瘴気分かりにくい」
「そっか……。ちなみに妖魔ってのは他にどんなのがいるんだ?」
妖魔について、更にドナに深掘りして尋ねる影治。
すると影治が前世で戦ったことがあるコボルトやオーク、オーガなどの妖魔もいるらしい。
付け加えるなら人型や、体の一部が人に近い魔物しか妖魔にはならないらしく、特殊な方法で魔物を手懐ける方法もあるらしいが、それはあくまで魔物であって妖魔とは呼ばないようだ。
「なるほど……。ま、こんな森で出くわすようなのは魔物のゴブリンだとは思うが、一応その辺は注意した方がいいか」
「瘴気や目の色だけじゃない。見れば魔物は大体分かる」
「妖魔の方の生きてるゴブリンは見たことないが、そんなに違うのか?」
「違う。魔物のゴブリン、人間みるとすぐ襲ってくる」
「ふむ、それだと殺意が高い妖魔のゴブリンと見分けつかなそうだが……。ま、一応気に留めておこう」
そう言いながらゴブリンがドロップしたものを回収していく影治。
今回は影治だけでなくドナもバスケットを用意したので、それなりの量を持ち運びできる。
「とにかく、ドナもゴブリン相手なら戦えることが分かった。だがこれだけは覚えておけよ? 俺が教える武術……戦い方は、本来相手を倒すためのものではなく、自分の身を守る為、ひいては大切な誰かを守る為のものだ」
「守る……」
「だから危ないと思ったらすぐ逃げる! これも四之宮流古武術では大切な教えだ」
「しの……しのみやりゅーは自分を守る、大事……」
元の世界があんな状態になってしまったので、四之宮流古武術の最後の継承者となってしまった影治。
色々胡散臭い逸話が口伝で残っている四之宮流だが、歴史が古い事だけは間違いない。
そしてそれを現代まで一子相伝で継承してきたのだから、確かにその「自分の身を守る」という教えに関しては折り紙付きと言える。
「いいな? 強くなったと思って、無理をしたらだめだ。特に相手の人数が多い時は迷わず逃げていい」
無論多人数相手の戦い方というのも四之宮流には存在するが、わざわざ無理をしてそのような状況で戦う必要はない。
逃げられる状況であるなら素直に逃げた方が、より自分の身を守ることに繋がる。
「まあ、こっちだとちょっと話が変わるかもしれんけどな」
魔術というものが存在し、影治のように明らかに前世より身体能力が高い者が存在しうる世界。
となれば、一人で何百人と相手出来るような者も存在するかもしれない。
というか、今の影治でもゴブリン程度の相手なら100人くらいいけるかなと、本人は思っている。
「こっち、違う?」
「ああ、気にしなくていいぞ。とにかく無理はするなって話だ」
「うん、わかった」
そこで会話は打ち切り、再びゴブリンの捜索を始める二人。
もしかしたら集落があるかも? と、先程の3体のゴブリンが歩いてきた方角に進んでみたが、1時間ほど進んでも見つからなかったので、再び川にまで戻って上流へと進む。
上流に向かうにつれ魔物の領域となってくるらしく、角兎や牙イノシシなどと出くわす機会も増えていた。
肉好きのドナは喜んでいたが、牙イノシシともなると一体からドロップする肉の量もそれなりに多い。
あまりたくさん持ち歩いても腐ってしまうので、ドナに猛反対されながら処理しきれない肉を捨てて先へと進んだ。
「よし、今度は2体同時に相手してみるんだ」
「わかった!」
今回の目的であるゴブリンとも何度か戦った。
元々はゴブリンのドロップ目当てではあったが、これ幸いと影治はドナの実戦訓練にゴブリンを利用する。
ドナは獣人としての身体能力の高さと、影治が教えた戦い方の基本を教えたことによって、3体同時に相手しても持ちこたえられる位には成長している。
といっても、流石に3体同時だとなかなか最初の一体を仕留めきれず、かなり体力を消耗した挙句に途中で影治が補助に入る結果となっていた。
「今のは3体相手だからと、無駄に動きを警戒しすぎだったな」
「うー、3体同時に見るの、難しい」
「何も常に3体同時に動きを見る必要はない。要所要所、大事な所だけ動きを抑えておけば、後は予想して動けるだろう?」
「うううぅ……それ、難しい」
「ま、これもある程度は経験が必要だな。ところで、魔物ってのはたくさん倒すと強くなれるのか?」
ここで影治は前々から気になっていたことを尋ねる。
自分自身はこれまで余り認識したことはなかったが、この世界の住人はどういう認識を持っているのか気になったのだ。
「よくわかんない……。けど、冒険者やハンターには凄く強い人がいるって聞いた」
「冒険者にハンター……ねえ。そいつらが強いのは、今ドナがやってるみたいな鍛錬とかしたから強いんじゃないのか? 魔物を倒すということは強さに関係しているのか?」
「んーーー、鍛錬もしてると思う。けど、魔物いっぱい倒してる人は強い。村一番のハンターのジェネスも、ドナがハンマーで思いっきり殴ってもへーきそうだった」
「おおう……、お前意外と昔っからバイオレンスなことしてんだな」
そのジェネス某とやらも、子供にやられたことだからと強がって見せただけじゃ? と思いつつも、実際に自分も見た目と実際のダメージ感覚の違いには覚えがあるので、あながち嘘でもないかなとも思う影治。
「ばいおれんす?」
「元気一杯ってことだよ」
「うん。ドナ、みんなに暴れん坊って言われてた」
「やっぱりな。にしても、それならもっとドナにも積極的にゴブリンと戦ってもらった方がいいか」
「がんばる!」
気合の入った声で答えるドナ。
そして二人は更なる森の奥へと入っていくのだった。




