第178話 拠点襲撃
「忍び寄るのはこの辺が限界だ。エイジ頼んだぜ」
「任せておけ。【軽やかなる風】……」
すでに目と鼻の先にまで迫った盗賊の拠点周辺は、ルーキーズの面々によって包囲体勢が整っている。
その包囲網の中、こっそり拠点へと近寄っているのは影治とブライガー。それからルルとティアの4人だ。
自分自身を含むこの4人に対し、影治は強化系の補助魔術を掛けていく。
無属性魔術の【身体強化】などは自分自身にしか掛けられないが、クラスⅡの各属性の初級強化魔術なら他者にも使用可能だった。
これも幾つもの属性を扱える者の強みだ。
なお相手の数は予めシークによって偵察が済んでおり、多くても50から60人ということだった。
「ティア、反応はあの右手側のテントからだな?」
「そうよ。他の場所から反応は感じないわ」
体の小ささ故に物理戦闘が苦手なティアが一緒に行動しているのは、彼女に特殊な能力があったからだ。
妖精の多くはフェアリーという種族なのだが、ティアは生まれつきフェアリープリンセスという上位種族だった。
そのせいか、ティアには同族のいる場所が分かるという能力がある。
ただし、感知範囲がそれほど広くないので、今回のように近くにまで寄らないと判別が出来ない。
「救出対象がばらけてねえってんなら、先に範囲魔術での先制攻撃が行けるな。エイジ、ティア。タイミングは任せた」
「任せてよ!」
ティアは上位種のフェアリープリンセスであり、他のフェアリーより魔術の適性が高い。
しかしフェアリーから進化したのではなく、初めから上位種族として生まれてまだ20年ちょっとしか経っていないこともあって、そこまで高いクラスの魔術は使用できない。
それでも風魔術をクラスⅤまで使用可能であり、彼女がこの場で発動させたのも、クラスⅤの中級範囲攻撃魔術【大風乱舞】という魔術だった。
「んじゃ、俺も【大風乱舞】」
そして影治も日々の研鑽から、火魔術と風魔術がクラスⅤまで達していた。
攻撃力としては、クラスⅤ火魔術の【燃え盛る炎】の方が強力なのだが、森の中ということもあって、影治もティアと同じ【大風乱舞】を使用している。
ただし影治お得意の同時詠唱によって、3つ分の【大風乱舞】が同時に発動されていた。
【大風乱舞】はクラスⅡ風魔術【風の舞】の上位版のような魔術で、広範囲に風の刃を発生させて相手を切りつけるという攻撃魔術だ。
今回襲撃する盗賊の拠点は、森の中ということもあって本格的な建物などはなく、テントが幾つか並んでいるだけだった。
範囲としてもそう広くはなく、影治とティアで計4発分の【大風乱舞】を放てば、拠点全てが範囲に収まる。
ただし、今回は囚われた妖精がいるので、一部を範囲から外してあった。
「な、なんだあああああ!?」
「敵だ! 敵襲ぅぅぅッ!!」
突然の大規模な攻撃魔術によって、一気に混乱に陥る盗賊たち。
そこへもう1度影治とティアによる【大風乱舞】が放たれ、叫び声を上げる者の数が一気に減った。
1発目を辛うじて生き延びた者も、2度目の魔術に耐えられなかったのだろう。
「おいおい、これもう俺らいらねえんじゃねえか?」
「うー、物理戦闘も凄いのに、魔術もこんだけ使えるってずーるーいー」
気の抜けたことを言っているブライガーとルルだが、既に最初に魔術を放った時から動き出している。
目指すはティアが同族を感知したテントだ。
影治とティアの2度目の魔術は移動しながら器用に放ったものであり、ブライガーらと一緒にテントへと向かっている。
だがその動きに気付いたのか、盗賊の一部が妖精が捕えられていると思われるテントに近寄っていく。
「てえええい!」
それを見たティアが、無詠唱でクラスⅣ風魔術の【風の槌】を放つ。
その一撃は命中こそしなかったが、テントへ駆け寄ろうとする盗賊の一団の動きを制する効果はあった。
「今のは風の槌……。無詠唱でそれを放つとは、やはり妖精は確保せねば」
「だがこの状況だとそれも難しいぞ」
どうやらこの一団は【大風乱舞】の範囲外にいたのか、初っ端の攻撃によるダメージはなさそうだった。
周囲からは、僅かに生き残った者達の恐怖と混乱に満ちた声が聞こえてくるが、この一団だけはこのような状況下でも、まったく動揺というものが見られない。
「そもそも魔力減衰装置は働いているのか? 最初の魔術攻撃で手駒が粗方使い物にならなくなったではないか」
「最初に使われたのは、恐らくクラスⅤの【大風乱舞】だ。あのようなオモチャでは、僅かに威力を軽減出来たに過ぎん」
テントの前で会話しながらも戦闘準備を整える男達。
そこへ駆けつけてきた影治らが戦闘を仕掛ける。
「無駄話をしている場合ではない。まずはこいつらを潰すぞ」
「ヘッ! 潰せるものなら潰してみやがれ!」
影治達4人に対し、相手側は5人とひとり多い。
しかし盗賊側の内ふたりは魔術師らしく、後方へと下がる。
残った前衛の3人に対し、影治、ブライガー、ルルがそれぞれを相手取る形となった。
「ッ!? 気を付けろ、こいつらただの盗賊じゃねえぞ!」
「ちょっ、ちょっと! 冗談じゃないわよ!?」
戦闘が始まってすぐに、ブライガーは相手の力量を読み取った。
それはルルも同様で、予想以上に相手が手練れだったせいか、若干の動揺が見られる。
仮にもこのふたりはゴールド級の冒険者であり、一般的にそれなり以上に強い部類だ。
もちろんこの広い世界、上には上がいるものだが、それでもそう簡単に遅れを取るふたりではない。
だというのに、最初に影治から強化魔術を掛けてもらいながらも、敵に食らいつくので手一杯だった。
……ただひとり、影治を除けば。
「ぐあぁぁ……」
「サムソンッ!」
予想以上に強い盗賊達に苦戦するブライガーとルルだったが、影治は【身体強化】を発動させて、自分の相手を早々に討ち取っていた。
決して影治の相手だけが弱かったという訳ではなく、この3人の男は大体似通った実力を持っている。
しかし本気を出した影治には通用しなかった。
眼前の敵を討ち取った影治は、後方の魔術師の下へと走り寄る。
影治のような例外はいるものの、大抵の魔術師は接近されると弱い。
それをよく知っていたルルと切り結んでいた男は、手にした盾でルルを強引に弾き飛ばすと、援護の為に魔術師と影治との間に割って入ろうとする。
「邪魔だ! 【光の槍】」
「なっ! 光魔術!?」
影治との間に割って入ろうとした男だったが、影治の【光の槍】をまともに食らってしまい、その場で足を止めてしまう。
例によってこれも3重にして使用していた為、かなりの威力となっていた。
「グルジアの奴が魔術を1発もらっただけで動きを止めるだと?」
【光の槍】はクラスⅣの光魔術であり、一般人が食らえば即死するレベルの威力がある。
だが数多の魔物を倒し、経験を積んで鍛えた者相手ならばそこまで致命的なダメージにはならない。
だからこそ、ただ1度の攻撃魔術で大分効いている様子を見せた仲間の様子に、魔術師の男が動揺を見せる。
「余所見してる暇はねえぜ」
その間に二人の魔術師の下まで接近した影治は、手にしたレッドボーンソードで順番に魔術師を切りつけていく。
魔術に関しては、実はクラスⅤという影治やティアと同レベルの魔術を扱うことが出来た二人の魔術師。
しかし彼らにとっては不幸なことに、影治は魔術だけでなく剣の腕も達人級だった。
瞬く間にふたりの魔術師を切り伏せる影治。
「よし、これで厄介な後衛はたお……」
あっという間に3人の盗賊を屠った影治。
こうまで急ぎモードだったのも、先程ブライガーとルルが苦戦しているのが横目に映っていたからだ。
なので魔術師を潰した影治は、すぐさま周囲の状況の確認を行う。
そこで目にしたのは、影治が先ほど【光の槍】を打ち込んだ男が、ダメージの残った様子を見せながらも、ひとりでブライガーとルルを相手にしている場面だった。