第164話 一家に1チェス
熟練の冒険者達であるビッグシールドと共に行動しているだけあって、ダンジョンの探索は順調に進んでいく。
影治の罠に関する技術習得も爆速で進み、すでに上層の中間地点である5層突破時点で、上層の罠ならもう問題ないだろうとお墨付きを頂いているほどだ。
魔物の方はやたらと種類の多いゴブリン系の魔物を中心に、土ネズミなどのネズミ系の魔物と、ケイブバットなどの蝙蝠系の魔物。
それから各種スライム系や、お茶の原料となるサンブラ系の植物の魔物などが主に出現する。
どの魔物にせよ、上層では脅威度ⅠからⅢの魔物しか出ないので、新米冒険者やハンターをあちらこちらで見ることが出来た。
また上層は広さ的にもそれほど広くはなく、初心者パーティーでも移動だけを目的とした場合、1日で2層くらいは進むことが出来る。
だが熟練者パーティーであるビッグシールドならば、1日で5層くらいは突破可能だ。
とりわけ急いだ訳でもないが、探索初日は5層と6層を繋ぐ階段の近くで夜営を取ることになった。
「今日はここまでじゃ。明日からは6層の探索に向かうぞ」
「ふうぅ。今回はチェスちゃんに荷物持ってもらってるから楽ね」
「ケッ! 相変わらず軟弱な女だな。荷物くらい自分で運びやがれってんだ」
「あーら、私のこのか細い腕は荷物を持つためにあるんじゃないのよ」
「お前も冒険者なんだろ? そんなら魔術師だろうが、近接戦闘も出来るように鍛えた方がいいだろうが」
ビッグシールドでは、バキルとシリアがこうしてちょっとしたことで言い合っている光景がよくみられる。
毎回ケンカ腰な感じではあるが、これがふたりにとっての普段の会話のようなものだ。
「……まあ、たしかに、エイジを見てるとちょっと考え方も変わるわね……」
困ったことがあったら魔術で解決すればいいじゃない! と思っていたシリアだったが、魔術以外にも何でも出来る影治を見ていると、その考えも揺らいでしまう。
「あんま、エイジを基準にものを考えないほうがいいと思うけどねー」
サイラークも余りの影治の覚えの良さに、内心では色々と思う所もあった。
だが深く考えても仕方ないと、さっぱり割り切ることに決めたらしい。
「ところで他にもこの近くで夜営してる奴らがいるけど、階段付近は魔物が出ないのか?」
影治が以前潜ったダンジョンでは、階層間の移動は転移装置によるものだった。
なのでこのように階段で階層を移動するのは初めてのことで、分からないことも多い。
「うむ。階段付近はセーフティエリアになっとるからな」
セーフティエリアとは、魔物が出現しない場所のことを指す。
もっとも魔物を近づけさせないという効果はないので、セーフティエリア周辺から魔物を引き連れてくれば、たちまちセーフティではなくなる。
たまに処理しきれなくなった魔物を引き連れて、セーフティエリアに逃げ込んでくる者達もいるので安心はできない。
安心出来ないといえば、他の探索者についても気を付けないといけないだろう。
ただでさえ冒険者とハンターの関係がよくない上に、同じギルドに所属している
者同士でも仲が良い悪いというケースはあるものだ。
基本的に、人目が少ないダンジョン内であっても、もし誰かに見られて報告された場合が致命的なので、無暗に他の探索者に襲い掛かる連中はほとんどいない。
だが絶対ではないので、ダンジョン内では常に警戒が必要だ。
「では出発するぞ。今日中に上層突破が目的じゃ」
6層へと続く階段の前で夜を明かした一行。
魔物を引き連れた探索者――トレインに遭うこともなく、他の探索者から襲撃を受けることもなく、無事次の日を迎える。
しかし出発間際にボミオスが告げた目標は、残念ながら達成することは出来なかった。
7層で時間を取ってしまったからである。
「ほお、こいつが採掘ポイントというやつか」
興味深そうに影治が見ている先には、明らかに周囲の壁とは異質な部分があった。
ダンジョンの壁はかなり頑丈であり、破壊することは難しい。
だが採掘ポイントの壁だけは、比較的簡単に掘ることが出来る。
そして掘り出したものの中に、各種鉱石が混じっていたりするのだ。
「7層は全域に採掘ポイントがあるんだよ。採掘してもしばらくすれば別の場所に復活するから、枯渇の心配もないね」
「どおれ、掘ってみるかの」
急に老人口調のセリフめいた言葉を吐いた影治は、チェスに収納していたつるはしを取り出すと、採掘ポイントを掘り始める。
「おい。こんな上層で掘っても、大したもんは出ねえぞ」
「いいんだよ。別に金目のもんを狙ってる訳でもねえんだし」
そう言って楽しそうに掘り始める影治を、理解出来ないという目付きで見るバキル。
しかしドワーフであるボミオスは、影治が採掘を始めるとドワーフ魂が疼いたのか、一緒に採掘を始める。
影治は前世でこのような作業をした経験はなかったが、ゼロから初歩的な文明を再現させるぞ! という目標の下、鉱石についてやその製錬方法などの知識を学んでいる。
ただこの世界には、ミスリルやらオリハルコンなどと言ったファンタジーな金属が多く存在するようなので、どこまでその知識が役立つかは分からない。
「お? この赤みがかかった石は鉄鉱石か?」
だが鉄ならば地球にも沢山存在している。
どうやらこの採掘ポイントでは鉄が採掘出来るらしい。
採掘ポイントは、壁を少し掘り進めていくとダンジョンの壁部分に到達してしまい、それ以上は掘れなくなってしまう。
そして基本的に、同じ階層では数種類の鉱石が採掘出来る。
「こっちは銅鉱石を見つけたぞ」
ふたりが見つけた鉱石は、それぞれが両掌で持てるような大きさの石だった。
獣の牙上層部では、全体的に石や岩ではなく、固められた土のようなもので壁や床が構成されている。
採掘ポイントも基本的には周囲の環境と同じ硬い土壁なので、採掘出来る資源こそしょぼいが、掘りやすさという点では初心者向きだ。
その後もしばし掘り続けた結果、この採掘ポイントからは銅鉱石と鉄鉱石が掘れることが判明した。
もっと深い階層だと、鉱石ではなく宝石の原石が掘れたりもするらしい。
「ふう、こんなもんじゃな」
「ああ。ボミオスの掘り方を参考にしたら、ガツガツと掘り進めることが出来たぜ」
採掘ポイントは複数の場所にあり、1か所で掘れる量はそれほど多くない。
しかしそれにしてもふたりの掘り進める速さはかなりのものだった。
「満足そうなのはいいんだけど、これはどうするのよ」
影治とボミオス、それから時折バキルやサイラークも加わって採掘にいそしんだ結果、掘り出した鉱石が壁際に積まれていた。
「チェエエエエス! こいつは全部収納できるか?」
何故か女性陣に妙に懐かれたチェスは、今もアトリエルと何やら会話のようなことをしている。
といっても、契約繋がりでチェスの意思が理解出来る影治とは違い、やっていることはペットに話しかける飼い主と似たようなものだ。
「グィィィ? バッコバッコ!」
出会った当初は、自分がどの程度まで収納できるのかといったことも把握していなかったチェス。
だが今は影治が色々テストしたおかげで、自分の収納できる限界量を大分正確に把握できるようになっていた。
「いけるようだぞ」
「はぁぁぁ、チェスちゃんってほんっと凄いわねえ。私もひとつ欲しいわ」
重い荷物を持つのが苦手なシリアは、特にチェスの収納能力を羨んでいた。
そして実際に掘り出した鉱石の山をチェスが全て収納してしまうと、シリア以外のメンバーもしきりに感心した様子を見せる。
「これならもっと下の層の採掘ポイントで掘れば、レア鉱石をたくさん持ち帰れるぞ!」
「まあまだ余裕はあるけど、そこまでたくさん収納できる訳でもねえからな?」
チェスの中には日用品から食料まで、いろいろと詰め込まれている。
その分、純粋にダンジョンで手に入れたものを持ち運ぶための領域は、それなりに削られていた。
「とりあえず今回は15層の採掘ポイントまで行くんだろ? ならとっとと出発しようぜ」
予定外に7層で時間を取られてしまった結果、この日は上層突破どころか8層突破したところで夜営を迎えることとなるのだった。