第253話 自己紹介
「拙者はフランデルクと申す。ワイル様の名代として、此度のシドニア伯の申し出について検討するためこちらへと参った。バルベルト殿、こちらが例の御仁でござるか?」
「え、ええ、そうです。シドニア卿も仰っていたとおり、オークエンペラーともまともにやりあえる実力者です」
この場のホストは領主であるダンフリーのはずだが、フランデルクはバルベルトに確認を取る。
それに対し、バルベルトはチラチラ影治の様子を窺いながら問いに答えた。
「ふむ、それが真なれば実に頼もしきことだが……」
「エイジの実力に関しては私も太鼓判を押そう。そしてエイジは対帝国において、協力関係にある」
「なるほど。しかし話を聞くだけならば、拙者が態々出向くまでもないでござる。オークエンペラーとやりあったというその実力、試させてもらってもよろしいでござるか?」
そう言ってフランデルクが再び問いかけたのは、やはりダンフリーではなくバルベルトだった。
別段ダンフリーが軽視されているという訳ではなく、どうもこのフランデルクとバルベルトとの間でなにがしかの関係があるようだ。
そのことはダンフリーも承知しているようで、バルベルトを補佐するような立ち回りに回っている。
「エイジ……。突然で済まないけど、君の力を見せてもらえないだろうか?」
バルベルトとは領主の館に何度かお邪魔した際、数度会話したことはあったが、親しいというほどの関係性ではない。
それを本人も承知しているのか、申し訳なさそうな気持ちが態度に滲み出ている。
「待て待て。まだちゃんと紹介もしてもらってねえだろ。お前達はすでにウォームアップ出来てんのかもしんねえけど、俺はいきなりここに来いって言われて来ただけだぜ? 話の流れも見えてないし、そっちのフランデルクというのがどういった立場の奴なのかも聞いてねえ」
「そ、そうだったね。ええっと、カレンから聞いたんだけど、君たちはマセッティ領に赴いて同盟締結を取り付けてきたんだよね? 実は僕たちもそれより前に外交任務に出ていたんだ。アステリオスたちクレイジービーストを護衛に連れてね」
「シバスチャンからは、ヴォーギル共和国からの客人が来ているとだけは聞いていた。バルベルトが向かったのは国内の中立派の貴族ではなく、国外だったということか」
「そうなんだ。そこで向こうの議会にも同盟を結びたいという話を通してもらったんだけど、カレンみたいにすんなりと受け入れられなくて……ね」
「お兄様……」
大変な騒動に巻き込まれながらも、それを解決して同盟までもぎ取ってきたカレンと比べ、任務を果たせぬまま戻ってきたバルベルトは肩身が狭そうだ。
そんな兄の様子を見て、カレンがどんな顔していいか分からないといった表情を浮かべる。
「すんなりと受け入れられない……という割りに、ヴォーギルからの使者がこの場に訪れているということは、完全に交渉が失敗した訳でもねえんだろ?」
「それこそが先ほどの件に繋がるのでござる」
「ああん? どういうこった?」
影治の態度は、相手が貴族の使者であった場合、機嫌を損ねるようなものであったが、フランデルクには気に留めた様子はない。
もし相手がそのようなことを気にする相手だった場合、シバスチャンも影治をここまで案内してこなかっただろう。
「このガンダルシア王国の動きは、我らヴォーギル共和国にとっても他人事ではないのでござる。しかもことは王国だけに留まらず、その背景に帝国がいるとなれば尚のこと」
ガンダルシア王国は、ハベイシア帝国と比べると当然ながら亜人が多く暮らしている。
しかしヴォーギル共和国は更に多くの亜人……中でも妖魔が多く暮らしており、ヴォーギル国内に於ける割合は、人族と同じかそれ以上だ。
更には異人の数もガンダルシア王国より多く、亜人を排斥しているハベイシア帝国とは絶対に相容れることが出来ない。
とはいえ、ヴォーギル共和国とハベイシア帝国との間には、雄大なグロウスウェル山脈が横断しており、直接的に争うことはこれまでなかった。
だがそれも、ガンダルシア王国の今後の舵の執り方で如何様にも変わる。
このまま帝国派が国内を制圧してしまえば、そう遠くない内にハベイシア帝国を背景にしたガンダルシア王国が、ヴォーギル共和国へ攻め込むことになるだろう。
そのことを認識しているからこそ、中央議会はフランデルクを派遣した。
「王国と協調することに対し、議会でも大いに意見が割れたでござるが、背に腹は代えられぬということで、拙者が参った次第。しかし協調するにしても、相手の実力が伴わなければ共倒れは必至。一蓮托生という訳にもゆかぬ」
王国内の内乱を治め、帝国派を払拭出来たとしても、場合によってはなし崩し的に帝国との争いに発展する可能性もある。
そうなった場合、ある程度抵抗出来る戦力がないと、ヴォーギル共和国としても共倒れの危険性があるので、迂闊に返事を出せなかった。
「話を聞いた感じだと、国と国との話なんだろ? そこで俺が強さを見せることに何の意味があるんだ?」
「これは一般の兵士を軽んじている訳ではないでござるが、脅威度Ⅷ以上の魔物と渡り合える者。冒険者でいうところのミスリル級以上の力を持つ者は、ひとりいるだけでも戦場で大きな働きをすることが出来るでござる」
「……なるほど」
それまで大規模戦闘の経験がなかった影治だが、オーク襲撃ではそれなりの規模の戦いを経験している。
最初の内は簡易拠点で治癒魔術を使ってるだけだったが、それだけでもかなり戦術的には効果的だった。
ピー助の【光爆】もかなりの勝利に貢献していたし、確かに飛びぬけた実力者というのは戦場の趨勢を変えうる存在なのかもしれない。
「かつてのゴーレム戦争では、我が主君であるワイル様の幻覚魔術によって、敵軍に痛打を浴びせることにも成功しておりまする。エイジ殿は見たところ剣を使うようでござるが、ハイレベルの魔術を使える英雄であれば、場合によっては戦略レベルの不利すらも覆すほどの活躍も可能でござる」
「ふうん、幻覚魔術ねえ……」
そう言って影治は何もない部屋の隅に視線を送った。
しかしすぐに視線をフランデルクへと戻すと、率直に意見を述べる。
「正直、俺とシドニア卿とは協力関係にはあるが、どちらが上という関係ではない。指示を受けたとしても唯々諾々と従う訳ではないし、場合によっては指示に逆らって好き勝手動き回ることもある。このことは、シドニア卿にも了承してもらっている点だ」
「ほう……」
話が違うのではないか? とは口に出さなかったが、フランデルクは一瞬険しい視線をバルベルトへ送る。
「俺としてはただ帝国を……聖光教とかいう邪神の信奉者共を、根絶やしにしたいだけだ。シドニア卿とはその辺りの目的が一致している所があるので、協力関係を結んでいるに過ぎない」
「エイジ……」
この影治の発言を聞き、悲しそうな顔を浮かべるカレン。
影治が帝国や聖光教に対して憎悪を抱いていることは、ダンフリーから聞いていた。
しかし、このような場面でハッキリと言いきられてしまうと、自分との関係もただ影治自身の目的のだめだけだったのか? と悲しい気持ちが沸き起こってしまう。
「……とはいえだ。なんだかんだでしばらくこの街で暮らしてきて、今ではそれなりにこの街や街の住人に思い入れも出来た。余興で強さを見せるくらいなら受けよう」
「ありがとう……エイジ」
ふぅぅっっと息を吐きながら、礼を述べるバルベルト。
今の影治にとってこのピュアストールの街は、この世界に於ける最初の安住の地となっている。
ダンジョンに出かけて街に滞在していない期間も多かったりするが、それでも街の門を潜る際に帰ってきたなと感じるくらいには、ここでの暮らしに馴染んでいた。
「どうやら話はまとまったようでござるな。それでは、シドニア卿。早速でござるが、どこか広い場所まで案内してもらえぬか?」
「それならば訓練場がいいだろう。シバスチャン、案内を頼む」
「承知致しました。それでは皆様方、どうぞ私めの後にお続きください」
話が纏まり、室内にいた者達が動き始める……その機先を制するように、影治が待ったを掛ける。
「おいおい、ちょっと待ってくれ」
「どうされた? エイジ殿」
「どうされた? じゃねえぜ。まだ自己紹介の途中だったろうが」
「……はて? なんのことでござるか?」
話が次の段階に進んだと思った所での待ったの声に、ダンフリーやバルベルトは戸惑いを隠せない。
彼らの中では、自己紹介は既に済ませたという認識だったからだ。
しかし色々と話が変わる中で、結局自己紹介を出来ていない者がいることを、影治はずっと気にしていた。
「フランデルク、あんたの身分や立場。それから種族についても気になるとこだけどよお。それよりも、さっきからひとっ言も会話に加わっていない、そこのマスク男の紹介がまだだぜ」
影治の指摘によって、マスク男への注目が集まる。
この男こそが昨日すれ違った時から気になっていた、和風の服装をしたエルフらしき人物だ。
「…………」
しかし彼は影治から指摘されてもなお、口を開こうとはしない。
そんな頑なな態度のマスク男に代わり口を開いたのは、微かに動揺を瞳に浮かべたフランデルクだった。




