第173話 クランハウスへ
「おっし、やったぜ!」
「エドガー? あくまで一時的って話だからね。それを忘れちゃダメよ」
「わーってるって。でもこれであの依頼もどうにかなりそうだぜ!」
一時的に既存のパーティーと組むというのは、冒険者達の間では珍しいことではない。
パーティーをまだ組めていなかったり、組んでいても2~3人の少人数の場合は、同じような境遇の相手や、既存のパーティーと組むことはままある。
いつまで経ってもソロでいると、人格的に問題あるのでは? と疑われて敬遠されることもあるが、ソロでも引く手数多の凄腕冒険者は幾人も存在している。
影治もそういった事情は知っていたので、本格的にそういったソロタイプの冒険者でも目指すか? と今後の方向性が見えてきた気がしていた。
「依頼? 早速なんか一緒に受けようって依頼があんのか?」
「ああ。冒険者としての依頼っつうより、ルーキーズとしての活動って感じだけどな」
「ちょっと……エドガー!」
「あっと……まあその辺はリーダーの許可を得てからだな」
エドガーはアイアン級と、ルーキーズの中ではそれなりにランクは高い。
しかし数は少ないながらも、初心者メインで集まっているルーキーズの中には中堅クラスの冒険者も所属している。
それにエドガーはまだ若いということもあって、クラン内の人事を勝手に推し進める訳にいかない事情があった。
「そうか。じゃあその許可とやらが下りたら教えてくれ。俺は未知との出会い亭って宿に泊まってる」
「いや、そんじゃあ遅え。今から一緒にリーダーんとこに行くぞ!」
「ああん? 今からだあ?」
いかにも気が早そうに見えるエドガーだが、連れのベリンダやロニーもエドガーを諫めようとはしていない。
そして、仲間のふたりに微かに焦りの表情が浮かんでいることを、影治は見て取る。
「……なんか事情がありそうだな。分かった、んじゃあ今からリーダーとやらの下に案内してくれ」
「悪ぃな、助かるぜ」
話が纏まったかと思ったら早速動き始める影治たち。
そこへ話を聞いていたボミオスが声援を送る。
「早速依頼のようじゃな。どのような内容か分からぬが、冒険者として色々な経験を積むというのは決して悪いことではないだろう」
「私たちともまた今度一緒にダンジョンに潜りましょう」
「わたしはぁ、別にダンジョン以外でもいいよ~」
一緒に行動していた時間はそれほど長くはなかったが、どうやら影治はビッグシールドとの親交を着実に深めることが出来たようだった。
そんなビッグシールドのメンバーからの声掛けに、微かに満足そうな笑みを浮かべて影治は答える。
「ああ、また今度な。バキルもピー助がこんだけ食い散らかしたってのに、それも全部奢ってくれるなんて、なんていい先輩を持ったことか」
「あ、ああ!? お、おい! テメーの分だけならまだしも、そこの鳥がドカ食いした分までオレが払うってのかあ!?」
「ぴぃーぴぴぴぴっ!」
「ゴチになります、だってさ」
「っかあああぁぁぁーーー!!」
チェスは食事などしないが、ピー助は相変わらず食には貪欲だった。
今もこっそり3つのメニューを全部注文し、きっちり全部平らげている。
バキルはてっきりピー助の分は影治が支払うと思っていたようで、影治に支払う気がないと知ると頭を掻きむしっていた。
「じゃ、俺はエドガーと一緒にリーダーんとこに行ってくるわ」
予想外に膨れた食費に頭を抱えるバキルをスルーして、影治はエドガーらと共にルーキーズのクランハウスへと向かうのだった。
「ここがおれ達ルーキーズのクランハウスだ。さ、入った入った!」
エドガーに案内されてやってきたのは、ピュアストールの街の南東部にある住宅街だった。
この辺りはちゃんと敷地が分かれてるのか不明なほどに、ごちゃごちゃと家が立ち並んでいる。
歴史的には古く、ピュアストールの街が村だった頃からあるそうなのだが、今では下層民が暮らす場所という認識が定着していた。
ルーキーズのクランハウスは、日本の昔の長屋のような平屋の建物が幾つも並んでおり、そこがクランメンバー用の宿舎として割り当てられているという。
「んで、ここが本部な。おおい、帰ってきたぜ! リーダーはいるかああ?」
本部の建物は流石に宿舎とは構造が違っており、2階建ての少し大きめな建物だった。
ノックなどもなしに入口のドアを開けたエドガーは、中に入るなり大声で人を呼ぶ。
「エドガー。いつも言ってるけど、そんな大声出さなくても聞こえるから……」
そう言って奥から姿を現したのは、影治も知る人物だった。
「よお、ジョアン。久しぶりだな」
「え? あ、エイジさんじゃないですか。ってことは、もしかして勧誘に成功しちゃったの?」
「まあな! だから言ったろ? 誠意を持って接すれば答えてくれるって」
「ちょっと何言ってるのよ。成功って言っても一時的な加入だし、そもそも誠意を持って接してなんかなかったじゃない」
「ああ? そうだったか?」
「まあ、アンタの場合本当に自覚ないんだろうけど……」
「それよりも、リーダーは今いんのか? 例の作戦に影治も参加してもらおうと思ってよ」
エドガーから例の作戦という言葉が出ると、それまで浮かべていた影治とホームで出会ったことによる驚きが消え、深刻な表情へと変化するジョアン。
「勿論いるよ。というか、明日から出発だって時にどこ行ってるんだって、ブライガーさんがカンカンだったよ?」
「ゲッ! マジかよ……」
「とりあえずリーダーは今会議室にいると思うよ。ブライガーさんには後でまたたっぷり絞られてきな」
「むぐっ……。ま、まあそーゆー訳だから、とりあえず会議室に行こか」
ブライガーという名を聞いて、途端に顔色が悪くなるエドガー。
それはまるで悪ガキが悪さした時に、親に見つかった時のような態度だった。
「お前は……裏表なさそうだな」
そんなエドガーを見てついそんな言葉が影治から出る。
だが何考えてるか分からないような、グェッサーのような奴よりは断然マシだというのが影治の抱いた印象だった。
そして影治はエドガーに案内され、1階にある会議室へと案内される。
「……なにやら騒がしいと思ったら、帰ってきてたんだねエドガー」
そこにいたのは、冒険者という職業からは程遠いイメージを抱かせる男だった。
体つきはガッシリしたものでなく、そこいらの商人や平民といっても通用しそうな優男風な印象。
年は見た目だけだと、ざっくりと30代くらいだろうとしか分からない。
もしかしたらもっと若いかもしれないし、意外と年を食っている可能性もあった。
一見普通に事務職をしている、非戦闘職の人のようにも見える。
しかし影治は男のちょっとしたしぐさから、見かけによらない実力の持ち主であることを即座に見抜く。
「おう! 今帰ってきたところだぜ! んでよお、リーダーに紹介したい奴がいんだけどさ」
「隣にいる人だね。前から勧誘したい人がいるって言ってたけど、その人がそうなのかな?」
「そうだぜ。リーダーもジョアンから話は聞いてんだろ? 実力は問題ねえし、あのビッグシールドとも一時的にパーティー組んでたみてえなんだよ」
興奮気味に語るエドガー。
話題に挙がっているジョアンだが、あの後別の用事があったので今この場にはいない。
「へぇ、ボミオスが一時的とはいえパーティーに加えるなんて珍しいね」
「だよな? あ、そうそう。うちにも正式に所属ってんじゃなくて、一時的に所属って形で話がついたんだよ」
「……ふむ?」
ビッグシールドの面々と話していた時とは違い、エドガーの口調は目上の人に対する口のきき方としてはふさわしくない。
しかしそれはそれだけリーダーとの関係が深いことを意味しており、心を許している証でもあった。
「どうも、初めまして。僕はルーキーズのリーダーをしているクライム。よろしくね」
「影治だ、こちらこそよろしく頼む」
「うん。それで、一時的というのは何か理由があるのかな?」
「そうだな。幾つか理由はある」
一見柔和そうな表情に見えるクライムだが、目の奥が全くぶれずに影治を見つめている。
そのことに気付いた影治は、ここは下手に誤魔化したりせず、幾つか情報を出していこうと決めた。