第168話 擦り付け
影治とブラッディウルフとの戦いは、シリア達が合流してから10分ほど続いた。
途中からは血が尽きたのか、或いは魔力が尽きたのか。
血魔術を使用しなくなったので、回復されることもなく倒しきることに成功する。
攻撃魔術を使えばもっと早く倒せただろうが、今回はあくまで剣と強化魔術のみで相手していた分、倒すのに時間がかかっていた。
だがそれでも他の誰より最初にブラッディウルフを倒した影治は、苦戦している様子の、最初に襲われていた探索者たちの援護に加わる。
「すまん、助かる!」
肩で息をしている獣人の男が、感謝の言葉を述べる。
これまで10人近い探索者たちで、どうにか足止めしていたブラッディウルフ。
そこへ少年のような見た目の影治が援護に加わり、完全に圧倒している様子を見て、探索者たちは驚きの表情を浮かべた。
「お前ももう血が尽きてるのか。なら後は楽だな」
血魔術を使ってくる様子がないブラッディウルフを見て、何でもないことのようにそう言ってのける影治。
確かにブラッディウルフの血魔術は厄介だが、何より厄介なのはその身体能力や攻撃力の高さだ。
小型トラックのような大きさをしているのに、普通の人間よりずっと素早く動くのだ。
それだけ攻撃にかかる力というのも大きく、振り下ろされた腕の一撃はヒグマなどよりもずっと強力だ。
影治の使う四之宮流古武術は、日本で生まれた武術故に、基本的に対人向けの技術が主だ。
ゴブリンやオークなどの人型の魔物ならともかく、本来このような巨大な生物を相手にするためのものではない。
しかし影治はこれまでの魔物との戦いの経験から、自分の持つ技術を対魔物向けへと調整を続けてきている。
今回攻撃魔術を使用していないのも、外部の探索者に手の内を晒したくないという理由もあったが、強力な魔獣タイプの魔物との戦闘経験を積むためでもあった。
四足動物ならではの動きや癖。
また魔物の中には巨大な昆虫タイプや植物タイプなど、種類や形状も豊富だ。
そこで求められるのは、相手を観察する能力。
例えばブラッディウルフの場合、動き出す直前にどこに力が入っているのか。
それが分かれば、いち早く動きに対応して先手を取ることも出来る。
「エイジ! そっちはもう……大丈夫そうだな」
元々多少のダメージは負っていたのか、影治が手助けに入ったブラッディウルフは、1体目より早い時間で仕留めることが出来た。
そこへ、自分たちが受け持った分のブラッデウルフたちを倒したビッグシールドが駆け寄る。
「心配いらんとは思うておったが、ブラッディウルフ相手に単身で打ち勝つとは流石じゃのう」
「エイジは知らないかもしれないけどね。ブラッディウルフはあれで脅威度Ⅶの魔物なのよ? ボスなら1:1でもそこそこ戦えるけど、同じダマスカス級でも戦士系でないサイラークだとかなり厳しい相手なの」
「ははっ……。まあおいらは体のデカイ相手向けではないからねい」
最初に3人で分担した時も、サイラークは倒すことより相手を食い止めるような戦い方をしていた。
それはバキルも同様で、今のバキルの実力だとまともにやりあうと危険な相手だったので、普段は攻撃寄りの戦い方をするのに今回は消極的に立ち回っていた。
「あの……冒険者のビッグシールドだよな? 危ないところを助かったぜ」
仲間内で話しているところに声を掛けてきたのは、影治が手助けに入った時に声を掛けてきた獣人の男だった。
「お主は確かバルバロイのリーダーじゃったな? 一体何があったのだ?」
「それが俺らも巻き込まれた側で、まだよく分かってねえんですが……」
そう言うと獣人の男がひとりのヒューマンの男を睨みつける。
その男は先ほどは一緒に共闘していたというのに、何故か今は他の探索者に逃げられないよう周囲を、囲まれていた。
「あの男が所属するクイックダガーとかいうハンターパーティーが、ブラッディウルフの群れを連れて俺らになすりつけようとしやがったんだ!」
獣人の男の話によると、ゴールド級冒険者パーティー『バルバロイ』は、一旦狩りを止めて17層入口の仮拠点に戻る最中だったという。
そこに当初は5人いたというクイックダガーというハンターのパーティーが、ブラッディウルフを引き連れて現れたという。
「あんなのがこの中層で現れるなんて、聞いたことねえからよお。俺らも慌てて16層へと逃げたんだが……その先の16層で同じように狩りしていた緑の盾まで巻き込んじまってな……」
どうやら10人以上いるこの探索者集団のうち、ひとりを除いて他はふたつの冒険者パーティーで構成されているらしい。
そして最初にバルバロイに魔物をなすりつけようとした、クイックダガーというハンターのパーティーは、ひとりを除いてこの場にはもういないという。
「あの動きは最初からそれ目当てだったに違えねえ! そこにいる男も最初は逃げようとしたのを、俺らで取り押さえて一緒に戦わせてたんだ」
「逃げた奴らは生き残っておるのか?」
「どうだかね。全員で逃げるんじゃなくて、バラバラになって逃げてたから、ブラッディウルフからは逃げられてもこの階層の魔物にやられてるかもしれねえ」
「とにかくよお。ソイツから詳しい話を聞けばいいってことだな?」
話を聞いている内に、どんどんと険のある表情に変わっていくバキル。
それは何もバキルだけでなく、バルバロイや緑の盾のメンバーからも一様に怒りのまなざしが向けられている。
暴発してリンチにされていないことが、奇跡的というほどの雰囲気だ。
「かふっ……はぁっ、はぁっ…………」
ビッグシールドが駆けつける前にも命の危険はあったが、その時よりも今のこの状況に体が震え、呼吸もまともに出来なくなっているハンターの男。
ブラッディウルフという脅威を取り除き、ダマスカス級パーティーという強力な助っ人が加わった今。
安全なセーフティエリアに場所を移すこともなく、この場でハンターの男への尋問が執り行われることとなった。
「つまり死への近道を発見したお前たちは、初めは下層の魔物を擦り付けるつもりだったが、それが下層ではなく深層まで続いておって、慌てて逃げ帰ってきた……と。そういう訳じゃな?」
「ふぁ、ふぁい、そうれふう……」
顔だけでなく、体のあちこちをボコボコに殴られた形跡のあるハンターの男が、折れた歯を覗かせながら虫の息といった声で答える。
「しかも、運悪くブラッディウルフ共が深層の方から移動してきている最中だったってか。タイミングがクソ悪ぃ……いや、オレらが近くにいた分まだマシかあ?」
幾らクイックダガーが悪だくみに目がくらんでいても、下層へと続く通路と深層へと続く通路では、その距離の違いからある程度先に進めばそれと気付く。
しかしそこへ折悪く、深層の方からもブラッディウルフが移動してきている所だった。
魔物の階層間移動は、基本的にあまり行われない行動とされているが、皆無という訳ではない。
ただし、そのまま中層までブラッディウルフが移動していたかどうかまでは不明だ。
もしかしたら、途中で元の深層に戻っていた可能性もある。
だがもしクイックダガーが余計なことをしなかった場合でも、中層に進出してきた可能性はあったのだ。
そう考えると、近くに影治やビッグシールドがいる状態だったことが、結果としてバルバロイや緑の盾にとっては救いだったと言える。
「とにかくじゃ。このことは放っておく訳にもいかん。エイジ、スマンが下層への探索はまた今度にして、今はこやつを連れて上まで戻るぞ」
「俺らも一緒に戻るぜ。予定ではもうちょっと粘るつもりだったけどな」
「私達も、バルバロイ同様に一緒に戻ることにします」
一旦表へ引き返すというボミオスに、バルバロイと緑の盾のリーダーも同意を示す。
こうして影治の獣の牙の初アタックはここで終わり、彼らと連れ立って一緒に外へと戻ることとなった。




