第254話 幻覚魔術※
「この者は拙者の護衛のウィッシュでござる。最初に紹介はしたでござるが、その時はエイジ殿はおりませんでしたな。一介の護衛故、改めて紹介することを忘れておりました」
このマスク男は話し合いの最中他の者が全員着席している中、ひとりだけフランデルクの背後に立ったままだった。
そこだけを切り取ると、確かにフランデルク付きの護衛のようにも見える。
「護衛だって? そいつぁ逆なんじゃないか?」
「……どういう意味でござるか?」
「護衛なのはあんたの方じゃないかって言ってんだよ」
「エイジ……? 突然君は何を……」
突然の影治の指摘に、意図が掴めないバルベルトが困惑した様子だ。
そこへ父親であるダンフリーが、困惑しているバルベルトの代わりに影治の指摘についての見解を述べる。
「……例えば貴人を護る方法として、影武者を立てるという方法は無いとは言えない。しかし彼はワイル殿の使者であって、こういっては何だがわざわざ他の誰かと立場を入れ替えるほどの人物ではないと思うのだが……」
「そうでござる。エイジ殿は何を根拠に、突然そのような事を申したでござるか?」
ずいっとフランデルクの方を向き、軽く前傾姿勢を取りながら問い詰める影治。
しかしそんな影治にダンフリーやフランデルクが否定的な意見を述べる。
「根拠か? それはこいつだよ。【土弾】」
根拠を示すための行動として、突然魔術を発動させた影治に、しかし誰もがまともに反応出来なかった。
それは突然の行動であった事とは別に、発動したのがクラスⅠの土魔術であった事と、魔術が向けられた先が誰もいない場所……部屋の隅っこであったためだ。
「エイジ! 一体何をっ……!?」
凶行というほどでもないが、突然の影治の行動に真っ先に反応したのはダンフリーだ。
その声音には驚きの他に咎める気持ちが混じっていたが、本格的に批難するほどの強い響きはない。
「チッ! 俺様としたことがまったく気づかなかったぜ、ちくしょうが」
未だ困惑状態の者が多い中、いち早くそのことに気付いたのはミスリル級冒険者であるアステリオスだった。
「どういうことだ? アステリオス」
「エイジがぶっ放した魔術の先を見りゃあ分かる。姿を消した曲者が潜んでやがるぜ」
「なにっ!?」
曲者がいると聞かされ驚きの声を上げるダンフリー。
カレンやバルベルト、シバスチャンといった面々は一様に同じ驚きの表情を浮かべ、引き寄せられるように視線を部屋の隅へと向ける。
「……別に曲者のつもりはなかったんだけど、今の状況だとそれを言っても説得力ないよな?」
全員の視線が集まったのを感じたのか、部屋の隅の誰もいなかった場所に、突如姿を現すマスクの男。
それと同時に、フランデルクの背後に立っていたマスクの男の姿が掻き消えていく。
「ウィッシュさん!? え、これってつまり、エイジの言っていたことが本当だったってこと?」
「落ち着けバルベルト。今明らかになったのは、護衛と思われているウィッシュがフランデルク殿の背後ではなく、部屋の隅に隠れ潜んでいたということだけだ」
「まあそうだよな。護衛だからといって、必ずしも要人の背後に控える必要はない。寧ろ背後に控えているより、部屋の隅にいた方が部屋全体を見渡せるから、いち早く危険を察知できるって考えもあるぜ?」
「他人事みたいな言い方しやがるな。俺がフランデルクの方が護衛だと思ったのは、お前の立ち位置なんざ関係ねえよ」
「ふうん、じゃあどんな理由だ?」
交渉の中で、相手に気付かれずに手勢を伏せていたというのは、敵意を疑われても仕方がない状況だ。
だというのに、マスクの男には悪びれた様子は見られない。
それどころか、興味深そうにやり取りがどう推移するかを見極めているようだった。
「どんな理由も何も、そこのフランデルクが盛大に自爆してただろ」
「せ、拙者でござるか!?」
「ああ。お前が仕えているっていうワイルとやらは、幻覚魔術のエキスパートらしいな? 俺も幻覚魔術には詳しいって訳じゃあねえが、さっきの部屋の隅に潜んでいたのも、妙な認識障害みたいなのも併せて、高度な幻覚魔術の使い手に違いない。ミスリル級冒険者の目も欺いていたくらいだからな」
「くっ……」
別に影治には責めるつもりはなかったのだろうが、マスク男が潜んでいたことに気付けず、忸怩たる思いを抱くアステリオス。
「つまり、あんたがワイルってことなんだろ?」
「うーーん、参った参った。ここまで完璧に見破られるとはな」
「なっ、その耳にその肌の色……ダークエルフ! ではエイジの言っていたことが正しかったということか!」
「ああん? 何言ってんだ? 肌の色はともかく、耳の形を見りゃあエルフかダークエルフかってのはすぐに分かんだろ」
「そうか、エイジは――」
今更ながらのダンフリーの反応に、影治が疑問をそのまま口にする。
その疑問に対してダンフリーが答えようとするが、その前に感心した様子のワイルの声が挟まる。
「なあるほど。つまりエイジには最初から今の姿に見えてたってことか」
「はぁ? どういうこった?」
今度は先ほどまでと違い、影治だけが状況を掴めていなかった。
そのことに気付いていたダンフリーは、先程影治に伝えようと思った言葉を改めて伝える。
「エイジ。彼は先ほど正体を明かすまで、我々からはこれといった特徴のないヒューマンの姿に見えていたのだ」
「……それも幻覚魔術か」
合点がいった影治は、すぐに話の食い違いの原因に気付く。
「そうそう。姿を偽る『偽身』でヒューマンの姿に変え、『路傍の石』でオレに対する興味を抱かないように仕向け、『実像齟齬』によって実際の位置とは離れた場所に自分の姿を映す。実に3つもの幻覚魔術を使用していた訳だけど、エイジからするとオレの姿はどのように映っていたんだ?」
「少なくとも、前者のふたつについては全く機能していなかったぜ。お前、どうせバレないとでも思ってたのか、話の途中に思いっきりハナクソほじくったりしてただろ。それを見て誰も反応しねえから疑問に思ってたんだよ」
「ゲッ! マジか。ハズイとこ見られちまったな……」
「ワイル様……」
「んな目で見んなよ。誰だってハナクソくらいほじるだろ! 大体お前の発言がヒントになっちまったみてえじゃねえか」
「それは……申し訳ないでござる」
事態は交渉の場にて、片方が敵対とみられてもおかしくない行動を取ったというのに、どこか間の抜けたような空気が漂っている。
それも幻覚魔術を看破した影治が殺気立っていないというのと、ワイルやフランデルクにも敵対の意志が見えないことが原因なのだろう。
「……まさかワイル殿が自ら交渉の場に臨まれるとは思いませんでしたが、もしやこれもこちらの力を量るためなのでしょうか?」
「いんや。正直あの隠形状態を見破られるとは思ってなかったわ。今まで誰にも見破られたことねーんだけど、エイジはどうやって気付いたんだ?」
「ふんっ、微かに漏れ出る気配を抑えきれてなかったぜ」
「ぬおおお……。マジ……か……」
影治の答えにショックを受けているワイルだが、実際に影治は気配で察知出来た訳ではなかった。
驚くべきことに、影治の知覚能力を持ってしても、最初は部屋の隅に隠れ潜んでいるワイルに気付けなかったのだ。
それと疑っていれば気付けた可能性もあったが、特に心当たりのない状態だったら気付かなかった可能性もあった。
だが影治は話をしていく内に、第六感のようなもので軽い違和感を感じ取る。
その違和感は、ハナクソをほじり始めた時点で確信へと変わり、そこで闘気を込めた心眼を発動させた。
これによって、ようやく部屋の隅に潜むワイルの存在に気付いたという訳だ。
「申し訳ありませぬ!」
部屋の隅から移動してきたワイルが、フランデルクの近くでショックを受けている中、びしゃりと誠意の込められた謝罪の言葉が響く。
その発言をしたのは、先程までダンフリーらと交渉していたフランデルクだ。
「この度の事、当方に悪意があった訳ではござらぬ。ワイル様は……その……自由奔放な性格をしておられまして、時折このような戯れをなさることがあるのでござる……」
そう続けるフランデルクの顔には、これまでの苦労が浮かんでいるようだった。
根が真面目なのか、未だに主であるワイルがフランクな態度を取る中、本当に申し訳なさそうに体を震わせている。
「……フランデルク殿の謝罪を受け入れよう。無論、今回の話の根幹であり、我々反帝国派と協力関係を結ぶという話が嘘でなければの話だが」
「ああ、それなら大丈夫だ。しっかりと過半数の同意を得てきたからな」
交渉の席での相手の失態に付け入るという選択肢もあったが、ダンフリーはそうはせず、話を元の方向へと引き戻す。
そこへショックが抜けたワイルが太鼓判を押した。
「っつうか、結局お前は何者なんだ? なんかお偉いさんにも顔が利くみてえだし、戦争でも活躍したとか言うし、いまいち立場が掴めねえ」
それは影治としては普通の問いかけのつもりだったのだが、この場にいる面子に限ってはそうではなかったらしい。
その発言をした影治に対し、一気に他の者達の視線が集まる。
「……エイジ殿は拙者たちの国、ヴォ―ギル共和国について、どの程度知っておられるのだろうか?」
「どの程度って……そんな詳しくはねえな。けどよお、この世界には帝国だとか王国だとかが多いってのに、共和国ってのは珍しいよな。議会政治でも行ってんのかあ?」
「エイジ殿の言うとおり、各種族から選出された評議員によって、国が運営されているでござる。しかし拙者が聞きたかったのはそういったことではなく……」
「エイジ、ヴォ―ギル共和国はここシャルネイア大陸では一番新しく、若い国だ」
「んん? それは以前どっかで聞いた事あるな」
望みの答えを得られなかったフランデルクに代わり、ダンフリーが説明を受け持つ。
フランデルクとしても、初対面の自分よりはいいだろうと、説明をダンフリーへと委ねる。
「そしてヴォーギル共和国は、元々ガンダルシア王国の一部だったのだ」
「えっ?」
「今からおよそ160年ほど前。後に国父とも呼ばれることになる、そちらのワイル殿を中心として、当時の王国西部が独立した結果生まれたのが、ヴォーギル共和国なのだ」




