第255話 ソードマスターフロッグ
「……へぇ、そうだったのか。じゃあ結構なお偉いさんって訳か」
ダンフリーの説明に対する影治の反応は、実際に説明をしていたダンフリーやその他の同席した面々からすると、大分薄い反応のように思えた。
実際影治としては、あまりピンと来ていない部分でもある。
だがそもそも今回の交渉は、ガンダルシア王国の一派である反帝国派と、王国から独立を果たしたヴォーギル共和国の間で行われている。
ダンフリーは詳細までは語らなかったが、フランデルクの言っていたゴーレム戦争というのも、独立を宣言したヴォーギル共和国とガンダルシア王国との間で勃発した戦だ。
そうした歴史的背景を知っているからこそ、ダンフリーたちにとってはこの話し合いの場は重要な意味を持っていた。
しかしそういった背景を知らない影治であれば、反応が薄くなるのも仕方ない。
「完全には否定できねえけど、お偉いさんつっても他の国の貴族のような扱いとは違うぜ。今は評議員議長の座も降りたしな」
「と本人は言っているでござるが、未だにワイル様の影響力は強いでござるよ」
「そーかー? オレが活躍したのはもう大分昔の話だ。長寿種族は当時のことも覚えてんだろうけどよお、国民からは段々忘れられてんじゃねえか?」
「そんなことはありませぬ。今でもワイル様が活躍する吟遊詩人の歌は人気でござるし、英雄譚として書にも散々記され、今も伝わっておるのです!」
「……歌や口伝として伝わってるのは知ってたけどよお、オレって本にもなってたのか?」
「何を仰る。我が国の人気の題材のひとつでござる。年月が経つにつれて大分尾ひれがついておるので、今ではとんでもない活躍内容になっているでござる」
「げっ、普段本なんて読まねえけど、そんなことになってんのか……」
衝撃の事実をこのような場面で聞かされるワイル。
この二人の気安い感じのやりとりは、両者の信頼関係などの上に成り立っている部分もあるのだろうが、ワイルという男の性格がそのまま表に出ていた。
ダンフリーやルクトリアも貴族としては大分話せるタイプだったが、影治からするとワイルの方が話しやすそうに見える。
尤もこうした態度が表向きだけの可能性もあるので、見極める必要はありそうだが。
「……まあ、あんたの立場はなんとなく分かった。で、力試しとやらはどーすんだ?」
「オレの隠形を見抜いた時点でかなりのやり手だってのは分かったけど、実際の戦闘力も見てみたいねえ」
「ならとっとと訓練場に移動すっか」
「それではご案内致します」
こうしてシバスチャンの案内の元、訓練場へと向かう一行。
その動きに合わせて、周囲に配置されていた騎士の一部が遠巻きに移動するのを、影治は気配で捕らえていた。
どうやらあくまで直接的に近くで護衛したりはしないようで、距離を取ったまま一緒に移動している。
といっても同じ敷地内なので移動はすぐに終わり、訓練場へとたどり着く。
「あれっ? なんか遅いと思ったら領主様も一緒なの?」
「ぴぃぃ」
影治が訓練場に戻ると、ティアは無理せずにしっかり休憩していたようで、近くには同じように休憩していたリュシェルやピー助の姿もあった。
「ああ、色々あってな。ちょっと力試しをすることになったんだよ。そんで、戦うのはフランデルクの方でいいのか?」
「拙者が相手するでござる」
話の途中で呼びかける相手を切り返ると、呼びかけられた当人がその質問に答える。
それから模擬戦の取り決めなどを確認した後、初期位置の離れた間合いまで移動した。
その両者の周りには、セコンドのように両陣営の関係者が集う。
「エイジなら心配ないと思うが、相手は他国からの使者だ。余りやりすぎないようにな」
「いや、シドニア卿。あのフロッグマンはただもんじゃねえ。エイジがどれほどのもんか知らねえけど、加減なんて出来ねえぞ」
影治が伝え聞いたアステリオスの評判は、ミスリル級冒険者に相応しいくらいの豪快な人物だということだった。
それは実際先ほど応接室でも確認している。
しかし今のアステリオスは、その豪快さが鳴りを潜めており、それどころか苦々しい表情さえ浮かべていた。
「あの、アステリオスはヴォーギル共和国に交渉に赴いた際に、1度フランデルクと戦って……その、負けているんだ」
「ぐっ……、別にこれは言い訳じゃねえんだけどよお。相性が悪かったんだよ、相性が!」
「相性……ですか。確かあなたはシラーシ流剣術でしたね」
この街での暮らしがそこそこ長いリュシェルは、この街を拠点にしているアステリオスとも多少の付き合いがある。
そんなリュシェルによると、見るからに肉体派のこの悪魔みたいな羊頭の男は、見た目に反して『剛剣』のドノバン獣剣術ではなく、『技剣』のシラーシ流剣術の使い手らしい。
「ああ……。パワーだけのドノバン獣剣術ならやりやすいし、風剣流も速さが厄介だがやりようはある。けどよお、同じシラーシ流剣術の……それも格上相手となるときちいんだよ……」
「しかも見たところ、相手はマスターフロッグのようですね。エイジ様なら大丈夫かと思いますが、あの者の種族フロッグマンは、妖魔の中でも勇猛果敢な種族として知られています」
「フロッグマンねえ。初めて見る種族なんだが、獣人じゃなくて妖魔なんだな」
「ええ。中でもマスターフロッグというのは、なにがしかの能力に秀でたフロッグマンが進化出来る種です。アステリオスの話からすると、剣の腕に秀でたソードマスターフロッグなのでしょう」
そのリュシェルの推測は当たっていた。
フランデルクはフロッグマンの進化種である、マスターフロッグと呼ばれる種族だ。
種族名としてはマスターフロッグというのが正式名称なのだが、彼ら自身は自分の種族のことをマスターフロッグに至る大元となった特技にちなんだ名で名乗る。
剣の腕によって進化した者はソードマスターフロッグ。
槍に腕によって進化した者はスピアマスターフロッグ。
またフロッグマンは水属性に適性がある種族であり、物理系だけでなくウォーターマスターフロッグなども存在している。
「ちなみにアステリオスのシラーシ流剣術の腕前はどんくらいなんだ?」
「俺様ぁ、4段の認可を受けてる。んでもって、あのフロッグマンは6段だとよ。多少の腕の差なら種族差でどーにかなんだけどよ。6段は伊達じゃねえぜ」
「ふーん、6段ねえ。それは良い指標になりそうだ」
先日調べた槍術のランキングストーンでは、影治は14位にランクインしていた。
しかしメインで使っている剣に関しては、剣術のランキングストーンがなかったので調べることが出来ていない。
なんでもリュシェルの話によれば、ここしばらくは剣聖と呼ばれる人物が1位の座を不動のものとしていたらしい。
そしてその剣聖はシラーシ流剣術の8段で最高位とされているので、6段のフランデルクと戦うことで、自分の剣術ランキングがどの位置にあるのか、参考になる。
「気を付けろよお? オレの隠形を見破った方法も不明だし、オークエンペラーとやりあったってのがマジなら、戦闘能力もたけえハズだ」
「心得ているでござるよ」
一方逆サイドのワイルとフランデルクも、模擬戦を前に作戦会議のようなことをしていた。
戦いを前に、平常心を崩していないフランデルク。
それは余裕や自信から来るものではなく、そう在るように常日頃から鍛えている成果である。
「それと見た目だけに捕らわれるな。やっこさん、クラスⅤの無属性魔術を無詠唱で使いこなすぞ」
「魔術剣士でござるか……」
応接室にて【土弾】を撃ち込まれて隠形を見破られたワイル。
しかしワイルは魔術だけでなく、短剣や体術の扱いにも優れている。
咄嗟に【土弾】を躱すのも本来の彼であれば不可能ではなかったのだが、そこに不可視の力が加えられたことで、咄嗟に体を動かす事が出来ず、まともに【土弾】を食らってしまった。
影治がどうやって自分の隠形を見破ったかは見破れなくとも、あの時自分が何をされたのかについては心当たりがあった。
それが先ほどフランデルクに伝えたクラスⅤの無属性魔術、【念動力】だ。
基本的には物体を動かすことに用いられる魔術だが、生物であっても動きを止めることが出来る。
「しかもこのオレがあそこまで動きを止められるとはな」
このような魔術は、相手との力量差があるほど掛けやすくなったり掛けにくくなったりするものだ。
しかも【念動力】自体がクラスⅤと、それほど高いクラスではない。
実際に試した訳でもないが、ワイルはそこいらの魔術師に【念動力】を掛けられたとしても、すぐに振りほどける自信があった。
そのことからも、影治が魔術に関してだけ取っても只者でないことが分かる。
「ま、期待してんぜ。なんせ、剣でまともに戦ったら、オレでもお前には敵わねえんだからな」
「期待に沿えるよう、粉骨砕身するでござる」
主からの忠告を受け、一歩前に出るフランデルク。
それとほぼ時を同じくして、影治も一歩前に出る。
「ではシドニア領主である私、ダンフリー・シドニアを立会人として、冒険者エイジとワイル殿の護衛剣士フランデルクの模擬戦を見届ける! なおこの模擬戦の目的は力試しであり、殺傷は禁ずる。では両者構え!」
ダンフリー自らが立会人となり、両者の間に立つ。
すでにワイルやリュシェルなど見物人は、少し離れた場所に退避していた。
「――始めッ!」
ダンフリーの鋭い声が訓練場に轟く。
しかしその鋭い声に反し、影治とフランデルクは互いに様子見から入る、静かな立ち上がりとなった。




