第19話 初建築
「作業の続きといくか!」
昨日は一日中素材を集めまくっていた影治。
集めた素材は、堀の外に作った広場にまとめておいてある。
そこには枝打ちをしておいた丸太のような状態になった木や、大量の外皮を剥いだ状態のラタンが詰まれてあった。
「別にこれから作る建物には必要そうにはないが、せっかく開発したんだから試していこう」
そう言いながら、まとめて積んである丸太の山を崩しながら、一度に魔術が及ぶ範囲に並べていく。
そして、
「リムーブモイスチャー!」
と影治が唱えると、並べられていた丸太からシュワシュワーといった感じで、水蒸気が立ち上る。
これは影治が木材を乾燥させるために身に着けた、【水分摘出】という水魔術だ。
感覚的には【水生成】よりは難しかったのだが、今の影治でもどうにか覚えることが出来た。
最初は乾燥させるんだからと火魔術の方で試していた影治。
しかしどうも扱いが難しく、出来そうで出来ない感じだったので、途中から発想を変えて水魔術で試したら、上手くいったという経緯があった。
「生物に使えないから攻撃魔術としては使えないが、これを使えば干物とかも簡単に作れそうだな!」
冷蔵庫などもないので、食べ物を長期保存するには塩漬けするなり乾燥させるなりの方法を取らないといけない。
その際にこのリムーブモイスチャーが活躍するだろうと、影治は考えていた。
「ふう、ふう……。ようやく運び終わった」
材料を壁内部の洞窟前広場に運ぶために、ムーブソイルで入口を広く取って中にせっせと運び込んだ影治。
これでようやく準備が整う。
「まあそんな立派なもんじゃなくて、とりあえず雨が凌げればいいや」
影治が作ろうとしていたのは、窯や今後作る予定の調理場を覆う屋根だった。
小学校の運動会なんかで設営される、壁がなくて屋根だけ付いたテントみたいな構造のものだ。
まずは窯周辺の四隅と中央点からなる6点に、丸太を埋め込む為の穴を開ける。
具体的には"工"の字の四隅と真ん中の線が繋がっている点の6か所だ。
そしてそこに予め加工した丸太を差し込み、きっちり周りを埋めてから固める。
この時、中央に差し込む丸太だけは四隅のものより高い丸太が差し込まれた。
ここが屋根の一番高い部分になるからだ。
この辺の作業は全てムーブソイルやアースダンスなどでいけるので、土で手を汚すことなく作業が行えた。
大きさも丸太というイメージからするとかなり細い木を使用しているので、子供の体格の影治でも作業に支障はない。
「こっから更に梁を張っていって……」
柱となるこの丸太の先端部分は、鉛筆のように削られている。
そしてそれとは別に、梁となる丸太には両端部分に穴が開けてあった。
尖った柱の先部分を、穴の開いた梁部分にすっぽりと嵌め、上から打ち付けてしっかりと固定する。
ちなみに梁の穴を開けた部分にも、石斧で作った時のように焼けた木炭を押し付けて炭化させてあった。
影治が参考にした動画では結構頻繁に使われていたテクニックである。
この時点での見た目は、女子の体操競技である段違い平行棒に、更にもう1セット低い鉄棒を追加したような形だ。
この両脇にある低い鉄棒部分から、高い鉄棒部分に向けて更に丸太を並べていく。
ここは穴を開けて木材同士を嵌めるのではなく、梁と梁が重なる部分を少しナイフで削って凹ますだけに留める。
しかしそれだと凹ませたとはいえ、ほとんど丸太の上に丸太を乗せた状態で不安定だ。
そこで丸太同士が交差する部分を、すべてラタンの紐できっちりと縛り上げる。
こうして両サイドの丸太から中央の丸太に向かって縦に丸太を並べていった後は、他よりも更に細い木を横にも並べていって、格子状の屋根の基礎部分を作っていく。
この段階だとまだ骨組みだけなので、下から覗いても空がよく見える状態だ。
「ふうぅ、ようやく骨組みが完成か。ここまでは割と早く出来たが、屋根の部分には瓦を使う予定だから、どうしても瓦が焼きあがるまでの時間がかかるな」
ちょっと作る順番を間違えたかな? と思いつつ、影治は次に屋根の格子状の骨組み部分に乗せる屋根瓦を、クリエイトクレイでどんどん生み出していく。
魔術の便利な所は、一度規格を定めればまったく同じ組成や形状のものが生み出せる点だ。
魔術でホイホイと瓦の元となる粘土を生み出し、リムーブモイスチャーで適度に水分を取り除いた後に、窯の中に並べていく。
そうして詰め込みまくった後は、火を入れて焼き上がるのを待つ。
「ここで予め開発しておいたブローイングエアーの魔術が火を吹く……いや風を吹くぜ!」
ブローイングエアーとは、影治が最初に開発した風魔術の【送風】のことである。
大層な名を付けた割には、効果は扇風機を向けられた時のような風が発生するだけ。
……であるのだが、実はこの魔術はかなり効果時間を長く設定出来ることが明らかになっている。
といってもライトスフィアほどはもたず、大体1時間程度といったところか。
風力は扇風機程度なので、これで人を吹き飛ばすなどといった真似は出来ない。
夏場に長時間作用するなら涼しくていいかもな? 程度の魔術だ。
しかし影治はこれを窯の薪を入れる為の溝部分へと向けて使用する。
すると、常時吹き続ける風によって、窯の底の部分で焚かれた火が勢いを増す。
いわゆる鞴のような感じで、影治はブローイングエアーの魔術を活用させていた。
「これで後は時折薪を追加してやればいいな。その間は別作業をするとしよう」
本来なら休みを入れる丁度いいタイミングではあるのだが、今の影治にそんなことをしている余裕はない。
とにかくこの拠点を最低限使えるようにしたいのだ。
そこで影治が瓦を焼いている間に作り始めたのは、同じような屋根の建物だった。
昨日の内にはりきって集めておいた材料はまだまだ余っている。
こちらにはまだ何も作り始めていないが、料理用の竈を設置しようと目論む影治。
具体的には屋根の下部分の半分を竈に、もう半分を調理スペース兼食卓となる。
2つ目の基礎作りは2回目ということもあって、最初の時より大分スムーズに作成することが出来た。
瓦の方は途中で何度かチェックしながら焼き続ける。
そうして焼き上げた瓦は、焼けた順に格子状になった屋根の基礎部分へと乗せていく。
ただ乗せるのではなく、瓦には背面に突起が設けられているんでそこに引っ掛ける形で被せる。
前世での島暮らしの経験から、焼き入れの際にそれなりの数の瓦が割れたりヒビが入るかと思った影治だったが、予想に反して焼きあがった瓦は良い感じに仕上がっていた。
なんと1枚も割れたものが存在しなかったのだ。
「窯そのものもそうだが、魔術で生み出した粘土のせいなのか?」
クリエイトクレイで生み出した粘土からは、ほんの微かに魔力が感じられる。
だがそれも熱を加えて粘土が固まっていくと、ほとんど感じられない位にまで弱まってしまう。
それでも焼成する時に割れないのは、微かに帯びた魔力が原因という可能性はある。
「といっても、魔力を多めに注ぎ込んだ粘土とかは作れないんだよな」
割と応用が効くクリエイトクレイだが、それでも一度に大量に生み出せないなどの制限も多い。
色々気になることも出来たが、影治は異世界に来て以来初めての大掛かりな建築に着手し始めた。