第181話 妖精酒
「わ、わわ私は君のことはみ、認めないからなあ!!」
「ああ? 何だ、突然急に」
ティアが興奮した様子で影治が天使であることを話すと、それまでは里の妖精が助かったことで安堵していたクノールの様子が一変する。
母親の方のルルはそのような反応はしていないのだが、心なしか先程より興味深そうに影治を観察していた。
「まあまあまあ。そのことは置いといて、せっかくルーキーズの皆さんが来たのですから、広場に案内しましょう」
「私はああ! 私は認めんぞおおおお!!」
まるで娘がチャラ男を連れてきた時の父親のような態度を崩さないクノール。
そんな興奮状態の夫の代わりに、困惑しているクライムらを広場へと案内するルル。
時折訪れるようになったルーキーズの面々の為に、大分前にテントなどを張って休めるような広場が里に用意された。
そこは人間から見てもそれなりの広さはあるが、今回は大分人数が多いのでそれでも少し狭く感じられる。
「ごめんなさいねえ。少人数ならともかく、これだけの人数となるとお茶も出せなくて」
「ああ、いえ、お構いなく。落ち着いて休めるだけで十分ですので」
体の大きさの違い故に、一般的な人間同士のようなもてなしが難しい妖精族。
それでもこの広場を用意したりなど、彼らなりの方法で応えている。
「それでクライム。盗賊は一網打尽にしたと聞いたけど、もうここは安全になったのかしら?」
「それは……断言は出来ない。すでに奴らから情報が洩れている可能性はあるんだ」
「まあ……。でしたら、やはり里を移動した方がいいのかしら?」
「申し訳ないけどその方がいい。一応今回の奴らは全滅させたので、時間に余裕はあると思う」
「そんな申し訳なさそうにしなくてもいいわよ。引っ越しには慣れているしね」
この里には幾つか家などの建物もあるが、ルルが言うように樹木に穴を開けてそこに住んでいる妖精からも分かるように、森の中そのものが妖精のテリトリーだ。
妖精は魔術の使い手が多いが、中でも植物魔術と風魔術に優れている。
植物魔術を使用すれば、体の小さな彼らが暮らす家なども作成可能だった。
「ところで今日はもう帰るのかしら?」
「そのつもりだよ。今回はちょっと人数も多いしね」
「そんなこと気にしなくてもいいわよ。私達のために頑張ってくれたのでしょ? それならきちんともてなさなくちゃね!」
元はといえば、里の存在を知られたのはルーキーズが原因であるというのに、ルルはそんなことは一切思っていない感じでクライムを引き留める。
その好意を断る訳にもいかず、クライムもすまないと思いながらも、今日は里に泊まって歓待を受けることを決めた。
「さあさ! そうと決まったらあなたも動いた動いた!」
「みとめ……ないぞ……」
未だに認めないマシーンになっているクノールだが、ルルに引きずられるようにして連行されていく。
「あ、ママ! あの、話があるんだけど……」
「はいはい、分かってます。その話はまた後でね」
「ダメだ、ダメだぞティア! 私は絶対に認めないぞおおおぉぉぉぉ…………」
ルルに引きずられながら叫び続けているせいで、クノールの声が救急車のようなドップラー効果を引き起こしつつ、里中に情けない声を轟かせながら飛んでいった。
「……お前のパパ。いつもあんななのか?」
「え? そーね。ほんのたまーにあんな感じになるのよねえ。そうなるともうママにしか止められなくなっちゃうのよ。ホント、恥ずかしいんだから……」
娘から見ても、クノールのあの態度は"ナシ"らしい。
確かに見た目は妖精だから若いとはいえ、大人が涙と鼻水を流しながら叫び続けている様はちょっとアレだった。
「ま、まあまあ。クノールにも色々とあるんだよ。それより、聞いてのとおり今日はここで1泊していくことになったから、皆準備をよろしくね」
クライムの一声に、ルーキーズの面々はただちに宿営準備を始めることとなった。
すでに今回の大きな目標を達成しているせいか、浮かれた態度のメンバーが多い。
「よかったな、エイジ! この様子だとアレが飲めるぜ?」
「でもエドガー。今回は人も多いし、あんまガバガバ飲まずに味わって飲みなさいよ」
「ま、仕方ねえか」
「何だ何だ? 妖精の里ではなんか特別な飲み物でもあるのか?」
「ふっふっふ、それは実際に飲んでみてのお楽しみって奴だぜ」
「ほおおん、ま、楽しみにしておくか」
どうやらルーキーズのメンバーが浮ついた感じなのも、その飲み物が原因なのだろうと影治は予想する。
というか、皆が楽しみにしているような飲み物という時点で、その正体も影治には見当がついていた。
「うぇえええい!! エイジ、飲んでるかあぁあ?」
夜になって妖精たちによる歓待の宴は開かれた。
妖精は風魔術や植物魔術の他に、光魔術もそれなりに適性があるようで、里の中は光魔術によって照らされている。
といっても、外敵に見つかるといけないので光量は抑えめだ。
そして影治の予想どおり、妖精の里で振舞われた飲み物というのは酒だった。
どうやら彼ら妖精は、植物魔術によって妖精花から集めた蜜を生産しているらしい。
その蜜は甘味料としても用いられるが、密を原料に蜂蜜酒のような酒も造っていた。
「チビチビいかせてもらってるぜ。もっとワインのような感じかと思っていたが、思いの外フルーティーな感じだな。それにこのズシンとくる甘みも特徴的だ」
地球では世界最古のお酒とも言われていた蜂蜜酒。
その種類は豊富で、影治が以前飲んだことのあるものはワインに似た味わいをしていた。
蜂蜜酒というと、名前のイメージから甘いというイメージがあるが、決してそのようなことはない。
というか、そもそも糖が酵母によって分解されてお酒になるので、元が甘い果物でも甘いお酒が出来る訳ではない。
だが、今回宴に供された蜂蜜酒は、あとで蜜を追加したのか或いは元々そうなのか、甘みが残っていた。
「だろお? 初めはその甘さが鼻につくんだけど、慣れてくるとそれが溜まらなくなってくんだよ。妖精が作るから妖精酒とか呼ばれてるんだぜ」
「ふうん、妖精酒か」
里の広場には、人間サイズでも使用出来るテーブルと椅子が並んでいる。
そのテーブルの上には、妖精酒の他にも蜜を使って作ったクッキーのような焼き菓子も並んでいた。
「あ、それはクライムたちが持ってきてくれる小麦で作ってんのよ。蜜を練り込んで作るだけでも美味しいけど、森で取ってきた木の実とか入れると香ばしくって美味しいの!」
影治が焼き菓子をボリボリと頬張っていると、片手に小さな木のジョッキを持ったティアが飛んでくる。
テーブルの上にはルーキーズが持ってきた食料も並んでいるが、初めて里を訪れた影治は妖精たちの作ったという料理をメインに堪能していた。
今は焼き菓子を食べていたが、少し前には調理された肉料理も食べている。
妖精というと余り肉食なイメージはなかった影治だが、どうやら雑食のようで木の実や果物以外も何でも食べるらしい。
場所的に魚料理はなかったものの、宴ということでいつもより種類多めの豪勢な料理が、影治の舌を楽しませる。
しかしその楽しさは永遠に続く訳もなく、深夜になるにつれ徐々に騒ぎも小さくなっていった。
今回の作戦ではチェスが夜営具を収納して運んでいたので、ルーキーズのメンバーはパラパラとテントに戻り始めている。
「俺もそろそろ寝るか」
「ぴぃ」
「バコッバコッ」
妖精の料理はピー助の舌をも唸らせていた。
影治が予め言い含めておいたのでドカ食いは出来なかったものの、それでもピー助は満足そうな顔をしている。
影治も食欲を満たした結果、ほどよい眠気を感じていた。
一応里の中とはいえ見張り番を立てているのだが、影治は当番ではなかったのでこのままテントに向かう。
だがその途中、影治は真剣な表情をしたティアから声を掛けられ、足を止めた。




