第24話 村発見
「この異世界がもう文明が存在していない世界だとかならともかく、川を下っていけば人の暮らす集落も見つかるだろ」
そんな曖昧な感じで川へと向かった影治は、小さな川を川下へと下っていく。
現在いる辺りは、スタート地点から数日川を下った位置にあるのだが、その間に川の大きさは大きく変化していない。
今回持ち出してきたのは、ラタンのバスケットのみ。
初期装備のナイフは今回は置いていくことにした。何故なら魔術である程度応用も利くようになったからだ。
遠出するにしては荷物が少ないが、そもそも荷物というものが殆ど存在しないのでそれも当然だ。
この荷物を持って、とりあえず5日程は川を下ってみようと影治は思っている。
「食料が現地で調達できるのはいいな」
この森は食べられる植物がそれなりに生えているし、肉をドロップする動物系の魔物。それから魔物ではない普通の動物。
今は率先して食べるつもりもないが、昆虫食という手段もある。
水も今の影治なら川がなくても自前で出せるし、魔術を使えば即席の寝床を確保できるので、転生当初のように木の上で寝る必要もない。
思いのほか快適な探索は、4日ほど続いた。
「ううん……。まだ4日目とはいえ、こんだけ人に出会えないとこの世界には俺だけしかいないのかと思えてくるな」
生きるのに必死な状態ならともかく、衣食住が確保できると他のことを考える余裕も生まれてくる。
その時にふと周りを見渡せば、他には誰も住んでいない住居に気付く。
自分以外誰もいない孤独な生活というのは、人にとってはかなりの苦痛となるだろう。
影治は無人島での生活を30年以上続けてはいたが、その時の名残ですっかり独り言が増えてしまっている。
むしろ一人で30年暮らしてその程度か? という後遺症ではあるが、そんな影治でも人がいるかもしれないとなれば探したいと思っていた。
「とりあえずここまでの探索で判明したのは、川を下るにつれて魔物が少なくなること。特にゴブリンをほとんど見かけなくなってきているな。これは近くに人の暮らす場所があるからじゃないかと思うんだが……」
そもそもこの世界の魔物の生息域の知識もないので、全ては影治の推測に過ぎない。
だがその推測は間違っていなかったようだ。
川を下りつつ時折ライジングアースで足元を盛って、高所から人の暮らしている痕跡を探したりしていた影治は、遂にそれらしき痕跡を発見する。
「あれは山火事……という訳でもなさそうだな。集落……もしくは人が焚火でもしてるに違いない!」
痕跡を発見した影治は、自分でも気づかない内に大きな声を上げていた。
自覚症状はあまりなかったが、やはり長年の孤独生活は影治を蝕んでいたらしい。
なんせ前世でも最後にはせっかく無人島から本土へと30年振りに戻ったというのに、そこに待ち受けていたのは人のいない崩壊した世界だったのだ。
その時も影治は表向きではへこんだ様子を見せていない。
30年以上もの無人島生活の中で、或いはそうかもしれないと薄々予想していた事だったからだ。
それでも知らずしらずのうちに、長年の孤独生活は本人も気付かぬトラウマになっていた。
テンション爆上がりの影治は、早速煙の上がっていた方角へと走っていく。
川から離れると目印を失ってしまいそうだが、方向感覚で困った経験がない影治は、気にせず真っすぐに目的の場所へと突き進む。
「おっ! 森の切れ目が見えてきたぞ」
イメージとしてエルフなんかなら森の中にそのまま住んでいてもおかしくないが、人が集団で暮らすならやはり開けた土地の方がいいだろう。
ますます期待に胸が高まっていた影治は、ついに明らかな人工物を発見するに至る。
「おおおお! 畑だ……」
まさか畑を見てそこまで感動するとは、影治も自分で自分のことを意外に思う程だった。
思わず自然と体が震え、農作業をしてる人がいないか探す。
だがその畑には今は人がいないようで、影治は更に先へと進んでみることにした。
すると、5分もしないうちに遂にそれが見えてくる。
「家だ! 家があるぞ! それもたくさんだ! イエーイイエーイ!」
家が沢山立ち並んでいる場所。
そしてそこまで大規模でもなく、畑を持っていたりすること。
人、つまりそれを村と呼ぶ。
妙な興奮が体の中から湧き起こり、しばらくイエーイエーイ! と謎のダンスを取り続ける影治。
もし近くの畑に人がいたら、不審者として警戒されていたことだろう。
しばしその場で奇行を続けた影治は、時間の経過と共に多少気持ちが落ち着いてくる。
「よし! あの時は集落発見かと思ったらゴブリン村でしたってオチだったが、今回のは間違いないぞ!」
村の規模はそれほど大きくないようで、魔物が蔓延るような世界だというのに柵で囲ったりもしていないようだ。
確かにこの辺までくるとゴブリンはほとんど見かけない。
それに農民が大半だと思われるが、これだけの人の集団のいる場所に数体程度のゴブリンが攻め寄せるということもあまり考えにくい。
人が群れるのは、そもそも外敵から身を守る為でもあるのだ。
そして最初に見た煙は、やはりこの村から発せられていたものだったらしい。
食事時なのか、村にある家の何軒かから煙が立ち上っている。
それを意識すると、途端に影治の腹も空腹を訴えてきゅるる~と可愛い音を鳴らす。
「そうだ……飯だ! いまんとこ対価で渡せるもんはないが、人里に着いたならようやく人間らしいものが食える!」
ここで影治が言う人間らしいとは、つまり調理され味付けされた食事のことだ。
もちろん影治も、そこまで豪勢な食事は最初から期待しちゃいない。
村の様子を見た感じだと、まるっきり中世以下の発展度合いに見えるので、ろくな食事を取っていないかもしれないことだって予想はしている。
それでも、恐らく人がこのような社会を築いて生活しているなら、アレはあるだろうと影治は睨んでいる。
人が生きていくのに必要なもの……つまりは塩だ。
塩さえあれば味気ない焼肉も少しはマシになるし、干し肉などを作るにも塩は必要だ。
「島で暮らしてた時は、塩は自分で作ってたんだがなあ。森の中だと塩が確保できん」
段々と思考が人里を発見した喜びから、食欲の方へと転化していく影治。
すでに村へは大分近づいており、幾人かの村人の姿も確認している。
大抵の者が襤褸を纏っており、中には影治と同じと思われるゴブ布っぽい素材の服を着ている村人もいた。
「おー、なんか親近感がわくぜえ」
やはり昔の農村なんてこんなもんなのかな? などと思いながら進んでいく影治に、村人からの好奇の視線が突き刺さる。
……いや、それは実際には好奇な視線とは違っていた。
だが浮かれていた影治はそのことに気付かず、そのまま村の中心部へと歩いていく。
「なんだなんだあ? 旅人は珍しいってかあ?」
影治の見た目は子供――中学生なりたてくらいの少年であり、この姿を見て旅人と思う者は異世界の住人でもあまりいないだろう。
だがそんなこと関係なく、謎の子供だろうが旅人だろうが村人たちが影治へ向ける表情には険が混じっていた。
しかし悲しいことに、何十年か振りに人を見た影治はそのことに気付いていない。
「いよう、どうもどうも。皆してお出迎え? やっぱこんな寂れた村だと訪れる人も――」
何気に失礼な物言いをしながら村人に話しかける影治。
気付けばぐるりと周囲を村人に囲まれており、それを影治は歓迎しているのだと呑気に捉えていた。
ガツンッ!
しかし歓迎の挨拶代わりに影治に送られたのは、村人たちからの蹴る殴るなどの暴行であった。