第172話 一時的
「うんめえ、うんめえええ!」
「もう……。元はと言えば、あんたが勧誘を始めたのがきっかけだったのに、これじゃあただ奢ってもらいに来ただけじゃない」
注文した料理が運ばれてくる前に、改めて自己紹介が行われていたのだが、料理が届くやいなやエドガーは猛烈に食事を始める。
そんな仲間の姿をやれやれといった様子で見ながら、ベリンダも食事を取り始めた。
「いやあ、タダ飯は美味えなあ。タダ飯は」
「ぐっ……。そうだろそうだろ! よく味わって食えよな、エイジ!」
エイジも注文した日替わり定食が思いの外美味しかったので、話より先に食事に集中している。
今日の日替わり定食は、チャンパの上に肉を載せた、牛丼チックな料理だったのも評価点だ。
エドガーや影治以外の面々からの評価も良く、全員が肉肉パラダイスの料理を楽しんでいた。
「ぷはー! ごっそさん! 美味かったッス! ゴチになるッス!」
あれだけ猛烈な勢いで食べていたので、食事を終えたのもエドガーが一番最初だった。
そして食事が終わると今度は話の方を始める。
「――で、おれ、仲間のジョアンからエイジの話を聞いたんだよ。すげー強い奴が今度冒険者になるかもしんないって。んで、そっから少しして前に話で聞いてた奴が冒険者になったって言うんで、そっからエイジのことをずっと探してたんだ」
「仲間に誘うためか?」
「はいッス。今はクランハウスの宿舎も空いてるし、いきなしアイアンクラスになったって聞いたから、丁度いいやって思って」
「丁度いい?」
「あ、はい。おれもこー見えて、アイアン級なんッス。だから一緒に組んでガンガン依頼受けたいんッスよ」
「ほう? 若く見えるが、すでにアイアン級か。優秀なようじゃの」
ボミオスはドワーフであるが、100年以上生きているだけあって、ヒューマンの見た目による年齢の区別もある程度つく。
ここから一旦話が年齢のことに移った。
「ま、まーーそんなこともあるんッスけどね! おれ、今年で18ッスけど、村一番の力持ちより強いって評判だったッス!」
「確かにエドガーは村では強かったけど、村の外ではそうでもないでしょ。調子に乗ってると、その内痛い目に遭うわよ」
ベリンダはエドガーとは同郷で、彼よりひとつ上だという。
そして3人組ではロニーだけが出自が別で、年も22歳と少し上だ。
「確かに街にはつえー奴も一杯いたけどよ。おれとおない年くらいの奴らん中では、おれが一番だろ?」
「あんたが誘おうとしてたエイジはどうなのよ? 見た感じだと私たちより若そうじゃない。ジョアンからもエイジの強さは聞いたでしょ?」
「う……、でも確か魔術を使うんだよな? ならおれとはジャンルがちげえ。おれは剣の腕がウリだしな! っつかよ、エイジって何歳なんだ? てっきりヒューマンかと思ってたんだけど、その髪の色だとちげえよな?」
「俺の年齢か? うーーん……」
改めて年齢を聞かれ、影治は一瞬回答に詰まった。
精神的な年齢でいえば、前世でのことを加えて50歳以上になる。
しかし肉体的な年齢でいうと、エドガーやベリンダよりも若い。
だが見た目の年齢というのは、種族によって変わってくるので判別がつけにくい。
「15歳だ」
結局影治は、この世界でのヒューマンの見た目年齢を基準に、大体の見た目で判断した年齢で答える。
転生してからは精神的にも若返った気分になっていたので、気分的にも50歳だとか言う気になれなかった。
「15って、お前そんなガキだったのかよ!?」
身近にエルフのアトリエルがいるせいか、バキルは影治のことを見た目通りの年齢だと判断していなかったのだが、実際に15歳だと聞いて驚きの声を上げる。
「ええっ!? その年であれだけ魔術が使えるの?」
シリアも同様に驚きの声を上げていた。
彼女は光魔術と無属性魔術をクラスⅤまで修得しているが、影治の場合は更に多くの属性を使える。
しかもシリアの場合、地道に魔術の鍛錬に励み続け、三十路を前にしてようやくそのレベルだった。
「シリアも魔術師として十分優秀じゃと思うが、世の中にはとんでもない才能を持つ者がおる。100年にひとりと言ったような逸材がの」
ボミオスも15という影治の年齢に驚いてはいたようだが、過去に優れた才能の持ち主と出会った経験があるのか、驚きは他より少ない。
「ほらほらあ。ビッグシールドの人たちがここまで言ってるんだから、エイジってやっぱ凄いんじゃないの?」
「う……、でもな。ドラン達に続いて、ベンやモッフルまでいなくなっちまってよお。リーダーもメンバー補充したいって言ってたじゃねえか」
ベリンダの言葉には、暗に自分達がスカウトして素直に応じる相手ではないんじゃないか? という意味が込められていた。
だがエドガーはエドガーで、影治を勧誘したい理由があるようだ。
「そう言えば誰かが話しておったな。ルーキーズの若手のパーティーが、依頼に出たっきり行方不明になっとると」
「ああ……。うちは人数は多いけど、仲間同士の結束は固いんだ。だから表に出したりはしねえけど、気落ちしてる奴も結構いる。だから、エイジを誘ってメンバー補充したいって思ったんだ。エイジとは同じアイアン級だしよ」
「それなんだがよ。コイツはもうアイアン級じゃなくて、シルバー級に昇格しやがったぜ」
「は、はああぁぁぁぁ?」
バキルの発言に、相手が先輩だということも忘れて素でリアクションを返すエドガー。
「やっぱエイジは私たちと組んでくれるような人じゃないのよ。本人も乗り気じゃないみたいだし、いい加減諦めたら?」
冒険者に限らず例えハンターであろうと、継続的にパーティーを組むならば同じくらいの実力同士が好ましいとされている。
強いひとりにおんぶにだっこでは、両者共に益が少ないのだ。
「エイジがシルバー級って……マジかよ」
最初は相手のことなど構わずに、押せ押せゴーゴーとばかりに勧誘していたエドガーであったが、ここまで状況が整ってくるとその勢いも弱まってしまう。
しかしここで意外なところから助けが入る。
「ふむ……。良いのではないか? エイジはシルバー級にこそなったが、冒険者としては初心者同然。まともに依頼を受けたこともないのだろう?」
「ボミオスさん……」
思わぬ援護に、エドガーがボミオスに視線を向ける。
「儂が見たところ、エイジが勧誘を蹴ったというのは、恐らく実力差があるとかそういったことが理由ではない。色々と特殊な事情があるようじゃからの」
ピー助やチェスといった存在だけでも特別といえるが、ボミオスは他にもまだまだ影治には隠された秘密があると睨んでいた。
それと15歳という年齢を聞き、若い内に色々と経験を積んだ方がいいだろうという、老婆心のようなものも感じている。
「どうじゃ、エイジ? お主もしばらくはこの街におるのだろ? なら儂らの時と同じように、一時的にパーティーを組むような形式で、この者らと組んでみるというのは」
「一時的……か」
その言葉は影治にとって、提案を受ける際のハードルを1段引き下げる効果があった。
影治の中では、もう少し人付き合いを増やしたいという思いと、下手に親しい人を増やすとまた失う可能性もある、という正反対の考えが混在している。
しかし、毎日のように顔を合わすような固定パーティーではなく、一時的な助っ人としてある程度の距離を取って接する程度ならば、何か不幸が起こってしまってもダメージが少ないのではないか?
そんな考えを無意識の内に巡らせている影治に、更にボミオスからの援護が続く。
「クランとしてのルーキーズも、ルーキーズを束ねているクライムのことも儂はよく知っておる。あのクランならば、仲間と受け入れた者の秘密をホイホイ喋ることもなかろう」
「あ、ああ! もちろんだぜ! おれ達は仲間を裏切ったりなんかしねえ! 隠してることがあんなら、それをベチャクチャ喋ったりなんかしねえぜ!」
ボミオスの最期の一押しが効いたのか。
はたまた一時的という条件が予想以上に効果的だったのか。
「……一時的にパーティーを組む程度ならいいぜ」
と、そう答える影治だった。