第25話 捕縛
「なっ、おい!?」
突然の村人からの殴る蹴るの暴行に、さしもの影治も村人の異様さに気付く。
『――――ッ!!』
村人たちは目を血走らせて何かを叫びながら、見た目的にはまだ子供の影治にも容赦なく殴りかかってくる。
この世界の住人の力の平均などは分からないが、表情などからして一切加減をしていないことが分かる。
「ちっ、こいつぁどうしたもんかな」
大の大人から寄ってかかって暴行を受けているというのに、影治にはまだ余裕があった。
いざとなればこの程度の相手ならまとめてどうにでも出来るという自信。
これはゴブリン村での集団戦の経験で、ほぼ確信していることだった。
そして次に、四之宮流古武術の中の受けの技術を上手く利用している点。
これは簡単に言えば、打撃などの衝撃を呼吸やリラックスによって散らすというもので、痛みそのものはあるが実際にこの技術で身体へのダメージを減らすことも出来る。
恐らく殴っている側も、殴った時の感触がまるで柔らかい物でも殴ったかのように感じていることだろう。
(だが、それにしてもこの感覚は少しおかしいな)
前世でも武術をやっていた経験から、影治は人から殴られるといった経験は散々積んでいる。
その時の感覚と比べると、どうもダメージが少ないように感じているのだ。
(これはファンタジーな世界らしく、最大HPが上がったりとか守備力が上がっていたりとか、そういう感じか? 明らかにこの物理的ダメージの少なさはおかしい。いや、待てよ? そういうことか?)
自分の今の状態について考えていた影治は、最初に転生後にゴブリンと戦った時のことを思い出す。
今ではその強さにも慣れたが、最初の頃は前世のゴブリンより強くなったことに驚きを感じていた。
特にタフさに関しては明らかに異様であり、特徴的だったことからよく覚えている。
『――――ッ?』
『―――』
村人たちにボッコボコにされながらも内心でそんなことを考えていると、ふと暴行の手が止まり、村人の一人が縄のようなものを持ち出して影治へと近づく。
そして後ろ手に手首を縄で締め上げ、ついでに口も縄で巻いて喋れないように縛ると、そのまま引きずるようにして影治をどこかへと連行させ始める。
(何だ何だあ? なんかこのまま生贄の儀式にされたり、磔にされて石でも投げられかねん雰囲気だな)
冷静になった頭で周囲を見回してみると、村人たちからの殺意の視線がきつく向けられていることにようやく影治は気付いた。
ただそこには殺意だけでなく、害獣を見るような忌々しそうな視線から、人を見下すような視線を送る者まで、負の感情にも幾つかの種類があることを影治は感じ取っている。
(確かにこの世界の常識は何も知らねえが、出合頭にここまでされる覚えはねえぞクソがああ! 回復魔術がなければとっくに手を出していた所だぜ)
影治が終始余裕を見せていた大きな要因は、やはり回復魔術の存在だった。
例え口を塞がれていたとしても、意識さえある状態なら呪文などを発さずに魔術を行使することが出来る。
久々に会えた生の人間にこのような仕打ちを受け、内心で悪態をつきまくる影治。
あれだけ蹴る殴りされた割りには内臓も無事なのか、血を吐いたり体の部位のどこかから出血することもなかった。
ただ全身から発する鈍い痛みが影治を襲っており、ついつい顔が苦痛に歪んでしまう。
しかし今は様子見に専念し、回復魔術はまだ使用しない。
影治にとってここの村人は、「会いたかった自分以外の人間」から「いつか仕返ししてやる人間」に変更されている。
それから少しだけ歩かされ、辿り着いたのは小さな倉庫みたいな建物だ。
入口にドアもなく、なんとなくのイメージとしては日本の交番のようだと影治は思った。
そして相変わらず何を言っているか分からない言葉を、それでも暴言だと分かるような物言いで言われながら、建物の中へ押し込まれる。
建物の中は大きく二つに区切られており、手前と奥とに別れていた。
手前側には小さな椅子とテーブルが置かれているが、奥側には素焼きの壺がひとつ置かれているだけで、まるっきり家具らしきものが置かれていない部屋だ。
そして何より特徴的なのが、手前と奥を区切る木で出来た格子。
(ちっ、座敷牢かよ。いや、座敷すら敷かれてねえけど)
まさしくそこは罪人を閉じ込めておくための場所らしかった。
そして中には既に影治より先にぶちこまれた先住民がいる。
この狭い牢の中でふたりきりに押し込められた後は、見張りも残さずに村人は建物を出ていった。
ここは村の広場らしい所からすぐの場所にあるので、どうにかここを抜け出したとしてすぐに誰かしらの人目につく。
そのせいか警戒も緩いのだろう。
確かにこの牢は木製ではあるが、子供の力でどうこう出来そうにはないし、格子の隙間を潜り抜けるのも出来そうにないので、警戒も緩んでいるのだろう。
「ふぁいっふぁね、ふぉへは」
そして影治は未だに手首と口に縄を撒かれたままで、まともに話すことも出来ない状態だ。
なお持ってきていたラタンのバスケットは、取り上げられてしまっている。
素人が作ったものではあるが、それなりに道具として使えないこともないので捨てずに村人がそのまま使うのかもしれない。
「…………」
少しの間芋虫のように地面をはいずり回っていた影治は、ジッと自分を見つめる視線に気づく。
それは村人たちから向けられたものとも違う、無関心一歩手前の「なんだコイツは?」程度のものだった。
建物の奥の部分は窓もなく光が届きにくいので大分薄暗い。
しかしそれでも目で分かる特徴がその先住民にはあった。
それは耳と尻尾だ。
「ふぁ!? |ふぉしふぁしてひゅーひん《もしかして獣人》?」
ここに来て異世界らしさを感じさせてくれる相手に、影治は体の痛みも忘れて興奮してしまう。
この獣人は見た目的にまだ幼い、茶髪の少女だった。
大分痩せこけているが、恐らくは12歳くらいだろう。犬のような耳と尾を持っている。
だが影治の興奮も、少女の体を見ると一気に冷めてしまった。
何故なら、少女の体には無数の痣が残されていたからだ。
「ふぁいふら……、|ふぉんなふょーふょにふぁれ《こんな少女にまで》!」
それは少女に尋ねるまでもなく、誰がやったことなのか影治は即座に理解した。
ついさっき自分も同じ目に遇っていたからだ。
どうやらこの村の住人は、幼い子供だろうが少女だろうが気にしないらしい。
(ホントろくでもねえ連中だな。言葉も通じないみたいだし、最初裸一貫で放り出されるし、魔術がなければこの世界って大分ハードモードじゃねえか?)
影治は30年以上もの無人島生活の下地があったが、その経験がなかった場合、魔術でも使えないと現代人が上手いことこの世界でやっていける気がしない。
「ひょひ! ひめひゃ!」
せっかく見つけた人里ではあるが、村人がこの調子では長居する意味はない。
今は一旦下がることを影治は決意する。
だが脱出するにしても、真昼間からだと目立つので実行するなら夜暗くなってからだ。
とりあえずヒールでケガだけを治療した影治は、大人しく縛られたまま夜になるのを待つ。
ついでに影治は少女にもヒールを掛ける。
痣が消えれば不審に思われるかもしれないが、少女は牢の奥の方にいるので外からでは気付きにくい。
実際1度だけ村人が見回りにきたが、少女の痣が治っていることに気付いた様子はない。
影治の方も早まって縄を切ったりしてなかったので、不審に思われてはいないだろう。
そして夜になり、元々薄暗いこの部屋が更に真っ暗になった頃。
この不自由な状態をどうにかしないといけないと、影治は行動を開始する。
まず影治はウィンドカッターの魔術を器用に使い、後ろ手に結ばれていた縄を断ち切ると、今度は口元に結ばれた縄をほどき始めた。




