第188話 付け狙う者たち
「なんだあ、あいつ?」
「随分と妙ちくりんな集団だな」
「つうか、あれってフェアリーじゃねえか?」
「へぇ、確かに話に聞いたのと同じだな」
約1か月ぶりの獣と牙は、相変わらず冒険者やハンターで賑わっていた。
正面口以外にも入口は存在するので、ここにいる者達が全てではないが、それでも小さな村規模の人が集まっている。
そんな賑やかな正面口前広場を歩く影治達一行は、大いに周囲の注目を集めた。
この場にはピュアストールの街だけでなく、近隣の別の街からも冒険者やハンターが集まってきている。
ピュアストールの冒険者ですら、まだ影治たちのことを知らない者がいる状況なので、他所の街の探索者ともなると余計知名度は下がる。
だが知名度は低くとも、影治たちは非常に目立つ。
そうなると、必然的にこのような輩が現れてしまう。
「おい、そこのお前」
横柄な態度で声を掛けてきたのは、男だけからなる5人組の集団だった。
装備だけでは判別出来ないが、揃いも揃って腕っぷしに自信があるといった者ばかりで、見た目だけで言えば盗賊と言われても納得できる連中だ。
「……なんだ?」
最初は無視してそのままダンジョンに向かおうとした影治だったが、男達が行く手を遮った為、面倒そうにしながら答える。
「お前が連れてんのは妖精だろ?」
「だったら何よ!?」
「ヒュー、威勢がいいじゃねえか。妖精ってこたあ、魔術が使えんだろ? なら俺らのパーティーに加えてやるぜ」
「冗談は顔だけにしてよね。なんであたしがあんたらみたいなパーティーに加わらないといけないのよ!」
男が話しかけたのは影治であったが、自分のことが話題に出たので咄嗟に会話に割って入るティア。
男達の人相は酷く、子供なら泣き出してしまいそうな場面だったが、ティアは気丈な態度を崩していない。
「んだとっ! 8級ハンターの俺達のパーティーへ入れてやるって言ってるんだ。つべこべ言わずこっちに来やがれ!」
「嫌よ! ハンターなんてろくでもない連中、なおさらお断りよ!」
「ああん!? どうやら分からされてえみてえだな」
そう言いながら影治たちの周りを取り囲むハンター達。
武器に手を掛ける者はいなかったが、男の内のひとりがティアを捕獲しようと掴みかかってくる。
「のあっ!?」
しかし男はスッと移動してきた影治によって投げ飛ばされ、地面に強かに打ち付けられる。
加減せずに固い地面に投げ飛ばしたせいか、男はすぐに立ち上がることも出来ずにいた。
「野郎! やっちまえ!」
見た目だけでなく、台詞まで盗賊のような言い回しをして襲い掛かってきたハンター達だったが、次々に影治に投げ飛ばされノックダウンしていく。
「さ、行くぞ」
余りにあっさり片が付いたため、兵士が駆けつける間もなく騒動は収まった。
その余りの手際の良さに、周囲の探索者たちも思わず黙り込んでいる間に、さっさと影治はダンジョンへ向かっていく。
今度は余計な茶々が入ることもなく、入口を抜けて1層への侵入を果たすのだった。
「まったく! ハンターってのは、ほんとにあんなのばっかなのね!」
ぷんすかと怒っているティア。
里から連れ出す際に、影治は冒険者とハンターについて説明していた。
それは影治の主観が多分に交じったものだったが、ハンターギルドはハベイシア帝国で生まれた組織であり、帝国外であっても亜人排斥の風潮は残っている。
ピュアストールの街は、ケモノスキーなどと呼ばれることもあるシドニア卿が治めているせいか、ハンターギルドも過激な行動は控えている。
だがそれでもティアがこの間、街中でハンターに絡まれたことはあった。
獣の牙にはクリフシェルの街からも探索者がやってきているが、そちらは別の親帝国派の領主が治める街であり、ハンターギルドやハンターの態度が大きいという。
そのせいで亜人との間での揉め事もよく起こっているのだが、領主が帝国派なせいか、公平な対応もされていないと噂だ。
先ほど絡んできたハンターも、クリフシェルのハンターの可能性が高い。
「ついこないだもここでハンターが問題起こしたってのに、まったく反省の色がねえみてえだな」
ティアだけでなく、影治もしょっぱなから絡まれて気分が悪かった。
それは表情にも浮かんでいたのだが、不意にその表情が真剣な表情へと変わる。
「エイジ、どうしたのよ?」
「……後をつけられてるな」
「ええぇっ? それってさっきの連中?」
「さあな。まあどうせろくでもないこと企んでるんだろうが、こっちから手は出すなよ? それと、魔物が出ても強い魔術は使わないでくれ」
「分かったわ」
「ぴぃ!」
影治は前回ビッグシールドと一緒に潜った際に、サイラークからシーフ技能のあれこれを学んでいた。
ダンジョンでは罠の解除や発見、斥候などが主な担当になるが、シーフには自分の気配を消す技術や、相手の気配を探るような技術も存在している。
しかしその辺に関しては、四之宮流古武術にも同様の技術が存在しており、サイラークが教えるまでもなく影治の感覚は研ぎ澄まされていた。
後をつけている者達も、どうやら斥候のひとりが先行しているようだったが、影治はその斥候の後に続いている者達の気配すら、薄っすら感じ取っている。
「なんにせよ、この辺の浅い層だと人も多いし仕掛けてくることはないだろう。もし襲われた場合は容赦しないでいいからな」
「あったり前よ! 目に物言わせてやるんだから!」
やる気満々なティアの返答だったが、影治の言うように上層で何か仕掛けてくるということはなかった。
ダンジョン内はところどころが迷宮変化によって前回とは多少構造が変わっていたものの、大きな変化は起こっていない。
迷宮変化のことをすっかり忘れていた影治は、次からはダンジョンに潜る前に情報収集してからにしようと心に誓ったが、今回はもう仕方ないと割り切ることにした。
初日は4層まで、2日目は8層まで踏破した影治達。
10層で中ボスを倒して中層へと到着したが、依然影治達には追跡者の影がつきまとっていた。
「ねえ、まだ後を付いてきてる奴らっていんの?」
「ああ。なんだかんだで上層は人の目がつきやすいからな」
「それって、やっぱ襲撃するチャンスを狙ってるってことよね?」
「だろうな。それで言えば、中層へと移動したことで人も減っている」
「でも11層の入口辺りはまだ結構人いなかった?」
現在11層を移動中の影治達。
今日中に12層踏破を目標に移動していたが、相変わらず影治は後をつけて来る連中の気配を感じ取っていた。
「11~12層くらいまでなら、初心者を抜け出そうとしてる連中が多少いるからな。だが13層辺りからは一気に人が少なくなる。襲ってくるとしたら、明日以降だろう」
「よーやくギッタギタに出来るのね!」
「やる気なところに釘をさすようだが、13層までついてくるってことは、それだけ相手の実力もあるってことだ。狙いがティアだった場合は、命まで取ろうとはしてこないかもしれんが、油断は出来んからな?」
「うーん、確かにそうね。この辺でもオークメイジとか、少し厄介なのも出てきてるし」
「ぴぃぃぴぃ!」
「あー、ピー助はまだ余裕あるのは分かるけどな。人間ってのは悪賢いから、油断はしちゃダメだぞ」
「ぴぃ」
普段は強気なティアだが、こういった場面ではしっかり現状を捉えて慎重だ。
逆にピー助はお調子者で押せ押せな性格をしており、今回も影治から注意を受けている。
「とりあえず、今日は目標の12層までこれたから、ここで夜営にしよう」
探索者が階層の入口や出口部分で夜営をするのは、そこが比較的安全な場所だからだ。
13層へと続く下り階段の前で、夜営を始めた影治たち。
他に冒険者やハンターの姿は見当たらない。
夕食を終え、見張りをピー助とチェスに任せ、影治とティアは眠りに就く。
――襲撃があったのは、ふたりが完全に寝入ってから、2時間ほどが経過してからだった。