第190話 殉教
「それで、俺らを襲った理由は?」
「さ、最初は妖精を攫うつもりでよぉ……。でも後を付けてたら、鳥も魔術を使うのが分かったから、そっちも捕まえようってエドが言い出して……理由っつったらそんくらいだあ」
男からチェスについての言及はなかった。
確かに動く箱というのは珍しくはあったが、それだけだったらただの足手まといだ。
影治は今回、大きな背負い袋を持ってダンジョンを探索している。
中身は余り重いものは入っておらず、食料やら生活用具などが入っており、これによってチェスの収納能力を誤魔化していた。
収納能力のことを追跡者たちが知っていたら、チェスもターゲットに加わっていたことだろう。
ちなみに無事だったティアは、影治に頼まれて少し離れた場所で警戒をしている。
それはただ単に新たな襲撃を警戒しただけではなく、この先行うことを踏まえて遠ざけておきたいという思いがあったためだ。
「本当に目的はそれだけか? それとお前たちは冒険者とハンター、どっちだ?」
「他に目的なんかねえよお。もうこんなことはしねえし、身ぐるみ剥いでもいいから、い、命だけは助けてくれ!」
「所属はどうなのかと聞いている」
「は、ハンターだ! 銀の涙っつう、6級ハンターパーティーだ。な、なあ。頼むから命だけは……」
「……ひとまずお前はいい。次はお前だ」
最初尾行に気付いた時に分かっていたことだが、襲撃者は正面口前で揉めたのとは別の連中だった。
あの連中であれば、そもそもこの階層までついてこれなかっただろう。
問い詰めているナイフ男は、無駄に抵抗することなくペラペラと情報を吐いている。
だが影治はもちろんそれを全面的に信じている訳ではない。
下手に嘘を吐く場面でもないが、銀の涙というらしいハンターパーティーの中で、斥候役をしていたのはこの投げナイフの男だった。
影治の偏見の目も入っているが、シーフ職というと悪いイメージが付きまとう。
怯えてペラペラと話しているように見えるが、実は嘘をついて逃げ出す隙を伺っているかもしれない。
だが影治の関心は投げナイフの男より、光魔術を使ったムキムキ男の方にあった。
魔術を使える者は全体的にみると少ないが、しかしその少ない一部の者たちが就く職業は偏っている。
魔術が使えるのに農民のまま作物を育ててる……などという者はほとんどいないからだ。
魔術師の多くは戦闘関係の職に就くか、魔術師ギルドなど戦闘に出ることは少ないが、魔術の能力を活かせる職に就く。
なので、冒険者やハンターの中には比較的魔術師も存在している。
しかし光魔術というのは中でも特殊だった。
回復魔術という特殊魔術が一般に知られていない以上、ケガを治す治癒魔術として光魔術の使い手は非常に重宝される。
だがハベイシア帝国内やその周辺地域では、聖光教の勢力が非常に強い。
彼らは光魔術の適性がある者を囲い込み、魔術による治療行為を独占していた。
帝国内では、聖光教の許可なく魔術による治癒を行うだけで、違法治癒師として逮捕される。
「ハンターでなおかつ光魔術を使うってことは、聖光教の者か?」
「…………」
警戒しながらムキムキ男の猿轡を外し、口中に詰め込んでいたぼろ布を撤去すると、感情を抑えるようにして影治が尋ねる。
しかし男は口が利けるようになったというのに、影治の質問に答えようとはしない。
そこで影治は男を挑発することにした。
「なるほど。どうやらマルティネとかいう邪神の信者のようだな。あんないかれたクソ女神を信仰してるってことは、お前も犬畜生と同じって訳だ」
「ッ! 何をぬかすかあああ!! マルティネ様を侮辱するなど許せぬ! 妖魔などという、人の姿をしただけの魔物の分際で!」
野営地では影治が使用しておいた【光の玉】によって、それなりに明るくなっている。
聖光教の神官と思しき男は、その明かりに照らされた影治の髪色を見て、妖魔であると判断していた。
「それだよそれ。お前は多分俺の髪色を見て妖魔と判断したんだろうが、俺が髪を染めただけのヒューマンだったらどうすんだ?」
「我々至高なる人族は、そのようなおぞましい髪色を持って生まれることはない!」
「答えになってねえなあ。じゃあお前の言う思考なる人族……例えばお前の友人が、俺みたいな髪色に染めていたらどうすんだよ?」
「悪しき髪色に染まりし者など、もはや友などではない! せめてもの情けとして、私の聖槌で神の御許へと送ってやろう!」
「じゃあその直前に、『これは誰かに無理やり染めさせられたんだ』って言ってきたらどうする?」
「言い訳などするようであれば、なおさら加減などせん!」
神官の男の言い分を聞くたびに、影治の心の温度が下がっていく。
だが影治は改めて聖光教というものを見極めるため、話を続ける。
「なるほど。ではお前の家族がお前を憎む者によって、特殊な染色剤で髪色を染められた場合も、問答無用で殺すということだな」
「馬鹿なことを抜かすな。その場合は髪を切らせるなり、髪色を元に戻すなりさせるに決まっているだろう!」
「言い訳する相手には加減しないんじゃないのか?」
「今の話は最初から悪意ある者によって仕組まれた場合の話であろうが!」
「その見極めはどうするんだ? これまでのお前の言動だと、裏事情を知らないまま現場に居合わせたら、何を言おうが例え相手が家族だろうが、その手で殺すのだろ?」
「う……黙れ黙れ! 巧言には惑わされんぞ!」
「都合が悪くなると駄々っ子のようにただ否定するだけか? さっきの話で、もし家族の口まで封じられていたら、話を聞くこともできず、お前は無実である家族を殺すと言っている訳だ。どうだ? これが邪神の教えに従った結果だ」
「黙れと言ってるだろうがああああ!! 【光の槍】」
「ハッ、ハハハハハッ! そうかそうか。都合が悪くなると力でねじ伏せる……と。いいぜ、そっちの方が分かりやすいってもんだ。弱肉強食、勝者こそ正義。そして勝者になるには力さえあればいい。分かりやすいじゃねえか」
狂ったように【光の槍】を撃ち続ける神官の男だが、影治は最初の方でガチガチに防御魔術をかけておいたので、時折回復魔術を掛けるだけで十分耐えられる。
影治が参るより、男の魔力が尽きるほうが断然早かった。
先ほどくらった【火球】とは違い、物理的に燃えたりすることもないので、傍からみると全くダメージを負っていないように映る。
「効かねえなあ。お前の聖光神への信仰が薄いんじゃねえのかあ? しょうがねえから、俺が手本を見せてやる。光魔術ってのはこう使うんだよ」
そう言って影治も同じ【光の槍】を発動させる。
それを見た神官の男は、信じられないといった表情を浮かべた。
そして実際に【光の槍】が男を貫いた時、同じ【光の槍】とは思えないようなダメージが広がっていく。
「ぐああああっっ! そんなバカな!? 妖魔ごときがこんな……私の光の槍より……まさか……」
大きなダメージを受けつつも、目の前の出来事が信じられずにいる神官の男から、思わず言葉が漏れる。
これは影治が2つ同時に魔術を発動していたことが大きな理由であるが、普通に単発で撃った場合でも影治の方が威力は遥かに高い。
「【癒しの光】」
痛みよりも、影治が自分より強力な光魔術を使用したことにショックを覚えている神官の男。
そんな男に対し回復魔術ではなく、男にもおなじみの光魔術を使用する影治。
「これからお前の信心を試す。もし考えを改めるんなら、マルティネはただの邪神であることを口にして認めろ」
「なっ、ギャアアアアアアッ!!」
影治が神官の男の眼球に短剣を突き刺すと、そのままグリグリと抉り取った。
それから耳を切り取り、鼻もそぎ落とし、体中の皮膚を生きたまま剥いでいく。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
投げナイフの男は、身動きが取れないままその凄惨な光景を眺めるしかなく、小さな悲鳴を上げることしかできない。
血に汚れるのも厭わず続く拷問のような所業に、神官の男の命が何度か尽きそうになるが、その度に【癒しの光】にて治癒が行われる。
といっても、負傷した部位を治すのではなく、HPそのものを回復させるイメージで、【癒しの光】を発動させていた。
すると不思議なことに、外面だけ見ると今にも死にそうに見える状態だというのに、HP的にはそれなりに維持されているからすぐに死ねないという、妙な状態に仕上がっていく。
だがそのままだと、HPとは別の要因である生命力の低下によって衰弱死しそうになったので、時折回復魔術の【生命力回復】も密かに使用していた。
「どうだ? マルティネとかいう邪神に見切りはついたか?」
「私の……信仰は……、何者にも……曲げられん……」
「そうか。ならこのまま焼け死ぬといい」
全身の皮膚を剥がされ、息も絶え絶えな神官の男に、クラスⅢ火魔術の【炎上】を何度も使用してこんがりと焼き上げていく。
その結果、神官の男は最後まで信仰を捨てることなく、殉教者となった。