第21話 ゴブリン村
「集落……うん、まあ集落……か?」
初めにそれを見た影治の感想がそれだった。
何故そうまで疑問形になるのかというと、余りに貧相な建物が立ち並んでいたからだ。
土を固めて作ったような、ドアもなく入口が開けっ放しの箱型の建物。
縄文時代の竪穴式住居の出来損ないみたいな、完全に屋根に覆われてなかったりする半分廃墟みたいな建物。
これでは今影治が作っている建物の方が、壁は作ってないにせよよっぽどしっかりとしている。
「まあ人間じゃないからこんなもんなのかあ?」
影治の視線の先にはこの集落の住人の姿も映っているのだが、それは影治の言う通り人間ではなくゴブリンの集団だった。
影治の暮らす洞窟からは、それなりに歩いてきた先にこの集落はある。
しかし歩いて1日もかからず行ける距離なので、近隣で暮らす影治としては放っておくのは危険だ。
「外に立っているゴブリンと、建物の数から推定されるゴブリンの数は……まあ多くても50といった所か?」
前世でもゴブリンやらオークやらの集団と戦った経験がある影治。
あの時のゴブリンは今のゴブリンよりは弱かったが、影治もこちらに来てから肉体的にも強くなっているし、魔術という心強い能力も得ている。
「多分いけると思うんだが……」
最悪一目散に逃げることを考慮にいれ、出来るだけ数を減らしていく方向で襲撃を検討する影治。
見たところ、表に出ているゴブリンは手ぶらのノーマルゴブリンの割合が多い。
中には石斧やら石剣やらを持っている奴もいるので、そいつらには少しだけ注意が必要だろう。
「なあに。前世でも20体からなるゴブリン集団と戦ったこともあんだ。回復魔術がある今の俺ならよゆーよゆー」
ひとつ懸念があるとすれば、まだ攻撃用と呼べるほどの魔術は風魔術のウィンドカッターのみだという点。
それも覚えて以来ゴブリンとは遭遇していなかったので、これが初めての試し撃ちになる。
影治は建物の外にいるゴブリンの中から、配置的に一番はぐれている個体へと近寄っていく。
ゴブリンに対して使用するのは初めてだが、角兎などの魔物には使用しているので大体の射程距離は掴んでいる。
その射程距離ギリギリの位置から、影治はウィンドカッターを放った。
「N)HUH”HXB!」
首元を狙ったウィンドカッターは見事命中してゴブリンの首を切り裂いたのだが、一発で仕留めることは出来なかった。
仕留め損ねたゴブリンが声を荒げると、周囲にいたゴブリンも襲撃に気付いて迎撃態勢に入ろうとしている。
「もういっちょ!」
最初に攻撃したゴブリンに再度ウィンドカッターを放つ影治。
すると、それが致命傷となったのか2発目のウィンドカッターで沈むゴブリン。
「うーん、こんだけ数がいると1発で仕留められないのは厳しいな」
無詠唱で魔術を放つといっても、隙間なく連続して魔術が発動出来る訳ではない。
体内の魔力を一か所に集め、それを属性イメージへと変換。そこから発動する魔術のイメージを固め、発動させる。
それが一連の魔術発動の流れなのだが、それとは別に、連続して魔術を発動出来ないクールタイムのようなものがあった。
まるで昔の大砲が弾を撃った後に、冷却のために砲身を冷やす必要があるのと近い感覚があるのだ。
「よっ! はっ! たっ!」
それでも出来るだけ連続して魔術を発動させた影治は、影治の位置に気付いてゴブリン達が集まってくる前に、5体のゴブリンを倒すことに成功していた。
「あとは囲まれないよう距離を取りつつ、ジックリと仕留めていく!」
致命傷を与えたとて、そこで無理にトドメを刺しに行こうとすると囲まれてしまう恐れがある。
ゴブリンといえど、その力は背丈に見合わないほど強く、成人男性ほどの力がある。
武器持ちのゴブリンにそんな力で攻撃されたら、危険が危ない。
「いや、でも一度くらい攻撃をもらってみてどの程度の威力なのか見るのもアリか? 今は回復魔術もあるんだし……」
などと考えはしたものの、それをやるならもっと数を減らしてからの方がいいだろう。
次々と襲い来るゴブリンを終始動き回って翻弄し、一体。また一体と、着実に数を減らしていく。
「ふぅっ、ふぅ……。予想以上に数が多いな!」
影治は自前の四之宮流古武術による無手での格闘と、ウィンドカッターを融合させたような戦い方をしている。
魔術がある分、前世での戦いよりは楽になるはずなのだが、ゴブリンの数が多くてなかなか気が休まる暇がない。
「おらああ! 今ので40……だったか? これで後は20体ちょいか」
結局この集落には50体以上のゴブリンがいたようで、影治は疲労を感じながらもそれら全てのゴブリンを打ちのめした。
周囲にはゴブリンのドロップがちらばっているが、立ち尽くした姿勢で疲労を抜いている影治には、すぐに回収にいける余裕がない。
「ふぅぅっ……。確かにこの体は身体能力も凄いんだが、漫画みたいな超人的な体力がついた訳でもねえな」
ボクシングなどを見ていても分かるが、散々鍛えてる選手でも最終ラウンドになる頃にはヘロヘロになってしまう。
それだけ本気で殴り合ってる者同士の体力の消耗は激しい。
影治の扱う四之宮流では継続戦闘のことも考えられてあり、パンチを打つにしても10割の力では打たず、基本は2~3割の感じで打つ。
体全体を脱力させ、無駄に力を使わず、自重も使って効率的に力を乗せ攻撃する。
そうした戦闘法だからこそ、30分以上大立ち回りをしたにしてはまだまだ影治には余裕があった。
「まだこれくらいならもっぺん位同じことは出来そうだけどよお。疲労の蓄積は思わぬ判断ミスも招く。どうにかこの疲労を回復出来ればいい…………待てよ?」
ここで影治は最初に取得した魔術のことを思い出す。
前世では疲労に関しては時間経過やマッサージ。リラックスできる環境を整えるなどでしか癒せなかった。
しかしこの世界には回復魔術というものがある。
「疲労が抜けていくイメージ……。スーッと……スーーーッと…………」
落ち着いて深呼吸をし、体をリラックスさせる。
あれだけの数のゴブリンがいた集落だというのに、思いのほか悪臭などはしなかった。
もしかしたら思ったよりゴブリンは綺麗好きなのかもしれない。
影治が鼻から吸って口からゆっくりと吐く呼吸を繰り返しても、臭いに顔を顰めることもなかった。
「スゥゥーー、ハアアアァァーーー。……いかん、普通に深呼吸してたら大分疲れも抜けてきてしまったな」
なんだかんだで魔術練習に集中すると、あっという間に時間が経ってしまう。
10分にも満たない時間だったが、影治は先ほどの戦闘の疲れがほとんど抜けてしまっていた。
「だがまあ今後の課題として、疲労を回復させる魔術を練習していこう」
そう言うと、影治はあちこちにちらばったままのドロップの回収に向かった。