第27話 拠点への帰還※
言葉によるコミュニケーションが取れないまま、ドナを連れて影治は拠点へと向かうことになった。
影治もこっちに来てからは夜に出歩いたことはなかったが、この手のファンタジー小説だと夜になると魔物が狂暴になるとか、昼間には見かけない魔物が出るとかいう話があったりするのだが、今はそんなことを気にしてられない。
まだ村からの距離が近いので、二人は夜通し歩き続けた。
「おい、大丈夫か?」
見た目だけ見ると、影治もドナも小学校の高学年といった位の年齢の体だ。
夜通し歩き続けるというのは、体力的な問題だけでなく精神的にも厳しいものがある。
特にこの世界には危険な動物だけでなく、魔物まで徘徊しているような世界なのだ。
だがドナは息を荒くしてはいたが、そこまでぐだぐだに疲れている様子はない。
「――?」
ドナは影治の言葉の意味を理解出来ず、何故立ち止まったのか気になっているようだ。
すでに村からは大分距離も取ったので、影治はついでにここいらで休みを取ることにした。
すでに夜があけ、朝日が昇り始める時間になっている。
影治はジェスチャーでその場に座っているように指示すると、ライジングアースなどの魔術を使って簡易拠点を作っていく。
「――――!? ――――――!!」
ドナがそれを見て大きく驚きの声を上げている。
これまでにない大きな反応がちょっと気になりながらも、影治はさくっとしばし休む為の簡易拠点を作り上げた。
「作業中やたら騒いでたが、これはどう捉えるべきなんだろうな。魔術がありふれてる世界なら、ここまで大きな反応をしないとは思うんだが……」
そんなことを考えながら、影治はクリエイトウォーターで水を直に口に注いで飲む。
川沿いを上流に向けて移動していた所ではあったが、川の水よりは魔術の水の方が安全性は高いだろう。
その後ドナにもジェスチャーで同じことをすると伝えると、同じく口を開けて上を向いた。
「……なんか巣で親鳥からの餌を待ってる小鳥みたいだな」
そう言いながら、ドナがもういいというアクションをするまで少しずつ水を放り込んでいく。
ガブガブガブッと結構な量を口にした後、ようやくもういいというアクションを取ったので止める影治。
確かにここまで休憩なしに夜通し歩いてはきたが、それにしては要求された水の量は多めだった。
「もしかして、水もろくに与えられてなかったのか?」
改めて朝日の下でドナを見てみると、体がかなり痩せこけているのが分かる。
それに新鮮な切り傷などはないものの、体の何か所かにはまだ青あざになってるような箇所が残っていたので、影治は昨日と同じようにヒールを使用していく。
「ほわわわ……」
そんな気の抜けるワードを抜かしながら、影治のヒールを受けるドナ。
恐らく痛みが抜けていっているのだろう。
ここまで歩いてこれたことを考えると、そこまで致命的な痛みではなかったのかもしれないが、まだこの先もしばらく移動しなければならない。
早い内に体を治して体力をつけて置いた方がいい。
「よし、こんなもんだな。じゃあ、朝飯を取りにいってくるからお前はここで待ってろ」
そう言ってジェスチャーでここで待つように指示をするが、ドナは首を横に振って影治の傍を離れようとしない。
置いて行かれるとでも思ってるのか、その姿はまるで捨て犬が必死に買い主にしがみつこうとしてるかのようだ。
「……お前ってその耳といい尻尾といい、犬っぽいよな」
ドナの勢いに負けた影治は、二人で食料を取りに行くことにした。
今は川沿いを上流に向けて移動してる最中だったので、手軽に魚を何匹かと、近くに生えていた赤枝豆を二人分。
手軽にとはいうが、これも魔術無しの状態で手掴みで取るとすれば難しいだろう。
実際にドナも魚を捕まえようと頑張っていたが、ただ魚に逃げられるだけで成果はなし。
獣人の身体能力は子供とはいえ侮れなかったが、やはりそれだけでだと素手で魚を捕まえるのは難しいらしい。
その後の赤枝豆の採取では、役に立てなかった分を取り戻そうとドナは張り切って採取に臨んでいた。
そして朝食を終えた後は、軽く睡眠を取ってから移動を再開させる。
本当はここでゆっくり休みたい所ではあったが、生活リズムを夜型にするのはよくないと判断し、ここは眠気と戦いながらも日が暮れるまで活動を続けた。
「――――?」
「ああ、今夜はここで休む。夜の見張りは交代でやるぞ」
何を言っているかは伝わらないのだが、つい癖で日本語のまま答えてしまう影治。
お互いに言葉は理解出来ていないが、それでも身振り手振りを交えると少し時間はかかるものの、ある程度の意思疎通は出来た。
そのうち言語問題はどうにかしたいと思いながらも、影治はドナを連れてドナドナしていく……もとい。拠点へと戻っていく。
初めの内は影治が魔術を使う度に驚いていたドナも、数日もすれば流石に慣れてくる。
そして慣れ始めた頃に、ようやく影治はなつかしの我が家へと帰ってきた。
頑丈に作っておいた拠点は魔物に壊されることなく無事だった。
初め拠点の様子を見たドナは久々に驚きを見せており、影治がドヤ顔をしながら堀部分にムーブソイルで橋を架ける。続いて入り口部分の土を移動させて入口を開いた。
「あー、ドナがいるならもう少し出入しやすくした方が良いかあ?」
ドヤ顔をしていた影治だが、ここで二人で暮らすなら魔術頼りで一人暮らししてた時とは環境を変化させないといけないことに気付く。
影治の独り言は最初の内はドナもちょこちょこ反応を返していたのだが、自分に話しかけてるのではなくただの独り言だと理解してからは、流すようになっている。
今もドナは影治の言葉に特に反応を示さない。
新しい住人が増えたことでやることも増えたし、ドナにも何か出来る作業を考えた方がいいだろう。
ある意味一人で暮らしていた時は悠々自適な暮らしとも言えたが、これからは同居人のことも考えていかなければならない。
「ここがこれからお前の住む家になる。タダ飯食わすつもりはないから、お前もしっかり働くんだぞ」
影治がそう呼びかけると、言葉が通じていないのにタイミングに合わせてドナがコクリと頷く。
拠点の様子を見た後に話しかけられたことで、なんとなく何を要求されているのかを感じ取ったのかもしれない。
こうして影治は新たに同居人を迎え、二人での洞窟生活が始まった。




