第245話 盗賊の腕輪
「バコォォォッ!?」
「きゃ、ちょ、ちょっと……」
「ぴぃーー!」
影治が収納系魔導具の話をした直後、思いっきり蓋を開けて驚きを表現するチェス。
突然のことに、蓋の上に座っていたティアとピー助が慌てて飛びのく。
チェスはその後何度も蓋をバコッバコッと開閉させており、これまでにないほどの動揺に襲われていることが窺える。
「だ、大丈夫だ、落ち着けチェス。別にお前がいらなくなった訳じゃねえから……な?」
ティアに続き、アイデンティティーが崩壊しそうになったチェスは、小声でささやく影治の言葉を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻し始める。
「あの……、大丈夫ですか? 急にそちらの……蓋が開いたり閉じたりしてましたが……」
「ああ、大丈夫大丈夫。それより、収納系の魔導具はどうだ?」
すでにシリアもリュシェルもチェスが収納能力を持つことを知っているが、今は人前でもあるので、誤魔化しつつ再度先ほどの質問を尋ねる。
「ちょうど先日仕入れた品がございますよ。盗賊の腕輪という、腕輪の形状をした魔導具でして、小さな部屋くらいの容量があります」
「小さな部屋……。確認するが、それは迷宮遺物か?」
「ああ、それを伝え忘れておりましたね。収納系の魔導具を作れる付与魔術師など、ほぼいないと思いますけど、絶対にないとは言い切れません。仕入れました盗賊の腕輪は迷宮遺物になります」
同じ効果の魔導具でも、付与魔術などによって作られた使用回数に制限があるものと、回数制限のない迷宮遺物とでは、当然のことながら大きく価格が異なる。
ただ収納系の魔導具に関しては、グルガンの言うようにまず作れる付与魔術師が存在していない。
付与魔術の使い手自体もそれなりにレアなのだが、空間魔術はそれ以上にレアであり、なおかつ熟練度を磨くのが難しいと言われている。
その両方を備え持つ、収納の魔導具を作れる魔術師など、何千万人にひとり……あるいはそれ以上に希少な存在だ。
「それでその盗賊の腕輪とやらは幾らなんだ?」
「600万ダンでございます」
「シリア、リュシェル」
値段を聞いた影治は、シリアとリュシェルに呼びかける。
その意図を察した二人は、それぞれの意見を口にした。
「まあ、小部屋サイズにしては少し高い気もするけど、相場の範囲内じゃない?」
「迷宮遺物というのは、欲しいと思った性能の物が手に入る訳ではありません。ですので、余程ふっかけられたのでなければ、欲しいと思った時に買うのがよろしいかと」
シリアが値段についての基準を。
そしてリュシェルは迷宮遺物を求める際のアドバイスのようなものを送る。
それを聞いて影治は即断した。
「じゃあそいつももらおう。全部で645万ダンだな?」
今回の報酬としてもらったお金には、影治が初めて手にすることとなったミスリル貨も含まれていた。
これ1枚で10万ダンもの価値がある貨幣であり、貨幣としては一番価値が高い。
1枚1枚が特殊な魔導具によって作られているミスリル貨は、ミスリルという金属の価値だけでなく、偽造がほぼ無理という点でも信用が高いのが特徴だ。
「お買い上げありがとうございます。ただいま品物を揃えて参りますので、カウンターにてお待ちください」
遮音の香炉などは店内の奥の方の魔導具売り場に並んでいたが、盗賊の腕輪は店の奥にあるのだろう。
カウンターでやりとりを見ていた店員に声を掛けると、グルガンはその他の小物を手に取っていく。
そしてカウンターで支払いを済ませた影治は、早速盗賊の腕輪を身に着けてから、購入したばかりの香炉や虫避けを収納する。
「――うん、良い感じだ」
収納容量的にはチェスの方が優れているし、頼めばチェス本人が言われたものを出してくれるのだが、チェスが傍にいなくてもすぐに手元に出せる利点は大きい。
お金やいざという時の保存食など、収納しておきたいものは色々とあった。
「エイジにはそういった物の方が良さそうね。付与出来る魔術って、術者の力量的にクラスⅥまでが精一杯だから、エイジなら自分でその魔術を使えばいいんだし」
盗賊の腕輪に購入したものを収納している様子を見て、シリアが感想を漏らす。
雷魔術と氷魔術は全然練習していないし、闇魔術もクラスⅢで止まっているが、影治は基本8属性の魔術を全てつかうことが出来る。
グルガンから魔導具の説明を受けている時も、自分でも使えるような効果の魔導具が多かったので、内心ではこんなものかとがっかりしていた。
魔具師となると話はまた別なのだが、付与魔術師は自分の使用可能な魔術しか付与出来ないので、特殊属性の魔術の魔導具というのは少ない。
だからこそ、結界魔術と音魔術を使えるらしいヴァンの作品には、大分興味を惹かれている。
今回影治が購入した魔導具も、盗賊の腕輪以外は全てヴァンによる作品だ。
「ねえ、エイジ。あたしも買いたいものがあるんだけど……」
影治の買い物を済ませたあと、私もちょっと見て来ると言って魔導具コーナーに向かうシリアを見送っていると、ティアがおずおずとした調子で話し掛ける。
結局ティアにとって有効そうな魔導具は売っておらず、このまま何も買わないまま終わるかと思っていた影治は、意外そうに尋ね返す。
「ん? 何を買うつもりなんだ? お前が使えそうなので良さそうなのってあったか?」
「ううん。魔導具じゃなくって、入口近くに売ってたマジックポーションや魔晶石が欲しいのよ」
魔晶石とは内部に無属性の魔力が込められた石のことで、魔術を発動する際に体内にその魔力を取り込むことで、魔力を肩代わりすることが出来る。
錬金魔術で作成できる他、天然物やダンジョンで手に入れることも可能だ。
「そりゃあ別にお前の金で買うんだから、好きにすりゃあいいと思うぞ。買ったもんはチェスに収納しておけばいいし」
ティアもしっかりと登録済の冒険者であり、これまでの分と今回の分も合わせて、初心者冒険者が羨むほどの稼ぎをあげている。
しかも衣食住は影治が用意しているので、普段お金を使うこともなく貯金は増えていく一方だ。
「じゃあ、買えるだけ買っちゃって。お願い!」
「へいへい」
ティアの頼みに疑問を挟むことなく、影治は言われたとおりにマジックポーションと魔晶石を購入する。
そしてカウンターで購入手続きをしていると、近くに控えていたリュシェルが口を挟む。
それも話しかけたのは影治やティアではなく、店主であるグルガンの方だ。
「この辺の品って、もしかして私が納品したものですか?」
「ええ、そうですね。今回ティアさんが購入された物の半分くらいは、リュシェルさんから買い取ったものです」
「えっ! これってリュシェルが作ったの!?」
「みたいですね。錬金魔術の訓練と、お金稼ぎを兼ねて時折ポーションなんかを作ってたんですよ」
「へぇ。そういやリュシェルは錬金魔術が使えたんだったな」
「エイジ様でしたら、きっとすぐに錬金魔術も修得出来ますよ!」
相変わらずリュシェルの信奉っぷりに、思わず影治は苦笑する。
一方ティアは真剣な眼差しでリュシェルに尋ねた。
「じゃあこれってもっと沢山作れたりするの?」
「そうですねえ。付与魔術ほどではないと聞きますが、錬金魔術もそれなりに魔力を消費するので、大量に作るのは厳しいですね。そもそも、素材が沢山必要になりますからね」
マジックポーションの方はまだしも、魔晶石の方はそれなりに希少な素材も使うので、余計大量生産は出来ない。
リュシェルの答えを聞いて、ティアは少し落ち込んだ様子を見せる。
「なんだ。そんなにマジックポーションが欲しいのか?」
「うん……。もっと魔術の練習したいなって思ってさ」
妖精というのは元々種族的に魔力量が多く、魔術師向けの種族だ。
しかしその恵まれた特性も、それが普通だと認識すると、努力するという気概を損なうことがある。
無論、自分達の生命を守る為にも魔術の訓練は行ったりするが、攻撃魔術を自分自身に向けて撃ちまくる影治のように、形振り構わないような荒行をする者はいない。
しかしティアはそのままではマズイと、ここ最近思い知った。
マジックポーションや魔晶石を買い求めたのも、ティアの覚悟の現れだ。
「お、そうか! じゃあ今度俺と一緒に魔術の打ち合い訓練だな!」
嬉しそうに言う影治は、そんなティアの覚悟をしっかりとは理解していない。
だがティアがやる気になったことは喜んでいるようで、口調は明るかった。
「それじゃあ、早速宿に帰って訓練しようぜ」
「え、あ、うん。あたしはいいけど、シリアはどーすんの?」
シリアはカウンターでの話が耳に入っていないのか、真剣な表情をしながら店内に陳列された魔導具を眺めていた。
「一応声は掛けるけど、あの様子だと気付かないかもしれねえな」
「あ、お帰りになられるのでしたら、その前に少し試していただきたいことがあるのですが……」
最後にシリアに声を掛け、宿へ帰ろうとしていた影治。
そこへ待ったをかけたのは、店主のグルガンだった。




