第23話 クマザサ茶
「うむ、こんな感じでいいだろ」
ゴブリン集落から帰ってきた影治は、これまで焼き溜めていた瓦の設置作業に入った。
以前影治が見た動画では、大の大人でも手が届かない高さに登るために専用のハシゴを作って屋根に瓦を設置していたが、影治にはその必要もない。
背丈は子供ほどしかないが、影治には魔術があるのだ。
ライジングアースやムーブソイルなどで足元から地面を持ち上げれば、望む高さまで自分を運ぶことが出来る。
そうして屋根部分の基礎に瓦を並べていき、屋根だけの建物が2つ完成する。
片方が最初に作った窯の場所で、もう一つが調理用の竈を作った場所だ。
ここから壁を作っていけばそのまま家にも出来るのだが、すでに影治のマイホームは洞窟内の部屋にあるので、そこまでは作りこまない。
あくまで雨天時に火が消えないように作業出来ればいいのだ。
「いやあ、こうしてみると達成感があるなあ」
屋根付き建物が2軒並んでいるのを見て、満足そうに頷く影治。
どちらも広さ的には6畳以上はあるので、影治一人なら横になっても余裕で収まる。
しかし今は横になってごろごろしてる時間はない。
「作業場も整ってきたし、丁度いいからここで作業をするか」
洞窟内の部屋もライトスフィアの魔術で明るく照らせはするが、やはり窓もない空間はどこか閉塞感を覚える。
それにアースダンスで固めてはあるが、地揺れなどで洞窟が崩落したらという不安は常に付き纏う。
「針はすでに作ってあるし、今回でゴブ布とゴブ糸もそれなりの量手に入った。布の状態から服を作ったのは1度しかないが、まあ今回のはパッチワークみたいなもんだ。とりあえずそれっぽくなりゃあいい」
ゴブ布の大きさはサイズがバラバラなのだが、大体ハンカチくらいの大きさがある。
それが数十枚に、元々洞窟内にあった骨を加工して作った針。
いちいち型紙なんかを作れる状況でもないし、そもそもまとまった大きさの布もないので、影治は大まかに完成図を頭に浮かべながらゴブ布を縫い合わせていく。
「ぬう……。別にこういった作業が出来ないって訳でもないんだが、地味な作業を続けるのはだりいなあ」
これまでの魔術の練習も傍から見れば地味だったが、影治にも好みというものがあるらしい。
なんだかんだでチマチマとした作業をするよりは、暴れまわったりする方が好みだった。
「はぁ。まあ今日はもう遅いから、明日以降も続きをやっていこう」
この日はゴブリン村襲撃と、屋根に瓦を積む作業で大分時間を取っていたので、裁縫作業はほんの少ししか出来ていない。
続きは明日以降にして、この日はここで作業を中断した。
「……まあ雨漏りチェックには丁度いいか」
次の日は朝から生憎の雨だった。
今のところ熱帯地方特有のスコールのような現象は確認出来ていないが、このような森が育まれているのだからそれなりに雨も降るのだろう。
影治は先日組み上げたばかりの建物まで赴き、雨漏りしていないかをチェックしていく。
「うん、問題なさそうだな。だがそれとは別に……」
瓦の置き方にも気を使っていたので、雨漏りしているような箇所は見当たらなかった。
しかし、影治は一つ問題に気付く。
それは風で横殴りにされた雨が、建物の外側から入り込んできている事だ。
「別にこのままでも窯や竈を雨から守るって役目は果たせているんだが、どうせなら壁も作るか?」
といっても、本格的に作るつもりはない。
家の基礎構造は既に出来上がっているので、後は外側にクリエイトソイルで土壁を盛っていき、一面を張り終えたらアースダンスで固める。
肩の高さの位置当たりには、外側に出っ張るようにした雨よけを付けた窓も付け、上部には建物内で出た煙を逃がすための換気口も確保しておく。
突貫工事ではあったが、壁が出来たことで一気に家らしさは増す。
といっても、4面全部を壁で囲うのではなくコの字型に一面だけは壁を張らずにおく。
自然の明かりの確保のためと、出入りしやすくするためだ。
「ふう、なんだかんだでこの作業で午前一杯使ってしまった。午後からはじみーーな作業に戻らんとな」
気乗りがしない様子で自分に言い聞かせるように独り言を呟く影治。
だがその前に英気を養うべく、昼食のための料理を作る。
といっても、塩すらない状況では基本的に素材のまま食うか、焼いて食うか。
今は竈と鍋も作ったので煮るという手段も新たに加わっている。
森の中でクマザサっぽい植物を発見していた影治は、それを幾つか採取していた。
採取したのはまだ新しい葉の部分で、それを水で洗った後にリムーブモイスチャーで乾燥させる。
それから鍋で炒った後に、水を加えて弱火で煮出す。
出来上がったものを鍋などと一緒に作った湯飲みに注げば、クマザサ茶の完成だ。
「はあぁぁぁ……。素朴な味だが染みるねえ」
本日の昼食は天然赤枝豆に、ウサギ肉とイノシシ肉のダブル焼肉だ。
ウサギ肉の方はそこまででもないが、イノシシ肉の方にはそれなりに油の部分も含まれていたので、クマザサ茶が良い感じで口の中を洗い流してくれる。
煎る段階で焦がしちゃったりすると苦くなってしまうのだが、丁度いい塩梅で煎ってあるので爽やかな森の風味がする。
なんとなくだが枯れ草のような味がすると影治は思っていた。
このクマザサ茶は前世でもよく作って飲んでいたので、自分好みの作り方も熟知している。
肉体は別物に生まれ変わってしまったが、味の感じ方は変わっていないようで、久々に作ったクマザサ茶は影治の満足のいくものに仕上がっていた。
その味は、前世で飲んだものと比べてもそう違いはない。
昼食を終えた影治は、午後から裁縫作業に取り掛かる。
ザーザーと雨が降りしきる中、ただひたすらにゴブ布にゴブ糸を通していく。
前回の雨の日同様に、振る時はそれなりの雨量が振るらしい。
明けた次の日には雨は上がっていたが、周囲に張り巡らせた堀にはそれなりに水が溜まっていた。
「……まだ余裕はあるけど、堀に溜まった水の逃げ道をちゃんと作っておいた方がいいな」
そう思い立った影治は、次の日も午前一杯を使って堀から通じるため池のようなものを作ったり、拠点周辺の整備の作業に時間を費やす。
どうも裁縫作業を無意識的に避けているのか、他にちょっとでもやる作業を見つけるとついそちらに集中してしまうようだ。
「なかなか進まねえなあ……」
ぶつくさと呟きながらも、午後からは昨日同様に裁縫作業に。
結局この日にも衣服は完成せず、仕上がったのは更に翌日。
流石に集中してやろうと意識して、一日中作業をして完成した。
出来上がったのは薄汚れたシャツとズボンの上下だ。
貫頭衣のような上下一体型にすればもう少し楽に作れたのだろうが、無駄にこだわってしまったために完成に時間がかかってしまった。
上下共に手首足首まで覆っているので、森の中をうろつき回る時に簡単な防御壁にはなってくれるだろう。
これで当初の目的だった、基礎的な衣食住はある程度揃ってきたと言える。
「となれば、そろそろ能動的に動いてもいいか」
そう判断した影治は、まずは川へと向かって歩いていった。