第170話 3人組
「はい。これでエイジさんはアイアン級からシルバー級に昇格しました。新しくなったギルド証は無くさないようにしてくださいね」
先に部屋から退出した影治たちは、受付でジャンからもらった紙を見せる。
すると特に疑われることもなく、すんなりと昇格手続きが行われ、影治は正式にシルバー級冒険者となった。
「自分がアイアン級だったって自覚すら湧かないまま、シルバー級になっちまったな。っと、そういや査定を頼んでたんだった」
影治が買取カウンターへ行くと、すでに査定が終わっていたようで金を受け取りその場を後にする。
今回の買取金額の合計は約20万ダン。
金額としてはそれなりに大きいが、ここから更に人数分で割ることになる。
これでも脅威度Ⅶのブラッディウルフの魔石やドロップの分、通常の中層探索よりは多い方だ。
これにすでに売り払ってある、採掘した鉱石の売却額を加えると、30万と少々になる。
しかも鉱石に関しては、人数割りではなく7割もらえるので、影治の取り分だけは今回の探索で10万ダン近くになっていた。
「普通はここから更に食費やら装備。いざという時のポーション代とかで費用が嵩むんだろうけど、俺の場合ある程度自前で何とかなるから、金が溜まってく一方だな」
影治は常にチェスの中に食料を保存している。
それは魔物ドロップの肉などを、影治が手ずから魔術を使って乾燥させた干し肉であったり果物であったりと、ひとりで消費するなら1か月くらいはもつ量だ。
ポーション代なども今のところ必要ない。
これまでに獲得したポーションも、結局試しに口にした時くらいしか使用していないくらいだ。
装備も魔物ドロップの武器などが幾つか収納されており、攻撃力などの点を考慮しないのであれば、しばらくは必要ない。
最悪影治は無手でも戦えるので、今のところ武器は趣味の範囲で集めてるだけといった状態だ。
「でもま、強力な魔導装備や魔術装備は目ん玉飛び出るくらいの値段がするみてえだからな。貯めておいて損はないか」
武器マニアな一面を持つ影治は、それらの特殊な能力を持つ装備というものに興味を抱いているのだが、そもそもそこらの武器屋で扱っているものでもない。
ちなみに魔導装備とは攻撃力アップ、防御力アップなどの特性が付与された装備のことを指し、魔術装備とは特定の魔術の効果が込められている装備のことを指す。
他にも魔剣だとか炎剣だとか、そういった呼び名がついているものも存在している。
「おおッ!? いたあああああああ! ようやく見つけたぜええ!!」
影治がドロップの売却益を受け取り、ビッグシールドと分配する為ギルド内で時間を潰して待っていると、周囲の喧騒に負けない大きな声が響いた。
その声の大きさに、影治や他の冒険者が声の聞こえてきた方に振り向く。
するとそこには3人組のまだ若い冒険者が立っており、その内のひとりがあからさまに影治に向けて指を突き刺しているところだった。
「なあ、お前エイジってんだろ? おれはエドガーってんだ。よろしくな!」
そう言ってニカッと笑みを浮かべると、握手のためか手を差し出してくる、エドガーと名乗る若い冒険者。
日本生まれの影治にはいまいち年齢の区別がつきにくいが、恐らくまだ20歳あたりかそれより下くらいだろう。
エドガーの近くには彼より少し年上かな? と思わせる若い女性がやれやれといった様子でエドガーを見ている。
そして最後のひとりは小柄な体格の緑色の肌をしたゴブリン種の男だ。
サイラークなどのオークもその傾向が強いが、ゴブリンは進化によってノーマルなゴブリンから多種多様な種族へと進化する。
進化はあくまでゴブリンという大枠内に限られ、ゴブリンウォリアーやらゴブリンアーチャーなどといった種族へと進化していく。
ゴブリンからオーガなどに進化することはない。
そしてこれは妖魔種族全体に見られる特徴なのだが、彼らはこのような進化によって力を高めていく。
そしてゴブリンの場合は余りに進化先が多いので、目の前のゴブリンがどの種族なのかは見た目だけでは判別出来なかった。
「……なんだ? お前は」
「だから言っただろ? おれはルーキーズのエドガーだ。んで、こいつがベリンダでこっちがロニーだ!」
「ちょっと、こいつって何よ。こいつって……」
「あ、あのお、よろしくだす」
差し出された手を握ることもなく、至極まっとうな質問を投げる影治に、再度自己紹介を始めるエドガー。
ただ今回の自己紹介には更に情報が付随されており、影治はルーキーズという名に覚えがあった。
「ルーキーズってえと、ジョアン達が所属してるクランか?」
「おう! 名前の通り初心者が集まってるクランなんだけどな。仲間同士仲がいいからよ。ジョアンからお前の話を聞いてたんだ」
「ほおう。あいつらは元気にしてるのか?」
「あいつらはすんげえ訓練に励んでるよ。お前と出会った護衛依頼で、ベンやモッフルがやられちまってるからな……」
そう言えばと、影治はあの時助からなかった護衛がいたことを思い出す。
ジョアンらと一緒に護衛をしていたということは、恐らくはその者達もルーキーズの一員だったのだろう。
となると、必然的にエドガーとも知り合いだったということになる。
「おれがついていれば、死なせずに済んだってのによ……。お前を探してたのは別の目的があったからなんだけど、ジョアン達を助けてくれた礼も言いたかったんだ。あいつらを助けてくれてありがとな」
「……ああ」
未だに影治は人に感謝されるということに慣れていなかった。
それは前世の日本で暮らしていた頃から継続している。
無人島で暮らし始める以前の生活でも、影治と積極的に交流しようとする者はおらず、子供のころから孤高の存在という感じだったからだ。
それは影治が神童と呼ばれるような、特異な能力を持っていたことに起因している。
「んでよ、お前を探してた理由なんだけど、お前冒険者になったんだよな?」
「ああ」
「ならよ、ルーキーズに入らねえか?」
「クラン……か」
エドガーの素直な勧誘に影治は少し迷いを見せる。
ビッグシールドの面々は、お試しで一緒にダンジョンに潜ろうとは誘ってきたが、パーティーに入らないか? とは言ってこなかった。
影治としては、今クランに入る必要はないと判断している。
合理的に考えると、クランだけでなくパーティーに加わる必要もないというのが、今の影治の考えだった。
それでも迷いを見せたのは、このままこの異世界でも孤独に過ごしていくのか? という思いががあったからだ。
だがその思いとは逆に、影治は過去に一度失敗もしてしまっている。
本人に自覚症状はないが、ドナを失ったことが殊の外影治に影響を与えており、他人との関係性を深めることを無意識の内に避ける傾向があった。
「いや、今はクランやパーティーに加わるつもりはない」
結果として、誘いを断る言葉が影治の口から紡ぎ出される。
それはただ機械的に断ったのではなく、何か理由があるのだろうなと察せられるような言い方だった。
しかし空気を読む能力が欠けているらしいエドガーは、断りの言葉にもめげず更に畳みかけてくる。
「まあまあ、そう言わずによ。確かにおれらルーキーズは初心者の集まりだけど、人数は多いんだよ。だから、依頼を受けるにしてもメンバーの都合がつけやすいんだ」
宥めながらも勧誘を続けるエドガー。
そこに第三者の声が割り入る。
「ハンッ! 所詮は雑魚の集まりってことじゃあねえか」
「ああん? 何だってえええ!?」
影治とエドガーとの会話に割り込んできたのは、近くで話を聞いていたもじゃもじゃと髭を生やした男だった。
「まあ見たところ、おめえもひょろひょろとして弱っちそうだからな。いいんじゃねえか? 雑魚同士仲良くやりゃあよ。がはははははっ!」
「てんめえ……」
髭面男のあからさまな挑発に、エドガーは既にプッツン気味だ。
逆に影治は「テンプレパターン、来たあああああ!」と内心喜んでいる。
「なんじゃなんじゃ? 何があった?」
瞬間湯沸かし器の如く怒りを滾らせ、今にも殴り掛かりそうになるエドガーと、受けて立とうというのかこちらも構えを取る髭面の男。
しかしそこに話を終えて戻ってきたボミオスが、割って入った。