第30話 魔術レベル?
影治がドナと洞窟で暮らし始めて約1か月が経過した。
この1か月の間、影治はその多くを言語の習得に費やしていたが、それとは別に体式の鍛錬も続けている。
途中からはドナも鍛錬に参加しており、影治の指導のもと身体を鍛えていた。
四之宮流の体式鍛錬法は、一般的な筋トレとは少し異なっており、体全体をバランスよく鍛える。
またその際に、本人の特性を出来る限り損なわないように気を付ける。
ドナの場合、フットワークを活かした俊敏性が優れていたので、それを活かしたバランスにするように体づくりを行う。
『エイジ、それ、痛くない?』
『大丈夫。ケガ、治せるから』
そして影治はというと、体式の他に岩式の鍛錬も行い始めた。
こちらはかなり荒行なので、ドナも真似しようとは思っていない。
岩式鍛錬法とは頑強なる肉体作りを目指すもので、ボクサーなどが腹筋を鍛える為に重いものを腹に落としたりするような鍛錬が基本となる。
いわゆる部位鍛錬というのもその中には含まれており、石やら鉄やらを素手で殴ったり、砂利を敷き詰めた場所に指を立てた状態で突き入れたりと、見ているだけで痛そうな鍛錬が多い。
というか実際にめちゃめちゃ痛いのだが、幸い前世とは違い今は回復魔術があるので、前世の時以上に思い切ったことも出来る。
「くっぐううう……ヒール! ヒール!」
今も突き指を何本もしている自分の手に【治癒】を掛けている影治。
見てるだけで痛そうな鍛錬だが、部位鍛錬だけでなく回復魔術の方の練習にもなると喜んでいる。
影治が魔術を覚えてから多少の月日が経過したが、その間に判明したことが幾つかあった。
それは当然かもしれないが、使えば使う程より魔術が上手く扱えるようになるということだ。
具体的には、魔術を発動させようとしてから実際に発動するまでの時間が僅かに短くなっている点。
それとこちらもほんの僅かな違いなのだが、魔力の消費が減っているという点だ。
そしてもう1つ分かったことがある。
『エイジ、大丈夫?』
「『大丈夫』、『大丈夫』。もう何度も見てるだろう? それより、急所打ち訓練始めるぞ!」
『う……。キューショウチ、怖い』
「だから『大丈夫』だって。『大丈夫』」
やたらと大丈夫を連呼する影治に対し、ドナは不安そうな顔を浮かべている。
急所打ち訓練とは、影治にとっては岩式鍛錬のひとつであり、人体に幾つもある急所部分をドナに突いたり蹴ったりしてもらうという、その筋の人にはたまらないような鍛錬だ。
これはドナの対人訓練も兼ねており、影治がサンドバッグとなることで当て身の練習にもなるし、人体の急所の位置を教えることにも繋がる。
ゴブリンにすら明らかに急所を思われる部位が幾つもあるのだ。
丈夫な部分を狙うよりは、こうした急所を自然に攻撃出来るようにしておくと、余計な体力を使わずに済む。
『ウー、ヤアアアァァ!』
『ヨシ! イイゾ! もっとだ! もっと打ち込め!』
少女とはいえ獣人の、それも急所に穿たれる打撃はそれなり以上の威力を齎す。
だが影治は、イメージしている感覚よりは痛みが弱いように感じていた。
ゴブリンの異様なタフさといい、やはりこの世界には何かあるのかな? と思いつつも、ひたすら少女に股間などを蹴られ続ける影治。
ちなみに、四之宮流古武術には『玉納』という身体操作法が存在し、普段は外部に出ている睾丸を体内の所定の位置に『納める』ことで、ある程度の金的への攻撃を無効化することが出来る。
しかしひたすら少女に金的を蹴られている絵面は、完全にそっちの趣味の人にしか見えなかった。
そんな一見すると変態的な訓練が続いていく内に、影治よりも先にドナの方がスタミナ切れでバテてしまう。
こういった格闘技的な動きは、見ている以上に体力を消耗するものだ。
そして体力不足といえば、以前影治はゴブリン村を襲撃した時にも感じたことがあった問題だ。
『まだまだ行くぞ! フィジカルリカバー』
そう影治が唱えると、肩で息をしていたドナが見る見る間に息が整い、あっという間に回復していく。
影治はこれまで基本的に言語習得と肉体鍛錬をメインに行っていたが、魔術の方もまったく開発していない訳ではなかった。
その内の1つが【体力回復】――フィジカルリカバーである。
この魔術はこれまでの他の魔術と比べると、さらにもう1段難しいという手応えがあった。
実はこの魔術を覚える前に、【按摩】――マッサージ効果のあるヒールよりも難しい魔術を覚えていたのだが、【体力回復】は【按摩】よりも更に難度が高い。
これは回復魔術だけでなく、他の魔術にも似たような感覚の違いがあることから、影治は魔術にはレベルのようなもので分けられた段階が存在するのでは? という予想を立てている。
そしてより高いレベルの魔術を使うには、その属性の魔術を何度も使っていくことが重要なのではないかと、気付き始めていた。
何故なら、影治はこの二つの魔術の他に、【水操作】――ウォーターコントロールという魔術も修得していたのだが、こちらも明らかに難度が高く、最初は使えなかった魔術だったからだ。
しかし意識的に水魔術を使っていると、ある日ふと使えるようになっていた。
これらの点を認識してからは、修行や言語習得の合間にも魔術を使い、更なる高度な魔術が使えるようにと基礎魔術訓練のようなことを毎日行っている。
……光魔術の練習にライトスフィアを幾つも浮かべてたら、ドナに『眩しい!』と怒られたこともあったりしたが。
『はぁはぁ……、もう、ダメ』
ひたすら影治の体に殴る蹴るの暴行を加えていたドナだが、再び体力の限界が訪れたようだ。
だが影治は【体力回復】を使用することなく、ここで急所打ち訓練を切り上げることにした。
『よおし、そこまで! マッサージ!』
代わりに【按摩】の回復魔術を掛けて、疲れたドナの体をマッサージしていく。
『あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁぁ…………』
何とも言えず心地よさそうな声を上げるドナ。
この魔術は、手で触れた箇所を中心にマッサージをしてくれるという魔術なのだが、術者のイメージによって多少応用が効く。
マッサージ機にあるような「揉む」だとか「叩く」だとか、そういったマッサージ機の機能の使い分けが出来るのだ。
「いやー、これもフィジカルリカバーも便利な魔術だよなあ」
『ベンリ、ベンリ!』
特にフィジカルリカバーは、影治の継戦能力を大きく増大させる。
こちらの世界に来てから魔術にばかり気を取られていた影治だが、肉体鍛錬を始めてからはこっちもバカには出来ないなと思い始めていた所だった。
影治はその後自分にもマッサージを掛け、先程のドナと似たような声を出す。
そんな影治の様子を見てドナは楽しそうに笑う。
最初の頃に比べと、ドナの表情も大分明るくなっている。
そのことを心地よく思いながら、影治は午後のお勉強の時間の前に昼食の準備へと取り掛かった。