第187話 適性の向上
「まだ到着してないが、ティアを加えて初めてのダンジョンだから、改めて能力を確認しておこう」
「確認って何すんのよ?」
「とりあえず、魔術がどの程度使えるかだな。ティアは風属性が無詠唱でクラスⅤまで、無属性がクラスⅢまで使えるのは知ってるが、他はどうなんだ?」
「他には水魔術がクラスⅡで、光魔術がクラスⅢ。それから音魔術がクラスⅢよ」
「風魔術以外はクラスⅢが多いんだな。っていうか、音魔術なんて使えんのか? どんなことが出来るんだ?」
これまで影治が出会ってきた魔術師にはいなかった属性だ。
興味を覚えた影治が更に深く尋ねる。
「まーね。でも戦闘向けの魔術じゃないわよ? 声を大きくしたり、耳をよく聞こえるようにしたりとか……そんな感じ」
「ほうほう。今は積極的に覚えることはなさそうだが、いずれ音魔術も練習するか」
「ふーん、別に戦闘だけに拘ってる訳じゃないのね」
「俺は基本的に魔術なら何でもオッケー派だ」
「そういえば、エイジはどれくらい使えんの? あたしと同じ、クラスⅤの風魔術は使えるみたいだけど」
「俺か? 俺はだな……」
影治が修得している魔術を伝えると、ティアは驚きの声を上げる。
現在影治の魔術修得状況は、火魔術、風魔術、無属性魔術がクラスⅤ。
水魔術、土魔術、回復魔術がクラスⅣで、神聖魔術がクラスⅢ。
闇魔術がクラスⅡで、【氷生成】を覚えて以来ほとんど練習していない氷魔術がクラスⅠのままだ。
「うあっ、そんなにたくさん使えんの? ってか、神聖魔術って何よ? 初めて聞いたわ」
「天使が最も得意とする属性なんだが、やっぱ知らんか」
「へー、そんなのがあんのね。あ、でもシェリル様から伝わってるリョウ様の話で、なんか特殊な魔術があるって話があったかも」
影治はそれなりに付き合いが増えてきたシリアにも、神聖魔術について尋ねたことがあった。
しかし魔術オタクなシリアでも、神聖魔術については知らないという。
こういった魔術は扱える者が少ないので、資料なども少ない。
影治も最初の頃にクラスⅢまで自力で上げたものの、最近は全く使用していなかった。
それよりも、セルマなどから聞いて名称や効果が分かっている魔術の修得を、優先している。
「んでもって、ピー助は光魔術しか使えないがクラスⅧまで使える」
「ふうん、クラスⅧねえ。……えっ! クラスⅧ!?」
「ああ。こう見えてピー助は光の上位精霊らしいからな。光魔術のプロなんだよ」
「ぴぴぴっぴ」
影治の紹介を受けてドヤ顔をするピー助。
ちなみにピー助は、他の属性魔術は一切使えない。
普通の人間の魔術師ならば、属性魔術が使えるなら無属性魔術も大体使用出来るものだが、ピー助の場合は無属性魔術も使用できない。
「それはまた影治とは逆に、一点集中って感じで尖ってるわね……」
「ぴぃぃい?」
「まあ、凄いのは認めてあげるわっ」
ティアはピー助とは契約状態にないが、態度などからなんとなくでコミュニケーションが通じる時がある。
元々ピー助の感情表現が妙に豊かなので、見ていて分かりやすいという理由もあった。
「ちなみにチェスは完全に非戦闘枠だ。戦いになった時は気を使ってあげてくれ」
「グィィグィ……」
最近はピー助だけでなく、ティアまでその背中……というか箱の上に乗せるようになったチェス。
空気が読めるチェスは、控えめに自分を守ってくれと主張していた。
「チェスにはお世話になってるから、あたしが守ってあげんわよ!」
「バコォォ」
「宜しく頼む、だとさ」
影治がチェスの言葉を伝えると、ティアは「まっかせてよ!」と上蓋部分をポンポン叩く。
「あ、ところでさ。そんだけ色々魔術が使えんなら、エイジも無詠唱で行ける奴あったりする訳?」
「ああ。回復魔術と神聖魔術、それから無属性魔術もいけるぞ。以前は風魔術とかも無詠唱で行けてたんだがなあ……」
「以前はってどういうことよ? そんな急に無詠唱が出来なくなるなんてことあんの?」
「色々とあってな。特別な魔導具を使われて、魔術の適性が奪われたんだよ」
「うぇぇ……。そんな魔導具があんの? それ使われたら、あたしの風魔術も無詠唱で使えなくなっちゃうちゃない!」
「安心しろ。あれから調べたことがあるが、こんな効果を持つ魔導具は相当特殊な部類に含まれるようで、そこいらに転がってるもんじゃあない」
「それは良かったわ。でもま、無詠唱だと連携が取れないうちは味方に誤爆する可能性もあるし、威力も弱まってしまうから、あたしも基本的に普通に詠唱して使ってくからよろしく」
「連携か。そうだな、確かにいきなり攻撃魔術が脇をビュンッって飛んで――」
フォワンッ!
「――行ったら危ない……と……あれ……?」
「ちょっと! 急に魔術なんて使って危ないじゃない! ……って、今のってもしかして風斬?」
「……だろうな。まさか発動するなんて思わず、軽く風斬のイメージを浮かべてたから」
「…………」
「…………」
ふたりの間に沈黙が訪れる。
先にその沈黙を破ったのはティアだった。
「何よ! エイジも無詠唱で風魔術使えるじゃない!」
「な、なぬううっ!? おっかしいいな……。魂環の書を使われてから、無詠唱の発動が出来なくなってたハズなんだが……」
その時の影治のショックはかなり大きく、無詠唱で発動出来なくなったことは余計強く印象に残っていた。
だからそれ以降、風魔術などを無詠唱で発動しようとは試していない。
だが呆気なく無詠唱で発動出来たことに、影治も戸惑いを覚える。
ここで影治は改めて、無詠唱でどの魔術が使用できるかを確認した。
その結果、風魔術の他に土魔術と光魔術も無詠唱の発動が出来ることが判明。
ただし、いずれもクラスⅢまでの魔術までしか発動出来ず、クラスⅣ以上の場合は魔術名を詠唱しないと発動出来ない事が判明した。
「ふ、ふーーーーん。クラスⅢまでしか発動出来ないのね?」
「のようだな。シリアから聞いた話だと、無詠唱ってのはその属性への適性がある程度ないと使えないらしい。回復魔術ならクラスⅣでも余裕でいけるんだけどな」
「それなら影治の風属性適性は、あたしより下ってことよね!」
「そんな嬉しそうに言うことじゃあねえだろ。にしても、適性ってのは案外上がったり下がったりするもんなのかねえ」
「そんなことないわよ。特に下がるって話は今日初めて聞いたくらいだし」
ただ逆の事例については、魔術適正の高いフェアリーの里で生まれたティアは色々と話を聞いたことがあった。
「でも滅多にはないみたいだけど、適性が向上することはあるわよ。ある時を境に、無詠唱で発動出来るようになるケースがあるの」
「つまり、俺は魔導具で適性が下がったものの、そっからまた盛り返して無詠唱が使えるようになったと」
「ってことじゃない? ってゆーか! 普通は適性があるっていっても、ひとつかふたつ程度でしょ! なんでそんなに適性があんのよ?」
「うーん、やっぱ300ポイントはでかかったってことだ」
「? 何の話よ?」
「これも天使パワーだってことよ」
「そー言われると納得しちゃうわね」
ダンジョンへと向かう道中で新たな事実に気付く影治。
しかし、この世界では元々長ったらしい呪文の詠唱を必要としない。
口が利けなくなる「沈黙」状態や、その他の要因で言葉を発せないような状態で使用できるという点。
それから相手に発動する魔術を悟らせないという点において、無詠唱にも強みはあるが、クラスⅢまでしか発動出来ないのでは活躍する場面も限られる。
「無詠唱も悪かないが、それよりも上のクラスの魔術を使用できるようにならんとな」
「それもそーね」
改めてその事を再認識した影治は、移動しながらの魔術の訓練を続ける。
そうして3日かけて獣の牙の正面口までやってきた影治たち。
そこで影治はトラブルに巻き込まれることになる。