第22話 ゴブリン村殺人事件
無人となったゴブリン村で、ゴブリンのドロップを回収していく影治。
一応戦いながらも多少は状況が目に入っていたので知ってはいたが、大物はほとんどなく大部分がゴブ布であり、他に少量のゴブ糸やゴブ矢が出た位だった。
唯一道具的なドロップといえば、1本だけ石で出来た包丁がドロップしている。
それを回収した影治が独り言ちる。
「はあぁ……。あんだけやったのにレアドロはこれだけかぁ。てか、矢だけドロップされても弓がねえからなあ」
ゴブリンの中には弓持ちの個体もいたので、恐らくそいつがドロップした矢だろう。
1本だけでなく、5本セットでドロップするのは良心的といえるのだろうか。
しかしゲームだけ買って、ゲーム機本体がない状態なので現状では使えないアイテムだ。
ちなみに回収の方はラタンで編んだバスケットを持ち歩いているので、それに詰めて回収していた。
思いのほか屋根づくりの際にラタンを消費しなかったので、余りものでせっせと作っていたものだ。
森の中で豆や果物などを採取する時にも活躍している。
「ドロップの回収はこんなとこか。一応建物の中もチェックしていこう」
ゴブリンの数は60体近くいた割に、建物の数は10にも満たない。
1つの建物がそれほど大きい訳でもないので、ぎゅうぎゅうに詰めない限り建物内には納まらない計算になる。
「なんっか殺風景だな」
建物の中は家具らしきものも一切見当たらず、食べ物を食い散らかしたような跡さえ残っていない。
排泄物なども一切ないのはいいが、更に廃墟感は高まる。
まるで建物のガワだけ作ったかのような、生活感のない建物ばかりが続く。
だが最後に入った建物だけは違っていた。
「……なんだこれは」
その建物には死体が転がっていた。それも2体。
といっても人間の死体ではなく、ゴブリンの死体だ。
「なんでこいつらは消えて無くならねえんだ?」
死体を見た驚きはあったものの、まず最初に影治が思ったのはその点だった。
目の前に転がっているゴブリンの死体は死後何日か経過しているようで、腐臭が漂っている。
ただしまだそれほど臭いが強くないので、そこまで古い死体でもなさそうだ。
死体には切り傷や打撲跡があちこちにあり、恐らくは武器を持った何者か……それも傷痕から見て複数の相手から暴行されたのが死因だろう。
「殺った相手として真っ先に浮かぶのが、さっきまでここにいたゴブリン共なんだが……」
この村にいたゴブリン達が持っていた武器ならば、このような跡を残して殺したことにも納得できる。
「ってことは仲間割れ……か?」
別に物語に出て来るような探偵ではないので、影治にはここで何があったかを正確に読み取ることは出来ない。
ただこれまでにない変化だったので、もう少し詳しく調べて見ることにした。
まだまだ影治はこの異世界について、ほとんど何も知らないといっても同然なのだから。
「ううん、ガイシャは外傷で死んだと思われるが、少なくとも腐敗臭が漂い始める位の期間、この建物内に放置されていた。ゴブリンなら同族を食う位はしてそうなイメージはあるが、食料として確保してあった訳でもなさそうだ」
2つの死体にはどちらにも食い散らかしたような跡はなかった。
ただ殺すことだけが目的だったように思える。
「気は進まんが、解剖してみるか……」
顔や肌の色などが明らかに人間とは異なるとはいえ、子供サイズの人型の生物を解剖するのは、さしもの影治でも気が乗らないらしい。
「はぁぁ……。だが改めてゴブリンの体の構造を知っておくのも重要だ。普通の人間相手の急所は四之宮流でキッチリ習ったが、ゴブリンとなると構造の異なる箇所もあるかもしれない」
敵と戦う際にその敵のことをよく知っておけば、勝率というものは上がるものだ。
実際に影治は人体の構造については詳しく、武術という人を攻撃する技術とは反対に、整体やマッサージなどにも精通している。
というより、これらが表裏一体となって四之宮流の武術が成り立っている部分もあった。
「ん? そういえば今更ながら気づいたが、この2体のゴブリンは布のボロキレを纏ってないな。ホシ……この村のゴブリンが奪い去ったのか? それが原因だとしたら、ゴブ布強盗殺人事件とかいう、なんともちんけな事件になるんだが……」
これから行う作業が嫌なのか、気を紛らわすために軽口を叩きながら作業を行う影治。
どうやら生殖器の様子からして、この2体のゴブリンはオスとメスらしい。
常に持ち歩いている初期設定のナイフではなく、さっきドロップしたばかりのゴブリン包丁で影治はゴブリンを捌いていく。
そしてしばらく続けていく内に、影治はあることに気付いた。
「……魔石らしきものが見当たらないな」
すでに現場は猟奇的なバラバラ殺人事件のようになっているが、今のところ死んでいたゴブリンの体内から魔石が発見されていない。
元々ゴブリンの魔石は小さいものなので、目立つ場所になければそれこそ体中を切り裂かないと見つからないだろう。
「大体魔石ってのは頭部とか心臓近くにあるってのがその手の物語の定番なんだが、そのどちらにも魔石はなかった。ただ心臓付近には見慣れぬ臓器があったな。しかもそこからほんの微かにだが魔力を感じた。となると……?」
影治は魔術で生み出した粘土から微かに魔力を感じ取って以来、自然にあるものも魔力を発しているのでは? と推測し、魔力の気配を感じ取るように日々意識するようになっていた。
まだまだ感知能力は低いのだが、そのおかげでこのゴブリンの臓器からも魔力を感じ取ることが出来ている。
「この2体とも心臓部には謎の臓器があり、どちらからも微かな残留魔力のようなものを感じた。もしかしたら、この2体は突然変異的な存在なのかもしれん」
そして何故かは不明だが、その突然変異体は集落のゴブリンにとっては相容れなかった。
魔石を体内に宿していないのが、その一番の原因。
その結果が目の前の死体ではないかと、影治は推測する。
「結局今の俺には推測することしか出来ん。解剖の方も終わって、大方人間と体内の構造が同じだということも判明した。まあこれは今まで散々素手で戦ってきた印象から、そう大きな違いはないとは思っていたけどな」
だからこそ前世の影治はろくな武器も使わずに、素手だけで魔物を倒すことが出来ていた。
そしてそれはゴブリンだけでなく、コボルトやオークなども同じ感じだったので、この辺の人型の魔物は体内の構造も人間に近いのではないかとも思っている。
「後味は良くないが、この知識も無駄にはならんだろう。……この包丁はこの場に捨ててとっとと拠点まで帰るか」
先ほどドロップしたばかりの石包丁だが、2体のゴブリンを解体したことで大分汚れてしまっている。
元より影治には初期設定のナイフを持っており、こちらの方が切れ味もいいので石包丁は正直微妙なドロップだった。
影治はその場に石包丁を投げ捨てると、ゴブリン集落を後にして自宅へと帰っていった。




