第176話 5人との手合わせ
今回の作戦でルーキーズが編成したのは、クラン内でアイアン級以上のランクの者全員。
すなわちクライム含む、計18人だ。
戦力の目安としては、リーダーのクライムがプラチナ級であり、ブライガーをはじめとしたゴールド級が3名。
それからシルバー級が4名で、残りはエドガーらを含めアイアン級で構成されている。
目的地までは1週間ほどかかるということなので、先を急ぐ気持ちはありながらも、随所でキッチリ休憩は取っている。
その休憩の間に、影治の力試しは行われた。
「本当にいいのかい?」
「ああ。ひとりずつでもいいんだが、時間がかかるだろ?」
「わははははっ! 俺らを前にして言うではないか! では遠慮なく5人でかからせてもらうぞ!」
当初は最初に話を持ち出したブライガーが1体1で相手するはずだったのだが、影治が全員でかかってきてもいいと伝えると、大丈夫なのか? という反応をされながらも提案は受け入れられた。
もっとも全員といってもこの場にいるルーキーズ全員という訳ではなく、時折組むことがあるという、ルーキーズの最強メンバー5人という意味だ。
剣士のクライム、ハルバードを扱う猫人族のブライガー。
彼らの他に、クラン一のシーフとしての腕を持つシークに、見た目は少女のようでありながら、ゴールド級の冒険者であるハーフリングのルル。
最後にひとりシルバー級とランクは低いが、ルーキーズで一番の魔術の使い手である、狐人族のエレノア。
エドガーたち同行している他のメンバー誰もが認める、ルーキーズ最強メンバー。
その5人を相手に戦い始めた影治だが、一歩も引けを取ることなく戦い続けている。
「ああん! もう、何なのよそれえ!」
槍を手にするルルは、ハーフリングという、成人しても子供の背丈にしかならない種族のせいか、力よりも技術で戦うタイプだ。
それもヒューマンの倍の寿命を持つハーフリングの彼女は、すでに年齢は70を超えており、その長い間に積み重ねた技術は幅広い。
だが初めて見るような相手の動きであろうと、影治は適切に捌いていく。
それも相手しているのはルルだけではない。
パワーとスピードを売りにしたブライガーも、まともに影治に一撃を与えることが出来ない。
それはある意味当然とも言えた。
使い手が少ないとはいえ治癒魔術と言うものが存在し、更にはポーションなどという現代医学真っ青の不思議薬まであるこの世界。
そうした世界で生まれ育った者は、治癒魔術などがあること前提で無茶なことも行える。
しかし影治の生まれ育った日本では、大きなケガをしてしまうと後遺症が一生残ることだってあった。
そうした大きなダメージを負うことを避ける技術が、長年培われてきたのだ。
「私の魔術が……効かない?」
唯一の魔術師であるエレノアは、遠慮なく影治に得意の風魔術を打ち込んでいるのだが、余り効果があるようには見えなかった。
実際のところはそれなりにダメージを負う度に、即座に回復魔術で治癒してるだけだ。
回復魔術は、傍目からだと光魔術と違って派手な光を伴わないので、それと気づきにくい。
「これは想像以上だね」
唯一のプラチナ級であるクライムだが、クランリーダーとしての仕事が多く、依頼を受けて直接出かけることは減っている。
それでも日頃の鍛錬はかかさず行っており、かつて『風のクライム』などと呼ばれていた二つ名のとおり、素早い動きで影治へと襲い掛かっていた。
それも4人の前衛と上手く連携を取っており、常に1対2以上のマークを付けていた。
これによって、多人数を相手にする影治の疲労を誘おうとしているのだが、一向に影治に疲労の様子が見られない。
逆に多人数で襲い掛かっている側のブライガーやルルの方が、先に疲労が浮かんでいる有様だ。
一方影治は影治で、すぐに決着をつけずにこの先作戦を共にするメンバーの実力を見る為にも、しばらくは戦力解析を兼ねて相手していた。
「なるほどなるほど」
「なにが、なるほど、だっ!」
したり顔で頷いている影治に向け、ブライガーの重いハルバードが振るわれるが、おっとっとなどと言いながらバックステップで躱した。
「…………」
そこへ影の薄さが尋常ではないシーフのシークが背後から襲いかかるが、影治はまるで背中に目でもあるのかのように、その動きを察知していた。
そのまま流れるようにバックステップから体を反転させると、急に振り返ってこられて驚いているシークの腹部へ、剣を持っていない方の左手の拳を打ち込む。
思いのほか近距離まで接近されていたので、剣での対処を止めて咄嗟に拳へと切り替えたのだ。
「……っ」
これまで食らったことがない質のパンチをもらい、無言のまま吹きとばされるシーク。
ルーキーズの主力を相手に、一事が万事このような調子だった。
あくまで手合わせなので、双方共に相手を仕留めようとまでは思っていない。
いや、ブライガーなどは戦っている内に熱くなってきて、本気で倒すつもりでかかってはいたが、それ以外の者はこれが手合わせだと重々承知していた。
「ふぅ、ここまでにしようか」
「はぁ……はぁ……。もう、むーりー! こんなのどうしろって言うのお?」
「……見事」
「ねえ? 私の魔術を何故に食らって、痛く無事なの?」
「のわああああああっっ!?」
クライムが制止の声を掛けると、共に戦っていた4人はそれぞれ異なる反応を示す。
ルルはもうやってらんないとばかりに、制止の声を聞くなり槍を投げ捨てる。
普段無口で空気と同化しているシークも、影治の強さに珍しく称賛の言葉を送った。
物静かなクールビューティーと周囲から思われているエレノアは、周りが思うほどに内心までクールではない。
今も幾ら魔術を打ち込んでも堪えない影治を前に、言語中枢がパニックを起こしている。
最後の叫び声は、制止の声に気付かずに突っ込んでいった挙句、影治にかっとばされたブライガーの声だ。
その声を聞きながら、影治は周囲の輪に交じって観戦していたエドガーやチェスのいる方へと歩いていく。
「……お前、とんでもねえ奴だったんだな」
目の前の出来事が未だに信じられないといった様子のエドガー。
それはベリンダやロニーも同様で、ふたりともポカンとした顔をしている。
「まあ、そうだな」
エドガーの正直な感想に、影治は昔のことを思い出す。
能力的には今よりも劣っていたが、日本で暮らしていた時にもこういったことはままあった。
表で開催されているような大会などには出ていなかった影治だが、なんでも吸収してすぐに上達してしまう特異な才能を持つ故に、周囲からはよく奇異な目で見られていた。
そして一度異質な者という認識をされると、近づく者がいなくなる。
「すんっっっっっっげえええな! 何だよ、あの剣捌き! 普通に受けただけのように見えたのに、ブライガーがすっとんでったぞ! ぶわはははははっっ!」
「それに、見たところ魔術も使ってないように見えただ。ジョアンさからは、魔術の凄い使い手だど聞いてただすが、剣で戦ってもつええだすなあ」
よほどその時の光景が面白かったのか、爆笑し続けるエドガー。
ロニーの方は、影治が強化魔術や治癒魔術を使っていたことに、気付いていないようだ。
「おい、楽しそうだな? 何がそんなに面白ぇか俺にも教えてくんねえか?」
とそこに、背後から声を掛けてくる者が現れる。
「ああ? 見てなかったのかあ? 今さっきブライガーのオッサンが派手にぶっとん…………」
途中までは気づかずに調子こいて喋っていたエドガーだったが、ふとその声に聞き覚えがあることに気付き、声が尻すぼみに小さくなっていく。
「ほぉ? それのどこが面白かったのか、あとでゆーーーっくり聞かせてもらおうか」
「ギエエエッ!」
悲痛なエドガーの叫び声が、周囲に響きわたる。
ともあれ、ルーキーズの面々に実力を示した影治は、変に避けられることもなく、逆に教えを請われるなど、思いの外この一件にてメンバーたちの好感度を上げるのだった。