第189話 5人の襲撃者
「ぴぃ! ぴぃ!」
「バコッ! バコッ!」
「うーーん……。んん~?」
すっかり寝入っていた影治とティア。
そこへピー助の鳴き声と、チェスが上蓋を打ち鳴らす音が鳴り響く。
音としてはそれほど大きくなかったせいか、ティアはまだ完全に意識が目覚めたとは言えない状況だったが、影治は目覚めたばかりだというのに急速に脳が活動を始めていた。
「ピー助、ここは任せた」
「ぴぃっ!」
それまでぐっすり寝ていた影治たちと違い、当然ながら襲撃側は万全の準備を整えてきている。
辺りは夜営の為に影治が設置した【光の玉】によってある程度明るかったが、襲撃者たちはそれより少し離れた光の届かない位置にいた。
それも1か所には固まっておらず、別々の地点からそれぞれ影治に向けて矢が放たれており、更には確実に仕留めんとばかりに【火球】も同時に迫る。
「……」
しかしこの暗闇の中、飛んでくる2本の矢を右手と左手でそれぞれ払いのける影治。
矢じりの部分は毒が塗られている可能性があるので、先端には触れないよう意識して払いのけるほどの余裕がそこにはあった。
そしてもうひとつ迫ってきていた【火球】については、一瞬対処をどうするか迷う影治。
咄嗟の状況判断で、襲ってきた賊が5人だというのは分かっている。
それは追跡者たちの人数と同じであり、誰かが様子見で残ったり、他の連中と合流して人数が増えたりはしていないようだ。
「……クライムに倣うか」
賊をひとりも逃さない方向で動くことを決めた影治。
そこまでの判断を下すのはほんの一瞬のことだったが、その間にも【火球】は影治に迫っていた。
だがまだ距離があるので、咄嗟に防御魔術を使えばまだ間に合うタイミングだ。
しかし影治はここで防御魔術ではなく、攻撃魔術でもない、補助系の魔術を選択する。
「【土腕拘束】」
3重の同時詠唱で発動した【土腕拘束】は、矢を放ったふたりと【火球】を打ち込んできた魔術師を拘束する。
とほぼ同時に、【火球】が影治に被弾した。
「何!? こいつも魔術を使うだと!」
「しかもこれは土腕拘束? クラスⅣの土魔術だ! 気を付けろ!」
影治は追跡者がいるのを察知していたので、ここに来るまでに一切魔術は使用していなかった。
だからこそ襲撃者の衝撃はかなり大きく、とりわけ同じ魔術師である【火球】を放った男は、自分と同じクラスⅣの魔術を使ってきた影治を危険視する。
「ダズの火球をもろに食らったんだ。すぐに動ける訳ねえ! 今のうちに俺らも拘束を――」
――抜け出すぞ! と続けるつもりだった男は、【火球】を正面から食らっておきながら、まったく速度を緩めることなく走り抜けてきた影治によって、首を切られる。
衣服のあちこちに焦げ跡は見られたが、火の球を正面から受けた割に影治へのダメージは少なそうだった。
「マウリッツ!」
首を切り落とされたのは矢を放った二人の内の一人であり、影治はその勢いで後方にいた魔術士の下まで駆け寄ろうとする。
「させぬ!」
だがそこへ後方から走ってきたムキムキな肉体を持つ男が、いかついメイスを手に影治に殴り掛かる。
しかし完全に死角である後方から襲い掛かったにも拘わらず、影治はまるで見えているかのようにメイスを躱すと、振り向きざまにムキムキ男の首を真一文字に切り裂く。
四之宮流古武術に伝わる音知と呼ばれる技術によって、微かな音も影治は聞き逃さない。
というか、ムキムキ男はそれなりに体格も大きく、シーフでもなかったので、足音を殺す技術も持っていなかった。
更には剣よりもメイスの方が振り下ろす時の音が大きいので、急に背後に転移して攻撃されたとしても、影治なら対処可能だ。
首を切り裂かれた男は、まだ死んではいなかった。
それなりに傷口は深いのだが、この世界の戦闘を生業とする者は、この程度では仕留めきれないこともままある。
だが致命傷には違いないので、影治はムキムキ男のことは一旦置いておき、先に厄介な魔術師の下へと再び走り出そうとする。
そこへ少し離れた所から少し焦りが窺える男の声が木霊した。
「そ、そこまでだ! この妖精の命が惜しけりゃ、それ以上動くな!」
「え、エイジぃ……」
襲撃者5人組のうち、3人が影治へと攻撃を仕掛けていたが、残るふたりはティアやチェスのいる夜営地点に向かっていた。
途中でムキムキ男が反転し、影治を背後から不意打ちしに行ったものの、もうひとりの剣士の男はそのまま突っ走って夜営地点に到着。
そしてまだ完全に意識が覚醒していなかったティアに、手にした剣の切っ先を向けていた。
「ごぼっ……。神……よ……【癒やしの光】」
「死ねやコラ!」
「今度こそ焼け死ね! 【火球】」
剣士がティアを人質に取る行動を起こしながらも、まだ息のあった残りの襲撃者3人はそんなの関係ないとばかりに各々行動を起こす。
確かに人質作戦は、交渉相手である影治が人質のことを気にせず強引に動いた場合、効果は弱い。
なので交渉しようと持ち掛け相手の関心を引き、その瞬間を狙っての不意打ちは効果的と言える。
影治の【土腕拘束】は逃走妨害の目的で使用したので、矢を撃って来た男の行動を完全に抑えきれず、少し不自由な体勢から再び矢を放たれる。
魔術師は再び【火球】を放ち、首を切られたムキムキ男は光魔術の使い手だったのか、自分に治癒魔術を施す。
そして肝心の影治は、人質を取る剣士の男の言葉など気にせず、まっすぐそのまま防御魔術を唱えながら魔術師の方へ走りだしていた。
「ぴぃぃぃぃっ!」
そんな影治の背中越しに、ピー助のひと際大きな鳴き声が聞こえてくる。
影治が人質を取られながらも、そのことを全く気にしていなかったのは、野営地にピー助を残してきたからだった。
防御魔術を発動した影治は、飛来してきた矢を払うのではなく体をズラして躱し、【火球】に対しては防御魔術を信じ、先ほどと同じように正面からぶつかっていく。
【火球】が影治に着弾すると同時に、剣士の男の足元からは光の柱が立ち上る。
それはピー助が放った、クラスⅦの光魔術【光柱】によるものだった。
これにより、剣士の男は一発で虫の息となり、そこを完全に意識が覚醒したティアによる追撃の【風の槌】によって、完全に息の根が止められた。
「……とりあえず二人でいいか」
一方影治は2発目の【火球】も耐え、間近に迫った魔術師の首を刎ねる。
次に先ほどから弓を撃ってきている男にターゲットは移るが、男は弓から投げナイフへと獲物を持ち替え、影治に投擲していく。
弓矢よりもコンパクトなモーションで投げられるナイフは、それがこの男の得意な戦闘スタイルなのだろうと思わせたが、手にしたレッドボーンソードや身のこなしによって、全く影治には命中しない。
「チッ!」
剣の届く範囲まで接近を許してしまった男は、投げナイフから短剣へと武器を持ち換える。
しかし男の足には未だに魔術で生み出した土の腕が絡みついており、とてもじゃないがフットワークを活かせる状況ではなかった。
結局剣と短剣のリーチの差もあり、あっさりと影治は男の両足を切りつけて歩けない状態にさせることに成功。
治癒魔術で回復しつつあったムキムキ男も、同様に足を切りつけて逃げ出せないようにした上、口にぼろ布などを詰め込んでから縄で口を封じる。
それから念のため、既に倒れている3人の生死確認を兼ねて、死体を1か所に集めた。
生かしたまま捕えた二人も、武装解除した後に両手を後ろ手に縛り、同じ場所まで引きずっていく。
「さあ、話を聞かせてもらおうか」
少年のような見た目であるが、中々迫力のある笑みを浮かべる影治。
それに対し、光魔術を使っていた男は堂々とした態度のままだったが、もうひとりの投げナイフの男は完全に戦意を喪失していた。
その様子を見た影治は、先にナイフ男の方から尋問することにした。