第171話 肉肉パラダイス
「ここにいるルーキーズの3人と話してたら、そこの髭モジャが絡んできてな」
「チッ、何でもねえよ。ただ生意気なガキをからかってただけだ」
ピュアストールの冒険者ギルドの中では抜群に知名度の高いビッグシールドの登場に、髭面男は忌々し気にそう言って立ち去っていく。
その余りの呆気ない引き際に、エドガーが背中越しにここぞとばかりに悪態を垂れ流そうとするが、それを仲間のゴブリンであるロニーが必死に止める。
「ふむ、なるほど。お主ら、見た目はまだまだ子供っぽいからな。だが、ああいった輩はいちいち相手にしておると疲れるだけだぞ」
「う、ウィッス! 気を付けるッス!」
流石に年の功というべきか、ダマスカス級の貫禄というべきか。
ボミオスの忠言に素直に答えるエドガー。
「そうよ、エドガー。ああいうのは根に持って後でまた絡んでくるわよ」
「ヘンッ! そん時ぁ、逆に叩きのめしてやるぜ!」
「ハッハッハ! 随分威勢がいいのお。エイジの知り合いか?」
「いや、こいつらとは今日初めて会った」
「お、おまっ! ボミオスさんと知り合いなのか!? 随分親しそうじゃねえか?」
「知り合いっつうかなんつうか……。こないだダンジョンを一緒に潜ってきたんだよ」
「なああああにいいいいいい!?」
いちいち感情表現の大きいエドガーだが、ついでに声も大きい。
一度は収まった注目が、ビッグシールドというビッグネームも加わったことで、再び視線が集まってくる。
「おい、どうでもいいけどさっさとここを出ようぜ」
「そうじゃな。エドガーと言ったかな? お前さんたちも一緒に来るか?」
「お、おなしゃーーーす!」
基本的には生意気な性格のエドガーだが、体育会系な性質を持つのか、大先輩であるボミオスにはやたらと素直に従う。
「それじゃあ、どこかで食事でもしながら話そっか」
「おう! それなら肉肉パラダイスにしようぜ!」
「ええ……。あそこにするの?」
「んだよ! お前だってこないだ美味そうに食ってたじゃねーか」
「あそこはたまにでいいのよ。そう頻繁に行ってたら胃がもたれちゃうわ」
「じゃあ、テメーはテーブルの端で水でも頼んでろよ」
「何よ、みんなが行くなら私もついてくわ」
ビッグシールドの面々のやり取りに、影治も3人組も口を挟まず成り行きを見守っていたが、どうやら肉肉パラダイスという店で一緒に食事を取るという流れになったようだ。
「肉肉パラダイスはな。名前のとおり肉を専門に扱った店でよ。自分で狩ってきた肉を持ち込んだら、それを調理もしてくれんだよ!」
今にも涎が垂れそうな感じで熱弁するバキル。
その話を聞いて、エドガーの口の端からは実際に涎がつつーっと垂れていく。
どうやら肉肉パラダイスは元々ただの肉屋だったらしいのだが、店主の肉好きが高じて、自分で作った美味い肉料理を食わせるという店になっていったらしい。
しかも今では肉屋の方はやめ、飲食店一本に絞っている。
「へぇ、飯専門の店か。あんまそういう店ってないけど、探せば意外とあるもんなのか?」
「まあ大抵は宿付きの食堂だろうな。専門の飯屋もあるっちゃああるが、大体は金持ち連中が利用するような高級店ばかりだ。そんな店よりは、肉肉パラダイスの方がよっぽどうめえぜ」
「あら、私はそういった店も好きよ? 洗練された料理とか出て来るじゃない。私達ならお金のことも心配いらないし」
「ふんっ、確かにマズくはねえけどよ。ボリュームが足んねえんだよ」
この世界の食糧事情は、現代日本のそれとは比較にならないほど悪い。
流通も生産もまだまだ未熟なのだ。
市場で手に入る野菜の種類は少ないし、鮮度だってよくない。
影治が以前グェッサーに案内されたような店は、実はかなり珍しい方だった。
ただし、肉の供給に関しては地球の中世の時代と比べると大分マシだ。
流通を妨げる魔物だが、逆に魔物からのドロップ肉がそれなりの量、市場に出回ったりもする。
肉肉パラダイスも元はそうした肉を扱っていた。
「……これはまた自己主張の激しい店だな」
店に到達した影治は、まずその外観に唖然とさせられる。
漫画に出て来るような骨付き肉の大きな看板は、なるほど。ここが肉を扱ってる店なんだなと一目で分かった。
そして店の外壁部分には、猪やら牛などといった動物から、肉をドロップする魔物の看板が張り付けられており、肉に対する情熱というものが伝わってくる。
「おお! 良さそうじゃねえか!」
「さっさと中に入るぞ」
しばし看板に目を取られていた影治と3人組だったが、バキルの声に慌てて店内へと入る。
店の中は外にあった看板のような独創的な内装ではなく、どこにでもあるような食事処といった様子だった。
それなりに客は入っていたが、食事をするにしては中途半端な時間なせいか、満員というほどではない。
「おう、これはこれはビッグシールドの面々じゃないか。全員で来るのは久々だね」
「よお、メリンダ。客を連れてきてやったぜ」
店に入るなり、獣人の女性が声を掛けてくる。
バキルと同じ狼人族らしく、同族のせいかバキルとは仲が良さそうな感じの姉御肌な人物だ。
どうやら彼女がこの店の主らしい。
「客ぅぅ? 見たところアンタの後輩連中って感じだけど、この子らに自腹切らせようってのかい?」
「も、もちろんオレが全部奢ってやるぜ。な?」
「ウィッス! ゴチになります!」
ここまでの道中でそんな話は一切出てこなかったが、調子のいいエドガーはこの波に乗ることにしたようだ。
そんなエドガーのずうずうしさに、身内としてすまなさそうにベリンダが口を開く。
「あの、コイツがどうもすいません……」
「あぁ? 気にすんな。後輩に奢るくれえ、大したことじゃねえよ」
「じゃあ、俺もゴチになるぜ!」
「エイジ! てめぇは今回大分稼いでただろうが!」
「えー、後輩差別すんのかあ?」
「なんだい? 見たところ一番年下じゃないか。バキル、あんたそんなケツの穴の小さい男だったのかい?」
「ぐっ……。わーーったよ! エイジの分も奢ってやる!」
「よし、たらふく食ってやるか」
すでにこの店にくるまでの道中で、今回のダンジョン探索の分配は済ませてある。
鉱石分のおかげで一番配分が多かった影治だが、ここの食事はバキルが面倒見てくれることになったようだ。
「あの……本当におら達の分も奢ってもらっていいんだすか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。バキルもさ、メリンダの前では良いとこ見せたい訳よ」
「それって……」
「本人はアレで隠してるつもりなのが笑い話だよねい。でもメリンダもメリンダで、あんなあからさまなバキルの態度に、本気で気づいてないっていうオチも良いんだ」
ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべるサイラークに、ロニーとしては返す言葉もなかった。
「ま、あのバカのことは気にしなくていいわよ。これでも私たちはダマスカス級パーティーだからね」
「は、はぁ……そうだすか。ありがとうごぜーますだ」
「感謝はあとでバキルに言っといて。今回奢るって言いだしたのはあのバカなんだからね」
「そうそう。いやあ、さすがバキル。太っ腹だねい。ニヒヒヒッ」
どうやら同じパーティーメンバーであり、なおかつ後輩に奢るという建前があるにも関わらず、影治と3人組の分の支払いは完全にバキルひとりに負わされることになるようだ。
「さあ、さっさと席につきな! 注文が決まったらルノアにね。あたいは奥に戻るよ!」
メリンダに急かされ席につく影治たち。
メニューは店内に木札が掛けられていたが、あまり種類は多くないようだ。
というか、3種類しかない。
メリンダ定食、ルノア定食、日替わり定食の3つだ。
先ほどメリンダからも名前が出ていたが、ルノアというのはメリンダのひとり娘の名前らしい。
父親は早くに亡くしたとのことで、今では店の看板娘として母娘ともに働いている。
どうやら母親の豪快な性格とは正反対で、大人しい性格をしているようだ。
そんなルノアに各自注文を頼むと、しばらくしてから注文した料理が運ばれてきた。